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翌朝自分の名を呼ぶ声が聞こえてエナはうっすらと瞳を開けた。目の前にはどこか呆れたようにこちらを見ているクレアがいる。エナはゆっくりとからだを起こした。
「おはよー、クレア」
「おはよう。よく眠れた……ようね」
「そんなに寝てた?」
「三回は声をかけたけど?」
「あはは……でも四時間交代で夜番をしてたせいか、ちょっとだるいかも」
「それはもう慣れるしかないわね」
「んー、もうみんな起きてるの?」
エナはあくびをしながらたずねるとクレアはふと振り返った。エナもクレアの背後を覗き見るとヴィロが背中を向けた状態で眠っている。レイルはヴィロを起こすのを諦めて薪のそばに座り地図を眺めているようだ。
「エナもヴィロを責められる立場じゃないわよね」
「え?」
「確か、寝起きの悪い女好き……だったかしら」
「う……今日だけだよ」
エナはそう言って慌てて毛布をたたみ身支度を始めた。クレアは立ち上がって薪の反対側にいるヴィロのところまで行くと両膝をついて彼の肩を揺らした。するとヴィロは身じろぎをして青の瞳を開けクレアの顔を眠そうに見た。
「おはよ、クレア。みんなは……」
「……見ての通りよ」
ため息と共に漏れたクレアの言葉で体を起こすと、ヴィロは少し寝癖の付いた髪を掻きながら周囲を見渡した。クレアの背の向こうでレイルは地図を眺め、エナは背中を向けてせっせと身支度をしている。
「……俺、朝苦手なんだよ」
頭を垂れるヴィロを見てクレアが思い出したように呟く。
「そういえばテムド中長がそんな事をおっしゃってたわね。」
「ああ。いっつも怒られてたからなぁ……」
「寝る子は育つって、本当みたいね」
どこか呆れたように言うクレアを見て、ヴィロは言葉もなく苦笑した。
「育ったのは図体だけのようだがな」
ヴィロは聞こえてきた声の方を怪訝そうに見た。しかしレイルは何事もなかったように地図を眺めているままだ。そのそばではエナがくすっと笑いながら身支度をしている。
「……レイル、お前今何か言ったか?それからエナも笑うなよ」
「やっと起きたな……」
するとクレアが立ち上がって腕を組んだ。
「ヴィロもそれからエナも……本当に起きないんだから」
「悪い悪い」
「これから寝坊した人に食事の後片付けをしてもらおうかしら。ねぇ、エナ?」
「へ?」
「それは助かる」
「あーもう分かったよ。それでいいから早くメシ食って出発しようぜ。」
四人は森の奥をさらに進んだ。時折木が倒れ道を遮っているところもあったが、それはクレアとレイルの唱術ですぐさま解決した。
順調に進んでいたある日、四人は無造作に伸びきった草が不自然にガサガサと音を立てていることに気づいた。その音はだんだん近づいてくる。四人は立ち止まって視線を合わせると、背中合わせになり周囲を見渡した。
「音の大きさからして人間ではなさそうね」
「ああ。陸魔、スービクかもしれない。注意しろ」
クレアとレイルがそう言うと、四人は荷物を地面に置いてそれぞれの武器を持って構えた。
「そういや増殖してるって割には今まで遭遇しなかったよな」
エナがちらっと横目でヴィロを見た。
「ヴィロ、知らないんですか?」
「敵の特性やらいちいち覚えてねぇよ。俺の場合、考えるより早く手の方が出るからな」
「……一応言っておきます。スービクは十頭程度のグループを作って行動するんです。仲間意識が強く、グループごとに縄張りも持ってるんですよ。大抵のスービクはその縄張り内でしか活動しませんし……つまり彼らの縄張りに引っかからなかったら、ほとんどスービクに遭遇することはないんです。」
「へぇー、じゃあ縄張りの目印とかねぇの?それを避ければ安全なんじゃないのか?」
「少しは考えてください。目印って言っても、こうも視界が悪く雑草が伸びていれば分かるわけないじゃないですか!」
どこか無頓着なヴィロに、今から起こるであろう戦闘に集中しようとしていたエナの口調も強くなる。
「確かにそうだな。でも待てよ。ここが奴らの縄張りとして、奴らは団体行動をするんだよな?ってことは……」
「今は増殖もしていますし、十頭以上はいるってことです」
「二人共。話はそのへんにして」
「それ以前にもう囲まれている」
クレアとレイルの言葉に二人はようやく真剣な顔つきになった。草のこすれる音がだんだん近付いてくるが、二メートルは軽く越えている草のせいで姿は見えない。
「スービクの弱点は足だ。攻撃する時は足を狙え。エナはここで結界を張ってろ」
そう言ってレイルは剣を構え飛び出して行った。その後ろ姿を見送るとエナが付け加えた。
「それともう一つの弱点は、確か炎だったはずです。クレア、ヴィロ……」
「ええ」
「分かってるって」
クレアは白銀の槍を出すと赤のルクをはめ込みながら言う。
「エナはここを離れないで」
「ああ、荷物を守ってろ。食い物持ってかれたら野垂れ死にだからな」
「分かりました」
クレアと大きな紺の槍を持ったヴィロがその場を離れると、エナはみんなに聞こえるように大きな声で言った。
「みんな、毒の爪にやられたらひどくなる前にすぐ来て下さいよ」
その声を聞いて三人は小さく笑った。
確かに体力や戦力、旅の知識では劣るにしても彼女は自分が思っているよりも支えになっている。心強い。
クレアは体長二メートルははるかに超える、大きな灰色の猪のような姿をした二頭のスービクと対峙した。スービクは赤い瞳を光らせクレアの方に突進してくる。それを見たクレアは詠唱していた唱術を発動させ、白銀の槍の矛先を二頭のスービクに素早く向けた。すると炎の玉がスービクに向かって放たれ突進してきた二頭のスービクに直撃した。スービクの鳴き声と倒れる音がすると、しばらくして焦げたような臭いが辺りに漂った。一息吐いて背後を振り返ると、少し離れたところから敵の気配を感じ取った。すぐさま槍を二本に分けると、交差させてブーメランを作りその気配のする方に投げた。数秒後、空を切る音と共に刃先に黄色の血液を付けたブーメランが手元に戻ってきた。
「クレア、助かったぜ!」
先ほどブーメランを放った方からヴィロが駆け寄って来る。
「そっちは?」
「だいたい片付いたよ。余裕」
「じゃあ、エナのところに戻りましょう」
「エナ、無事か?」
その声に少し離れた所で、杖を地面に差して結界を張っていたエナが振り返った。剣に付いた黄色の血を拭いながらレイルがエナのそばに近づいてくる。
「はい。荷物も無事ですよ」
レイルは小さく息を吐いたが、再び気配を感じその気配のする方に振り返った。そして赤のルクを手に取ると、その様子を見ていたエナが突然張っていた結界を緩めた。
「狙いは私のようですね……」
駆けつけながらクレアとヴィロはエナを見て叫ぶ。
「エナ!?」
「何やってんだ、結界を張れ!!」
スービクがエナの背後から近付いてくるのが見える。エナは剣を構えるレイルに言う。
「今から結界を張ります。その結界に向けて初級唱術を放って下さい」
エナの言葉の意味を察したレイルは、すぐさま詠唱してエナの結界に一つの火の玉を放った。すると透明の結界がその炎を吸収し赤い結界に変化した。スービクがそのままその赤い結界に突進すると、ジュッっという焼ける音と共にその場に倒れ動かなくなった。その様子を見たクレアとヴィロは立ち止まって、結界を解くエナを見た。
「大成功です」
満面の笑みを浮かべるエナにヴィロは大きく肩を落とした。クレアもいまいち状況を掴めないままエナのそばに駆け寄った。
「エナ、今のは?」
「属性を結界に取り込んで、言わば炎の壁を作ってみたの。結界の方が強くないと属性を吸収できないんだけどね。じゃないと結界と唱術が相殺したり、唱術が強いと取り込む前に結界が壊れちゃうから」
「つまり……中級以上の結界を張れないと今のはできないのね」
「うん、そうなるね。属性結界っていうのよ」
「知らなかったな……」
そう言ってヴィロはレイルを見る。
「お前、知ってた?」
「ああ。今のは火属性の結界だから“炎壁”といわれているものだ。属性の吸収は普通の結界より時間がかかる上に、魔力の消耗も激しい。だから属性結界を使う救術士は少ないんだ。だがエナは魔力もある上に、増幅石を持っているから使えるようだな」
「その通りです」
「敵にダメージを与えながら、身を守れるのね……」
「やるじゃん、エナ」
照れたような笑顔を見せるエナと談笑を始めたクレアとヴィロの横で、レイルは一人神妙な面持ちでいた。そしてしばらく周囲の気配を追うと、ようやく彼は剣を鞘に収めた。
「……いい余興になったようだな」
「ん?何か言ったか、レイル」
ヴィロがそう尋ねるとレイルは不敵に笑って答えた。
「いや、何でもない」




