アイアン・ハート
「結論は変わらないんですか」
「当たり前だ、戸川と言う青年は好感が持てた。彼を更なる絶望の淵に叩きこむ様なハッピー・テロリストは万死に値する」
一度警察署に戻り、耳音産業の終業時刻を確かめアポを取り付けた柏崎竜也の口調はいつにも増して荒い。
「そう言えば最近書かれた自筆部分もあったとか」
「ああ。内容はまだ精査していないが本当につい最近書かれた物のようだ。
あと戸川の借金だそうだが、実は彼の生活費の一部を不動正が負担していた。そんなに重いそれではなくただ小さな奢りを返さなくていいある時払いでいいと言う懐が広いだけと言うお話であり、彼がなぜ殺されねばならなかったのか、そう考えるだけで彼の無念を晴らさねばならない気持ちが私の中で膨らんでいる。ハッピー・テロリストの狙撃箇所の特定は解析班が担っている。私は何としても被害者の身の上を確かめ、以下に彼らが悪であったかを突き止めねばならぬ」
行き場を失った戸川を自分の会社で守ろうとするその懐の広さこそ、大企業の御曹司にふさわしい。なぜそんな人間が死なねばならぬのかと言う無念が、竜也を動かしていた。
「だから、無口だけど仕事は真摯なんですって」
「それにハッピー・テロリストって怨恨で動くもんじゃないんでしょ」
真実を述べられているはずなのに、ちっとも面白くない。聞き込みに面白いも何もないが、文字通りのプラマイゼロのそれしかない。プラスならプラスでそんな存在を殺したハッピー・テロリストは非道だと言えるしマイナスならマイナスで傾向も見えると思っていた。
無口で寡黙な紳士。それでも殺されるとか言うならそれこそ八方ふさがりではないか。
(一応遺品である彼のスマホ及びノートPCも調べているがまだ解析は出来ていない。まさか、あの漫画家のような事にはならないと思いたいが……)
ついこの前のハッピー・テロリストの犯行により命を落としたイッキー先生こと伊藤貴也の母・伊藤貴子が記していたそれのようにハッピー・テロリストに動機を与えてしまうそれでないと言う「期待」と「不安」もある。だがもしそうでなければそれこそいよいよ本格的にハッピー・テロリストを糾弾できる材料になるとも竜也は確信していた。
一応まゆりんこと田辺真由子がハッピー・テロリストに殺された男性の事を嘆き今でも発信を続けているが、もっと重要な核が欲しい。大敵に対するためには見方が多ければ多いほどいいと言うのは基本であり、日本中と言うか世界中を巻き込みたい。少なくとも、警察の上層部だけでも動かしたかった。
「まあ……強いて言えば初めの頃にちょっと揉めちゃったぐらいでしたね」
「初めの頃に?」
「ええ、社長と話し合ってたんです。やり方がどうとかって」
だから、鉄野孝太のその言葉は竜也にとって黄金の一粒だった。
「そうですか、社長さんは…」
「今不動興産の巨大プロジェクトに必要な試作品を作ってる最中で、ああ僕で良ければその時いたから話出来ますけど」
「ありがとうございます」
金脈を求めるように歩く竜也の姿は、朝方とは違う意味で工場を支配していた。缶コーヒーを飲み干した孝太は、空き缶を持ちながら頭を軽く回す。
「新型の工作機械を導入したらどうか、って話をしてたんです」
「ほう」
「これがあれば熟練者でなくとも一定水準以上の製品を作る事が出来るって代物で、導入費込みでも十年単位での費用対効果は70%になるとかって」
「つまりコストは三割減…」
「はい。不動興産の社長令息である自分の力を使えばほぼ無償で導入できるってかなり乗り気だったんです」
不動正は、この耳音産業の社員となってすぐそんな提案をしたと言う。確かに熟練工一人を育てるのには十年単位で聞くかどうかわからないし、効率的に言えば生産量も大幅に増える。工場の繁栄にはぴったりに思えた。
「頭でっかちって言うでしょ、まさにそれだったんです。いやーあの時の社長の声はマジで失禁するかと思いましたよ」
「具体的には」
「お前は人間をなめてるのか、この会社が何によって成り立っているのかわかっているのか、と言うかどうして不動社長がお前をここに送り込んで来たのか分かってるのかって。金属同士がこすれ合う音に負けないほどの大声で」
しかしその不動正の提案に対し、社長は既に四年勤めていた孝太が今まで聞いた事もないような怒鳴り声を張り上げたと言う。
「それで」
「正さんは言ったんですよ、皆さんのためだって。したら社長はさらに怒って俺たちは自分たちのために仕事をしてんじゃねえ、お客様のためにやってんだって。それで思いっきり土下座して泣きそうになって、まあその上でお前さんの気持ちが本物なのはわかるって抱きしめてまして、それからはもう何もありませんでした。今となってはいい思い出だって話の種だったんですけどね……」
「他には」
「それから五年間はもう何もありませんでした。良くも悪くも普通の日常です。いくら絞ってももう出ませんから…」
その上で過去の思い出話と共に刑事さんと言えどこの場では他人だと言う事を容赦なく示す口が飛び、竜也は腰を上げる事しかできなかった。




