3-1
四人はヌヤ州に入った。相変わらず何もない荒野が続いていたが、しばらく南下しながら進んでいると荒野にぽつんとある小さな村を発見した。村の入り口には木の板にかすれた文字でケラムと書いてある。村に入ると木造の古い建物が二十軒ほど並び、各家には小さな牛舎と小さな畑がある。今までのこの国の環境を見ても動植物に不適切な国だと認識していた四人は畑があることに驚いたが、しかしとても技術先進国サージェスタとは思えない村の情景と、昼にもかかわらず人一人見えない今の状況に不安を隠し切れないでいた。
「ここの村、ほんとに大丈夫か?酒は……望めそうにないな」
三人は黙っていたが心の中では彼に同意していた。
「とにかく宿を探すぞ。話はそれからだ」
レイルの言葉に四人は重い足で村の奥へ進んで行った。建物を見回し、宿屋の看板を探していると一軒の古い宿屋を見つけた。やはり木造の建物で、本当に人が住んでいるのか疑うような古い建物だった。しかも閉め切っていて中の様子が見えない。クレアが不信に思いながらもドアノブに手を掛けようとした時―――
「誰もいないよ」
聞こえてきた声の方に四人が向くと四十後半くらいの女性が立っていた。鎌を持ち、長袖の黒のティーシャツに緑色のズボン、長い黒のブーツを履いたいでたちの女性は、所々に土の汚れを付けている。ダークブラウンの髪は一つにまとめられ首にはタオルを掛けていた。怪訝そうに女性は四人の前まで近寄ると、ヴィロの大きい槍やエナの杖に視線を向けた後四人の顔を見た。
「で?あんたらは何者で、何の用でこんな村に立ち寄ったんだい?」
この質問にレイルが簡潔に答える。
「我々は傭兵をしながら旅をしている者です。ダハラを経由してマルキアへ向かう予定でしたが橋が落ちていたので、経路を変更しエンセス橋を渡ってこの村へやって来ました」
すると女性は驚いたように四人の顔を見た。
「ってことはなんだい?あんた達、グルアナの森を通って来たっていうのかい!?」
「あ……はい、そうです」
「……そりゃたまげた。あの森を越えて来たなんて……」
エナの返答に女性は感心したように言った。
「ところでこの町で一泊したいと思っているのですが、先ほどの話では……」
クレアがそう言うと女性は頷いた。
「ああ。その宿はもう何年も前から閉まってるよ」
「他に宿は?」
「いや、ないね。ここの村に外の人間が来ること自体あまりないんでね。この通りこの村には何もないから、みなダハラ経由でヌヤ州に入るのさ。橋が落ちたにしても、危険な森を通って何もないこの村に来る人なんて、あんた達が初めてだよ」
「そうですか。どうする、レイル?また野宿か?」
ヴィロがレイルに話しかけるとレイルは腕を組んで沈黙した。エナもクレアの顔を心配そうに見る。その様子を見ていた女性が少し考えた後に口を開いた。
「こんなご時世だしこちらとてタダでとは言えないけど、うちでよかったら泊まるかい?」
その申し出にエナとヴィロが飛びついた。
「いいんですか!?」
「それはありがたい!な、レイル?」
二人の期待に満ちた目を見てレイルは頷くと女性の方を見た。
「一晩お世話になってもよろしいですか?」
「ああ。あまりきれいな所じゃないがね。それでよければ」
レイルは気さくなその女性に頭を下げた。
「大所帯ですいません。お世話になります」
「あらやだ、そんなかしこまらなくても。あたしはナイーゼ。よろしくね、傭兵さん方」
ナイーゼの家は村の奥にかまえるやはり木造の家だった。二階建ての古い家の中に入ると、箪笥やテーブルも木製で、窓辺には黄色のカーテンが風に揺られていた。部屋の至る所には絵が飾ってあり、見かけよりも部屋の中はきれいだった。二階の部屋の一室を借りることになった四人は荷物を置きに行くと一階に下りた。すると椅子に座っていたナイーゼが四人に気づき、お茶を淹れようと言って席を立った。後を追うように女性二人も手伝いに台所へ入り、男二人は椅子に座っていた。
「ヴィロ、あまりきょろきょろするな」
レイルは正面に座る落ち着きのない男にじろっと視線を向けた。
「いや、こういう家って久しぶりだからさ。なんか懐かしいなぁと」
「まぁ、確かに。一般人にあったのも久々だからな」
ヴィロはテーブルに片肘を付いて手のひらに頬を乗せると正面に座るレイルを見た。
「にしても、この村には人がいないよな。昼間だし、みんな出稼ぎとかか?」
「いや、この村には牛舎も畑もある。女だけでは無理だ」
「んじゃ男共はどこだよ」
「一応はいるんだけどね」
ナイーゼが盆に陶器のコップを5つ乗せて立っていた。クレアとエナも向かい合って席に着く。そしてカップを受け取るとナイーゼが一番手前の四人を見渡せる場所に座った。
「って言ってもほとんどいないんだけどね。半数は戦争、残りはデンと乳製品を売りに出ているんだよ」
「デン?」
ヴィロが首を傾げると正面に座っているレイルが答える。
「学名デンガシュアン。お前にはオレンジイモと言えば分かるか?」
「ああ。あの、かったいやつね」
「乾燥した温暖な地域で栽培されていて、地域によってはその皮の色からオレンジイモと言われているの。保存食としては最適よ」
「食べ物としてだけではなく、あのオレンジ色の皮を煎じて飲むと腰痛に良いんですよ」
四人の会話を聞いていたナイーゼはカップを置いて感心したように呟く。
「いやぁ、あんた達物知りだねぇ」
エナははっと気づいて左斜めにいるナイーゼを見た。
「あっ、すいません。話が逸れてしまって……」
「あはは、いいんだよ。とにかく遠くに売りに行った人間以外は少しずつ村に戻り始めてはいるんだけどねぇ。村に残ってる留守番役の男達だけじゃあ、まだまだ人手が足りないんだよ。だから頼みたい事があるんだけど、いいかい?」
「先ほどおっしゃっていた、宿代の代わりですね」
クレアが言うとナイーゼは頷いた。
「リモーナ橋が落ちたって事は聞いていたんだけど、戦争のせいか橋の再建作業が遅れている事もあるし、回り道をするにもやはり戦争のせいでだいぶ足止めされているようなんだ。おかげで出払った男達の帰宅が予定よりずいぶん遅れているんだよ。その上森は地図が当てにならないくらい荒れ果ててるっていうし、スービクの異常繁殖とかで近場に出稼ぎに行った人でさえ、戻って来れない状況さ。そこで本題なんだが今朝追加注文の鳥文が来てね、急遽この村に残っている男達でダハラに向かう事になったんだよ。デンと乳製品をなじみの店に届けにね。そうなれば男達は、どんなに早くても夜中にしか戻って来れない」
「なるほど」
レイルが呟き腕を組むとヴィロが呟く。
「この村は夕方から深夜にかけて女子供、老人だけ。村を空ける男達も気が気じゃないな」
「つまり村の警備をすればいいんですね、宿代の代わりに」
エナの言葉にナイーゼが苦笑した。
「そういうことなんだが、あんた達にとっては休息にもならないね」
クレアとレイルが厳しい顔で沈黙しているとヴィロとエナが代わりに答えた。
「そんなの簡単。任せてください」
「そうですよ。困った時はお互い様ですから」
ナイーゼとクレアが顔を上げるとレイルが呆れたように二人を見た。
「お前ら、勝手に話を決めるな」
「じゃあ、ほっとけってーのか?」
「そうは言ってない」
「じゃあ、問題ないじゃないですか。ね、クレア?」
そう問いかけられ、クレアは困惑したように四人の様子を見ているナイーゼから、隣に座るレイルへと視線を向けた。するとレイルは頷き説明を始める。
「分かりました、引き受けましょう。ただし一つお願いしたい事があります」
「え?ああ。あたしに出来る事なら……」
ナイーゼがそう答えると、クレアが話を引き継ぐように続けた。
「先ほどもお話した通り、私達はダハラへ向かう途中、橋の崩落の影響を受け急遽この村を訪れました。そして私達は西へ向かっています」
「西って言うと、次の町はリオシカだね。」
「その通りです。しかし、グルアナの森で食料や医療品類をだいぶ消費しまして、次の旅のために調達をしたいんです。それで……もしよかったら、お金をお渡ししますからいくつか分けて欲しいんです。」
ナイーゼは思わぬ依頼に驚いて答えた。
「……たったそれだけでいいのかい?引き受けてくれるのかい」
「はい。もちろんこちらも手を抜かず二十四時間体制で警備致しますよ」
そう言ってクレアが微笑むとナイーゼは安堵した。
「かえって悪いね。そんな事でいいならこっちはお安い御用さ。ダハラに向かう男達にも足りない分は買ってきてもらうように頼んでおくよ」
「交渉成立ですね」
レイルがそう言うとナイーゼは頷いて立ち上がった。そして木製の箪笥から紙とペンを出してテーブルに置く。
「出立は確か1時だったはずだ。今から約一時間後だね。あたしは男達に今までの事を伝えてくるから、あんた達はここに必要なものを書き出しておくんだよ」
そう言ってナイーゼは部屋から出て行くと四人は必要なものを紙に書き出し始めた。




