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2-6


まだ暗くないとはいえ、念のためクレアは片手に長めの松明を持ち、エナと二人で少ない食器を抱えて歩いていた。そして川のそばまで来ると、クレアは草に当たらないように松明を地面に突き刺した。二人は食器を地面に敷いた布におき、濡らしたタオルで食器を拭いながら話した。

「何も言わずに出てきちゃってよかったのかなぁ」

クレアは食器を磨きながら答える。

「たぶん話しかけても無駄だったと思うわよ」

「確かに。じゃれてたからね」

エナの言葉にクレアは一瞬手を止めた。

「じゃれ……そうね、なんだかんだ言ってレイルもヴィロの相手してるしね」

「何?そんなにおかしいこと言った?」

エナは手を止めて笑っているクレアを見ると、クレアは磨き終わった皿を川の水につけて洗い流し始めた。

「あんまりぴったりの言葉だったから……それにヴィロとエナもよくじゃれてるわよね」

「へ?違うよ、そんなんじゃないって」

「そう」

「それにクレアがクール過ぎるのよ」

「ふーん、そう」

「ちょっとクレア……レイルに似てきたんじゃない?」

二人が文字通りじゃれている姿は、背後から迫り来る気配にはまるで気づいていない様子だった。しかしそんな二人を狙っている者達がいる。検問所を出る時から四人を尾けていた刺客達、彼らは人通りの少ない場所での奇襲を考えていた。そしてそれが森の中なら盗賊に襲われたと見せかけてクレア達を始末することができるので絶好の場所である。その上グルアナの森は近年のスービクの増殖と野生の状態に近い荒れた危険な森ということで、彼らが森で命を落としたと聞いても誰も疑いは持たないだろうと考えていた。

しかしレイルが小さく呟いた“いい余興”は彼らに影響を与えていた。クレア達のスービクとの戦闘を見た刺客達は、想像以上の戦闘能力の高さに驚き正直ひるんでいた。真っ向から対立したとしても苦戦を強いられ、勝ってもただではすまない怪我を負う事になるだろう。その状況でこの野生の森を脱出するのは不可能に近かった。それ以降、刺客達はクレア達を攻められずにずっと相手の隙を待っていた。つまりその余興のおかげで、クレア達は比較的簡単に先に進む事ができていたのである。そんな中刺客は悟られないように、最近では必要以上の距離を取りながら、殺気も気配も消していた。そして優位に事を進めるためにも、人質を取ることができれば勝機はこちら側に傾くはずと。

もうすぐ森の出口だ。そして女が二人……今しかない。

先ほどリーダーの下に手下の一人が報告に来た。リーダーは万が一の時のために逃走経路を確認させていた。森の出口まではこのまま川を伝っていけば3,4時間ほど。町になど出られてしまってはやっかいだ。その前に……

刺客達は定位置に着くと数秒後に毒矢を一斉に放った。刺客達はにやっと微笑を浮かべると、そのまま音を立てないようにクレアとエナに近づいた。するとクレアとエナが振り返り数十本飛んでくる毒矢と、そして7、8人の刺客が囲むように向かってくる様子を見て、逃れようとしているのが見える。

(もらった……)

しかし無数に振ってくる毒矢が二人を貫くことはなかった。二人の姿がふっと消え弓矢は地面にバラバラと落ちた。驚いたが罠だと気づいた刺客達は周囲を見渡しそれぞれの武器を構えた。

「くそ、幻だと?」

「いつだ!いつそんな暇が……」

ざわめき焦りを隠せない手下達にリーダーは大きな声を出した。

「静まれ。落ち着くんだ。これこそあっちの思う壺だ」

リーダーの言葉に刺客達は黙り集中して気配を追う。するとサクサクと草の音を立てながら近づいて来る複数の音が聞こえてきた。リーダーはその音で殺気立った手下達の気配を感じて叫んだ。

「待て!手を出すな!」

しかしこういう輩は一度火が付くと止まらない。このはめられた状況に苛立ちを隠せず、手下の多くが命令を無視してその音の方に攻撃をしかけた。金属が交わる音がしてそして悲鳴が聞こえてくる。リーダーは舌打ちして走って近づくと、突然大きな槍を持った明るい茶髪の男が現れた。

「ヴィロ・コルツか……」

「ほぉ……そう名乗ったのは屋敷と検問所だけだったはずだ。誰の命で動いてる」

ヴィロの低くなる声を聞いてリーダーは微笑を浮かべながら答えた。

「言うと思うか?」

そう言って近づいてくる刺客をヴィロは身をひるがえして避けると槍を片手で持って突いた。しかしそれを剣でかわされると、刺客は素早くヴィロの背後に回って短刀を数本投げた。ヴィロはそれを自分の槍でなぎ払い、走って近づいてくる刺客に槍を構えた。しかし刺客は剣で攻撃をするように見せかけて左手に忍ばせていた小刃を投げた。それはヴィロの不意を付き、とっさに避けた彼の右腕をわずかにかすめた。ヴィロは眉根を寄せると近づいてくる刺客の剣を槍で受け止めた。しかしだんだん槍を握っている右腕に痺れを感じて来た。

「くそっ……」

ヴィロは一度刺客から離れ槍を左手に持ち直した。

「まだ立っていられるのか。かすっただけとはいえ、大した精神力だ」

ヴィロは右腕を動かしながら刺客を見た。刺客はチャンスとばかりに攻撃を仕掛けてくる。ヴィロが剣の攻撃を槍で受けると、彼の左手に持った槍が揺れ動いた。

(やっぱ利き腕じゃねーと、力入んねぇか……)

もう一撃と刺客は剣を素早くヴィロの心臓めがけて刺そうとすると、ヴィロは槍をまだ痺れが残る右手に持ち変えその攻撃をかわし、素早く槍を左脇腹に突き刺した。刺客は驚いたようにヴィロを見ると地面に沈んだ。

暫らくしてクレアとエナとレイルが駆けつけ、四人の顔を見上げた刺客は虫の息ほどの声で言う。

「勝ったつも……で……いる……だろぅ……が……我……だけで……はな……い……」

その声に地面に座ってエナから腕の傷を治してもらっているヴィロも振り返った。クレアとレイルも彼を見た。

「…………ノ……ハン……エイ……テ…………デ……」

そう言うと刺客は微笑みながら息を引き取った。四人はしばらく沈黙し遺体の前で立ち尽くした。

その後改めてクレアとエナは食器を洗い、ヴィロはその食器を乾いたタオルで拭った。レイルは一人野営地に戻って焚き火の前に座っていた。四人の脳裏には、先ほど息を引き取った刺客の穏やかな微笑みが浮かんでいた。

食器を洗い終わった三人は野営地に戻った。レイルは地図を眺めていたが、三人に気づくと地図をたたんで顔を上げた。その後四人はしばらく言葉を発せず火を囲んで座っていた。炎は勢いよく燃え上がり、時折薪がパキッと音を立てた。森の奥からはさわさわと木々の葉が風で揺れる音が聞こえてくる。

「結局何も分からないままね……」

クレアがぽつりと呟くとヴィロは斜め前に座るエナの顔を見た。

「エナ、大丈夫か?」

「え……あ、はい。人の死を見るのは初めてではありませんから」

エナが頼りなく返事をするとエナの正面に座っているレイルも口を開いた。

「だがお前は救術士だ。人を傷つけるのは初めてだろう?これからこういう事が当たり前のように起きる」

エナはうつむいてひざの上に置いている両手を握り締めると決意を持って答えた。

「軍人になった時から覚悟はしています……いいえ、しているつもりでした。でも正直体が震えました。怖いと思いました」

「恐れを持つ事は戦闘時の判断力や行動を鈍らせる。だが、それが全て悪いとは俺は思わない。だからと言って良い事でもない。一瞬の判断が全てを決めることもあるからな」

レイルの言葉にヴィロはエナを見て言う。

「怖いって思うのは当たり前の感情なんだよ。でもこればかりは自分で考えて答えを出すしかない」

「……はい」

そしてヴィロは正面に座るクレアの方を見た。

「クレアも……無理すんなよ」

クレアは微笑して逆に彼に問いかけた。

「大丈夫よ。ヴィロは?腕、大丈夫なの?」

「ああ、エナのおかげでな。痺れはちょっと残ってるけど大事無い。傷はもう暫らく残るだろうな」

右腕に視線を向けるヴィロの隣でレイルは疑問に思っていた事を言った。

「しかし追っ手は死ぬ間際何を言おうとしたんだ?」

「ノ……ハン……エイ……テデ、でしたよね」

「繁栄をこの手で……とか?」

「死に際にそんな事言わないだろ。負け惜しみじゃあるまいし……」

レイルに突っ込まれヴィロは頭を悩ませた。それを聞いていたクレアも同意する。

「それに単語と単語の間に間があったわ。例えばテデの間になにか言葉が入るんじゃないかしら?」

「テで始まってデで終わる言葉か……余計に分からん」

お手上げだとヴィロは地面に横になる。

「それにしても、レイル。いつから詠唱して幻を?ギリギリまで気づかなかったわ」

「そうですよ。クレアに聞いた時には、私驚きを隠すのに必死でしたよ。そんな時間、なかったはずです」

クレアに続いてエナも尋ねるとレイルは横になっているヴィロを見下ろした。

「お前も分からないのか?」

「は?俺?」

ヴィロは片腕を付いて少し体を起こした。

「もしかして……俺達の見張りが減った時か?」

「……本当に分からなかったようだな」

「………………」

「ヨグでクレア達と別れる時、一度クレア達を引き止めただろう?あの時だ」

それを聞いたヴィロが全く気づかなかったと頭を掻いた。

「でももし見られていたら……」

エナが心配そうに呟くと、クレアはピンときてレイルの顔を見た。

「レイル。はめたわね?」

「……ああ。結果的にはそうなるな。悪かった」

クレアの方をエナは見た。

「クレア?今のどういう……」

「私達がヨグで二手に分かれた時、追っ手は隙を付きやすい弱い方に狙いを定めたって事。つまり、女性である私とエナに狙いを付けた。そこでレイルはその状況を利用して、敵の目が自分から離れたその瞬間に、唱術をかけた」

「そうなのか?」

ヴィロは驚いたようにレイルを見た。

「……ああ」

「マジかよ……」

ヴィロはうなだれるように頭を下げた。

「まぁ、さすがに今回は相手もそれなりに強かったな。ヨグでクレア達と別れた後は、追っ手の数も減ったし敵も監視係の下っぱばっかで楽勝だったんだけど。とにかく、レイルの罠のおかげで楽はできたな」

「だからと言って気を抜くなよ。追っ手を始末したんだ。向こうもそれに気づいて近い内に新たな追っ手を雇うだろう。今までよりもマークされるのは確かだ。相手も強くなるだろう。気を抜くなよ」

レイルが言うとエナとクレアは頷いたが、ヴィロは再び体を地面に倒した。

「あー、頭使ったら何だか眠くなって来た。俺、寝るわ。レイル、悪いけど……」

ヴィロが片手をひらひらと動かすと、レイルはため息をついて答えた。

「……分かった。時間になったら起こす。エナとクレアは大丈夫か?」

「私は……まださっきの事でまだ眠れそうにないし、いいですよ。クレアは眠れる?」

クレアは頷くとヴィロに毛布と寝じきを引くように言い、自分の寝床の準備を始めた。そして横になるとさっきの話を思い出した。

(それにしても……ヨグの町にいたのは三日前。三日も唱術が持つなんて。しかも私達二人の幻を私達の影に忍ばせていた。今回の計画のために。それにもまったく気づかなかった。気づいたのは片付けに行く前、移動用に松明を用意していた時に明かりを消したあの瞬間だけ。あの時影に忍ばせていた幻影と入れ代わって……さすがだわ)

クレアはゆっくり瞳を閉じると火の音や遠くから聞こえる虫の声、木々の音を聞きながら眠りに落ちていった。


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