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暗闇の中
手がかりは一つ
蒼い光
青紫色の瞳がゆっくり開かれる。古い天井と梁が目に入ると、ベッドの上で眠っていたことに気づく。前髪を掻き分けながら起き上がるとベッドの横にある時計は二時を過ぎていた。そして顔だけ窓の方を向けると、灰色の雲に覆われてその姿は見えないが、抗うようにわずかに月の光が厚い雲から漏れていた。クレアは自室を出ると、静まり返った暗い階段を歩いてロビーの扉を開いた。なじみとなった黒のソファを通り過ぎ、テラスのガラス窓を開けると暖かい風が部屋の中に吹き抜け、両端に寄せた白のレースカーテンと彼女のダークグレーの髪を揺らした。テラスに出ると、クレアは手すりに腕を置いた。
(どうして……)
クレアは手すりの上に置いた手に額を当てて目を瞑った。
(シャワーを浴びて頭冷やそう……)
クレアは窓を閉めて自室に戻ると、着替えを持ってシャワー室へ入った。シャワーを浴びて部屋に戻ると荷物の整理を始め、そして部屋の片づけを終えると、時計を見て立ち上がった。荷物を持って部屋を出、階段を下りてロビーに入る。すると薄暗い部屋の中に二つの人影が見える。近づくと黒のソファに座っている一人がクレアに気づいて話しかけた。
「おっはよう、クレア」
元気よく挨拶するエナを見て、クレアは彼女の正面の席でコーヒーを飲んでいるレイルを見る。
「二人とも、早いわね。まだ一時間以上あるのに……」
「俺はコーヒーを飲むためにここに来たら、エナがいたんだ」
そう言ってレイルは正面に座るエナを見た。クレアも部屋の明かりを点けてエナの隣に座った。
「なんか、早く目が覚めちゃって……でも、五時間は寝てるよ?」
そう言うとにっこり笑ってエナはクレアを見た。
「そういうクレアだって早いじゃない?」
「……私はいつもそうなの」
クレアが言うとレイルはカップを持って立ち上がった。
「俺もそろそろ支度をしてくる。あいつが降りてこないなら、起こしてやってくれ」
クレアとエナが頷くとレイルは部屋を出て行った。そしてクレアはソファから立ち上がり、振り返ってエナを見た。
「エナ、ヴィロをお願い」
「クレアは?」
「私は軽めの朝食を作ろうと思って」
「分かった。後から手伝うね。とりあえずヴィロ、起こしてくる!」
そう言ってエナも部屋から出て行った。
クレアは台所へ向かうと、お湯を沸かすために鍋に火を入れた。その後食器棚の上にある籠からフルーツと野菜を取り出すと、突然二階から大きな音と階段を下りてくる音がした。驚いて振り返ると、台所の扉が勢いよく開いてエナが入って来た。そして彼女は何事もなかったようにクレアの隣に立つと、クレアが手に持った野菜を掴んで包丁で手際よく切り始めた。
「……エナ?」
「ん?何?」
「ヴィロと何かあった?すごい音がしたんだけど……」
エナは手を止めないまま平然と答える。
「さぁ?どこかの寝起きの悪い色ボケ野郎がベッドから落ちたんじゃない?」
エナは野菜を切り終わるとお皿に入れた。クレアはため息をついてフルーツを切り始めた。
(さっきの大きな音ってそれだったのね……)
「……お前、何やってるんだ?」
レイルは部屋の扉の前で、ベッドのそばの床で腰をさすっている明るい茶髪の男を見下ろした。
「エナに聞いてくれ」
そう言ってヴィロは少し寝癖のある頭を掻きながら立ち上がって、事の次第を話した。
「エナに起こしに来た礼を言おうと起き上がったら、けたたましい悲鳴と共にベッドから突き落とされたんだ。まったく、意味が分からん」
レイルはそれを聞いてしばらく黙っていたが、首を傾げるヴィロを見てやっと彼がベッドから突き落とされた理由が分かった。
「お前は、配慮が足りないようだ」
「配慮?何の?」
「……上着を着ろ」
ヴィロはふと自分の体を見ると、ようやく合点があったらしい。
「そう言う事ね」
彼は部屋のソファに置かれているグレーのティーシャツを着た。
「上半身裸の男に礼を言われても、喜ばないという事だ」
「それどころか突き落とされたぞ」
レイルはため息をつくと腰をさするヴィロを見た。
「とにかく、早く準備して来い。もう一発くらいたくなかったらな……」
はいはい……と呟く声を聞くとレイルはロビーへと向かった。
「………………」
「………………」
向かい合って座っているクレアとレイルはもくもくと朝食を食べていた。隣ではヴィロとエナがずっと先ほどの件を話している。
「いくらなんでもベットから蹴落とすことないだろ……」
「そのくらいしないと目が覚めなかったでしょ?それから……私はあなたの回りの女の子達とは違いますから、誰でも喜ぶとは思わないで下さいね」
エナはにっこり笑ってハムエッグトーストにかぶりつく。
「喜ぶって何にだよ。つーかエナの俺のイメージって……」
そう呟いてヴィロは隣にいるレイルに助けを請うように視線を向けるが、レイルは飲み干したカップを持って台所へ向かう。するとエナが呟いた。
「男はもっと紳士的で女性に優しくないと。それに寡黙で、寝起きも良くて……」
「ふーん、それってつまり……レイルみたいのがタイプか、お前……」
ヴィロが言うとエナはうーんと唸った。
「レイル?確かに顔も良いし、副長だし?条件には当てはまるけど、なんていうか、妙に身構えちゃうんですよねー。それにもうちょっと愛想が良い方が……」
「悪かったな」
レイルが台所から戻って来て席に着くとエナは慌てて弁解をする。
「いや、えーっと……」
困っているエナを見ると、ヴィロは思い出したようにフォークにリンゴを突き刺しながら言う。
「そういや、お前。副長になってからというものの、上官やら貴族やらから山のように届いてた見合い話はどうしたんだ?」
「そうなんですか!?」
「まぁ、当然でしょうね」
エナとクレアが言うと、レイルは思い出したのか眉間にしわを寄せた。
「で?」
ヴィロは食べながら斜め前にいるレイルを見た。
「断ったに決まってるだろ」
「あの時はすごかったよな。まー、24にして副長ともなればほっとくわけないか」
「……昇進した途端に来る見合い話など馬鹿馬鹿しくて取り合うものか。それに、貴族の派閥争いに巻き込まれるのもごめんだな。お前もまあまあ有望株なんだから、女遊びはほどほどにしておけよ。丸め込まれるぞ」
そう言うとレイルは溜め息をついてカップに口をつけた。
「女遊びって……お前まで。変な言いがかりするなよ」
「へぇー」
エナが疑わしい目でヴィロを見ている横でクレアが立ち上がった。
「エナ、そのへんにして片付けましょう。それからヴィロ、あなたそろそろ準備しないと……準備ができていないのはあなただけよ?」
「分かったよ。ほんとに誰も信じてないな……まったく」
そう言いながらヴィロは席を立って階段を駆け上がって行った。クレアとエナは食器を持つと片付けるために台所へ入り、レイルは荷物を玄関ホールへ運んだ。後片付けを終えた二人は台所を出ると、二手に分かれて屋敷中の戸締りの確認を始めた。レイルは階段を上がって、ヴィロの部屋に向かう。
「終わったか?」
ヴィロは振り返ってレイルを見ると肩をすくめた。
「なんとかね……二人は?」
「戸締りをしていたが、もう玄関で待っているんじゃないか?」
「……これ以上信用をなくさないためにも、行くか」
そう言うとヴィロは大槍を背中に背負い、荷物を肩にかけてレイルと部屋を出た。階段を下りて来る二人を見て、玄関ホールにいたエナとクレアは話をやめた。そして玄関ホールに四人全員が集まると荷物をそれぞれ手に取り、レイルが柱時計を見て呟いた。
「時間だ」
「じゃあ、行くとしますか」
レイルに続いてヴィロが言うとクレアとエナが頷いた。外に出てレイルが屋敷の扉に鍵を掛けるとポストに鍵を入れ、そして四人は庭の中道を歩き始めた。
「ここにはずいぶんといた気がしますねー、今は暗闇で何も見えないですけど」
前方に歩いている男二人が一度振り返る。
「まだ四時だからな。それにこれからは、こんな屋敷に寝泊りすることはないと思えよ」
「分かってるって、レイル。それより……お前の顔見知りの上官って誰だろうな」
「さぁな。行けば分かる」
「俺は隊長だと思うな。あの人は仕事じゃなくても見物に来てそうだし……」
「……そうだな」
レイルが答えるとヴィロがちらっと一度クレアを見た。
「クレアはどう思う?」
「私?よく分からないけど、レイルが第三部隊に所属しているからその隊長じゃない?そうじゃないなら……あとはレイルの上官で近いところだと、他の各隊の隊長か隊長補佐くらいしかいないでしょう」
「だよなぁ、あとはもう長官職とかになっちまうがそれはないだろうな。俺が長官を見たのは、入隊式と少長就任式の二回だけだし」
「そうなんですか……きっとお忙しいのでしょうね。私も入隊式以来お見かけしませんし」
エナが言うと少しの沈黙の後にレイルが言った。
「お前らな……誰がいるのか、そんなことは行けば分かる。そんなことよりもこれからの事を少しは考えたらどうなんだ?もう少し緊張感を持って……」
「行く間くらいいいじゃないですか、これからが大変なんだし」
「そうそう……気楽に行こうや」
言葉を打ち消すようにエナとヴィロが言うと、クレアは苦笑しレイルは額に手を当てた。
(……大変だから考えるんだろ)
賑やかな話し声を聞きながらレイルはため息をついた。




