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結局この日も森を出ることはできなかった。しかし次の日の夕方、細い川が森の奥の方まで続いているのを見つけた。この川を辿っていけばエンセス橋も近いと思った四人は、川の近くの枯れた広場で野営する事にした。地面には水の入った竹のコップが4つ置いてあり、彼らの手元には炊き立てのお米で握ったおにぎりや森で採ったきのこを混ぜた野菜炒め、数種類のフルーツが金属の器に盛られていた。
「つまりサージェスタは、完全世襲制ってことか?まぁうちも王家は別だけど、基本実力主義じゃん?」
ヴィロがおにぎりを食べながら正面に座るクレアとその隣に座っているレイルを見た。
「ええ。実際、古くからの豪族やお金持ちが力を持っているわ。お金や権力を行使して政務官になる人もいるそうよ」
「うわー、俺だめ。金や権力振りかざすヤツ」
「それでよく国民は反乱を起こしませんね」
ヴィロとエナがどこか皮肉気に言うと水を飲んだクレアがコップを地面に置いた。
「もちろん反対勢力はいる。でも彼らは雇われ労働者がほとんどだから……」
黙って話を聞きながら夕食を食べていたレイルも手を止めた。
「そうか。たとえ反抗したとして、勝っても負けても職を失うだけか」
レイルがそう言うとクレアは頷いた。
「そう。雇っているのはその豪族やお金持ち。反抗して勝利を収めれば雇い主を失い職も失う。敗れればクビになる。労働者には家族がいるから職を失うわけにはいかないし、起業するにもお金がかかる。それに、休暇もお給金も規定値通りにもらっているらしいから、苦情を挙げるにしてもその正当な理由がない。ただ社会……国を動かしているのは国民じゃなく豪族やお金持ちっていうこと。一般人は政治経済には口を挟めないって言うのが現状よ」
ヴィロは手についた米粒を食べてコップを手に取った。
「八方塞りってやつか」
「つまり貴族政治なんですね。貴族が治める貴族のための国づくり。人間は貴族だけじゃないのに。ほんとにサージェスタは、国内でも国外でも敵を作り過ぎです」
「でもそれは、現サージェスタ国長にも原因があるのだと思うわ」
クレアの言葉にエナが呟く。
「現サージェスタ国長は……確かギルロ・ハーンズだったよね?」
「そう。先代の国長は平和を愛する穏やかな人物だったそうよ。でも彼の死後現国長が国長に就任し、国政は一変したわ」
レイルがクレアの言葉のあとに続いた。
「平和主義者だった先代国長は国民にも愛され外交も、それなりに上手くいっていた。だが現国長は二代前の国長バキウス・ハーンズの血族。バキウス・ハーンズと言えば反ヴィラシスク主義者であり独裁政治家として有名だ。彼が国長の頃にサージェスタは急成長を遂げ、一部では彼を名君と称える者もいる。現国長は、おそらく彼の意思を継いでいるのだろう。あらゆるものを手にした祖父の成し得なかった野望。自国を世界一の大国へと成長させ、そのトップに君臨するということを」
黙って聞いていたヴィロがため息を漏らした。
「わっかんねぇな。どいつもこいつも、なんでそんなに一番になりたがるんだ?そりゃあ、一番になるに越した事はないけどよ。そんな一番にならなくても幸せにはなれるだろ。それとも、国民がそれを望んでるとでも言ったのか?」
「でも、一概に否定はできないわよ」
まさかの返答にヴィロは驚いて、そう答えたクレアの方を見た。
「確かに、世界一の大国になって世界を支配したいのが為政者の望みでしょうね。そのために今のサージェスタは強硬手段を取っているようだけど。でも世界一の大国になれれば、何事も有益にする事だって簡単になるわ。どんな国より立場は上になるもの。それはつまり国が繁栄へとつながる。それを望まない人がいるかしら」
「それは……」
「その言い方はずるいよ、クレア」
エナもそう言うとクレアは少しの沈黙の後答えた。
「でも国はおそらく、そうやって逆手に取ってる」
「?」
「為政者達は世界一の大国となって世界を支配する事を望んでいる。国民は豊かな生活を国に求めている。その“豊かな生活”には国が発展する事が必要とも言えるわよね。そうなれば世界の中でもある程度の地位は必要になる」
「………………」
「わかるわね。結局他国のトップと会議を出来る様な為政者の力、権力が必要になるのよ。経済面にしろ文化面にしろ、発展するためには国同士の繋がりは重要になる。それはもう……普通の国民の力ではどうしようもない事。でも為政者なら、国に協力するならいつかは自分達の願いが叶うかもしれない。だって彼らはそれだけの力を、権力を持っているから」
すると余計に納得いかない様子でヴィロが言う。
「……だからって、自分の意見さえ聞いてもらえない、貴族に支配された国でいいと本当にそう思ってんのか?」
「だが彼らはそうしている。それが現実だ」
レイルの言葉に誰も言葉を返さなかった。そしてクレアが改めて言葉を口にする。
「でも例えサージェスタが世界一の大国になったとしても、今のままでは国民は幸せにはなれないでしょうね」
クレアは俯くヴィロとエナを見た。
「今のような貴族が力でねじ伏せる政治でうまくいくと思う?その貴族が国民の為に何かをするとも思えないし、おそらく自分の私腹を肥やすだけだわ。そういう政治は歴史的に見ても戦争や内乱を招くわ。現状を変えるには国民が自ら動かないと。自分の国だもの、外野がとやかく口を挟む事じゃないわ」
返す言葉を失った二人の代わりにレイルが口を開いた。
「それ以前に外野も口を挟もうとは思わないだろう。現にサージェスタに好感を持っている国など、ないに等しい」
「じゃあ、見捨てろって言うんですか」
エナが非難するような目でクレアとレイルを見た。
「俺達は特務中だ。付きっきりで助けてあげられるわけでもない。下手に首を突っ込んで、変に期待を持たせるわけにもいかないだろう。それに、俺達の任務の重要性も考えろ。一人の人間の安全もかかってる上に、失敗すれば世界中に戦と混乱を招く可能性だってあるんだ。今はそれを最優先にすべきだろう」
「でも……」
「さらに言わせてもらえば……俺達が先走っても人々に国を変えようという強い意志がなければ意味がない。自国の事は自分達で解決するのが道理というものだ。それでもどうしようも無い時、その時は協力を検討する余地もあるだろう。だからその前に、俺達はやるべき事を片付けておくべきじゃないのか」
「レイルの言う通りよ」
「クレア……」
「それでも見捨てるって言うならそれでもかまわないわ。でもね、他人に言われてしか動けないようじゃ国を変えてもうまくいくとは思えないわ」
レイルとクレアの言葉に、暫らくしてヴィロがぽつりと呟く。
「変えようという意志がなければ、何も変わらない……か」
エナは斜め前にいるクレアを見た。クレアは視線に気づいて口元からコップを放す。
「何?」
「クレアってほんと、冷静だなと思って。なんか年上っていうか先輩みたい。あ、でも……それって老けてるとかそういう意味じゃなくて……しっかりしてるって事だからね。落ち着いてるというか……」
「分かってるわよ。そんな風に言われたら、私が気にしてるみたいじゃない」
その指摘にエナはどこか慌てた様子で視線を彷徨わせた。
「え?ちがっ、そういう意味じゃ……。レイルと肩並べてるし、大人って感じって事だよ。ねぇ、ヴィロ」
「……何でそこで俺に振るよ」
「お前が子供って事だろ。」
「は?レイルが落ち着き過ぎなんだよ。絶対俺達、同じ歳には見えないし。だいたいレイル、お前には若さが足りない」
無言でいるレイルの冷たい視線が痛い。ヴィロは耐え切らず声を漏らした。
「……そんな馬鹿を見るような顔で、こっちを見るなよ」
「何だ、分かってるじゃないか」
「……お前は人の倍、年くってんじゃねーの?」
「その発想自体、子供だな」
その言葉を聞いていた女二人は思わず心の中で頷きかけた。ヴィロも一瞬、言葉に詰まる。
「……んだよ。お前やっぱ、むかつく」
クレアは皿を持って立ち上がるとエナのそばに寄って話しかけた。
「そろそろ片付けようか」
「……そうだね」
「あ、でもエナ……」
その後クレアとエナは、騒いでいるヴィロとその相手をしているレイルの傍らを離れた。




