オヤカタ・デス・ノート
警察署に戻った竜也は、ノートをめくりながら不動正の遺品のノートパソコンのデータ解析を待っていた。
「スマホの方は一応調べが付いたんですがほとんど通話記録だけでメールも不動興産や奥様を含む家族からの連絡ぐらいしかありませんでした」
「このトーセンってのは」
「戸川って青年のあだ名だと思われます、戸に一級河川の川って事で」
「ドウセイにトーセンか…おそらく大学時代は無二の親友だったのだろうな…」
会いもしないのに二人の蜜月ぶりを思い、竜也は涙を必死に堪える。
それと共に不動正に殺されるべき過ちなど何もないと言う証拠を求め、目を通した。
「経営戦略…」
不動興産とは書いていないが、予算・人員からだいたい及びは付く。
大企業のシミュレーションをしたと思われるそれは卒論として通じるほどにはしっかりしているのが企業人ではない竜也からしてもわかるほどにしっかりしている。
だがこれをやるには、彼と同じぐらい頭が回る人間が要る。机上の空論とまでは行かないが、三軍は得やすく一将は求め難しと言うようにその存在を見つけるのは困難だ。
そして最後の方に、新しい字が書き足してある。筆跡鑑定などする気もないが、おそらく不動正の字。
「ようやく悲願の時が来た」
悲願の時。
おそらく戸川と最後に会った一昨日に書き足された字。
悲願とは何なのか。
その大望を叶える前になぜ殺されねばならぬのか。
「あ、パスワード解析出来ました」
「出来たのか!」
「はい、三重にロックがかかっていた隠しフォルダを発見しました」
「で、ああああって何だ」
「ファイル名は何でもいいって事でしょう」
「とりあえずWordファイルのようだが…よし、開け」
その秘密を探るべく行われたノートパソコンの解析。三重にロックをかけるほどの秘密。プライバシーの侵害であったとしても、捜査のために何としても知らなければならない情報。藪をつついて出て来た蛇が幸運を呼ぶ白蛇である事を祈りながら、竜也はああああとか言う適当極まるフォルダの中身へと入り込んだ。
「今日もまた鉄臭い一日を過ごさなければいけない。
妻には式を挙げるのは本社に戻り落ち着いてからにしようと言っているが、実際はあんな所の連中と一緒にやるのは耐えられないってのが正しい。一日中代わり映えもせずトンテンカンテン、数字も何もない昭和、いや明治の世界がここにある」
ひと月前の、日記。
不動正しか、打てないはずの文。
あまりにも、心無い文。
「少し戻せ」
竜也は感情を殺した声でスクロールを上にやる。
「この前ハッピー・テロリストに殺されたメキルマさんって人、かなりシゴデキだって評判だったのにな。黒井業太さんに上原司さん、あんなやり手が三人も死んじゃうだなんてムハーク産業はどうなるんだろ」
ムハーク産業の社員たちから評判の悪い三人を高く評価している。
「ムハーク産業はもう駄目かもしれない。優秀な人材がやった事をまるで犯罪であるかのように頭を下げる新社長と来たらもうみっともなくて見てられない。本社に戻った暁にはムハーク産業との提携を切るように父にお願いしよう」
新社長の真摯な行動にも冷めきった目を向けている。
「鉄の声を聞けと言われても、ちっともわからない。ただただ無駄な時間を過ごしているのは全部金のためであり、学んでいるのはお金を稼ぐ仕事がいかに大変かと言う事だけ。新型を投入すれば五年どころか三年でお釣りがくると言うのに、経済観念が全くない。そんなんだからみんな酒とギャンブルに金を溶かして貯蓄もしようとしない。ああ嘆かわしい」
その上で、仕事にも全く真摯ではない。
「やっぱり…」
「最後まで見ろ!」
竜也は顔を赤くしながらラ最後の希望を必死に探していた。
こんな風に現場仕事を見下すような人間が上に立てば不動興産は潰れる、だから———————そんなハッピー・テロリストの犯行動機を消すために何とかして彼の善性を探さねばならない。少なくとも上層部から叱られるなどの理由があれば耳を貸すほどであればいい。
何とかして、ここまで歪んでしまった大元を探し求めなければならないとばかりにファイルの最後の方へと竜也はカーソルを動かす。
「出勤日から、数日後…」
この漆黒の日記の、1ページ目。
それこそ、原点中の原点。
「二の句が継げない。
せっかくこっちは全く善意で新型機械を導入し耳音産業の作業効率を上げ生産を増やし社員たちに休養と高給を与えようとしたのに。
何が人間をなめてるのかだ。わざわざ無駄に苦労して部品を作ろうなど変態とまでは行かないにせよ頭がおかしいんじゃないか。
その挙句こっちが嫌々引っ込めると勝ち誇ったように俺の事を抱きかかえて満面の笑みを浮かべる。ああキモい、ああキモい。
決めた。
こんな古臭く、時代に取り残されたような工場などもう必要ない。
僕らの力で不動興産を更なる時代に進ませる。
その日が来るまではただじっと、仕事熱心な振りをしてやる。何事もそうだ、挙げて落とす事ほど楽しい話もない。無理だと思うけど、その時にはトーセンにも力を借りたい。あいつならばわかってくれるはずだ、俺のこの夢と思いを」
「あ゛あ゛!」
竜也の期待を裏切り、「社長」の期待を踏みにじり、父親の希望を奪う文。
小説家か漫画原作者ならばこれだけで飯が食えるかもしれないほどの迫力を持った文。
無口で従順に見えたのは、金のためである以上に自分勝手で邪悪な意志のため。その意志がこれだけ根深かった以上、おそらく誰にも止められそうにない。少なくとも、不動継太が経営から身を引けばその瞬間不動正は自分たちの商品にとって最大の希望であるはずの耳音産業を潰してしまうだろう。
不動正と言う人間の夢にとって、最大の枷なのだから。
明日は箱根予選か…もうそんな時期か…。




