カレッジ・フレンド
「清掃員の仕事、どうなるんですか」
「いや、倅の願い事と言ってもね…」
「あいつはこんな俺を拾おうとしてくれたんです、自力でやったのにダメだった俺を。一昨日も来てくれたのに」
戸川と言う二十七歳の男に竜也より先に接触していたと言うか戸川の方から接触したのは、不動継太だった。自分の息子が寝泊まりしていたそれとほぼ同じ値段のアパートに暮らすその青年は平日だと言うのに仕事もせず、と言うか出来ずに鬱屈していた。清掃員になるなら必要のないはずの高いスーツが年季の入ったタンスの中で惰眠を貪り、彼の目覚めを待っていた。
「もちろん倅の思いはわかっている。でも何せ本人がいない物だからね…しばらくは待ってもらいたいとしか言えない」
「わかりました…」
「また何かあればかけて欲しい」
彼自身、借金を抱えていた。催促こそされていないが一刻も早く返したい以上、清掃員と言う名の稼ぎ場は貴重な伝手だった。それがあるかないか分からなくなると言うのは文字通りの死活問題であり、朝飯も菓子パン一個だった彼の腹は容赦鳴くなっていた。
そこに鳴り響く、ノックの音。何だ家賃は先払いしてるぞとかったるく体を起こし鍵を開けた戸川の目に、警察手帳が入り込む。
目を開き乱雑な部屋の半世紀物のちゃぶ台に誘導した彼に、警察手帳の主である柏崎なる男はコンビニ弁当とお茶の入ったペットボトルを置く。昼飯にしますと言いながら深く頭を下げた戸川は、その姿を見た柏崎がハッピー・テロリストなる存在への憎悪をますます増幅させている事には気付かなかった。
(こんな罪のない存在を救おうとしていた人間がなぜ!)
柏崎は道中、戸川なる人物の事を調べていた。
数年前まで社長令息であった彼だったが、父親の会社に入社した途端に会社が倒産。全く責任はないのにほぼ全てを失い、遥か小さな会社で細々と働く事となった。しかしそこもやはり全く戸川が追うべき責任のない不祥事で大打撃を受け、逃げるように退職するしかなくなった。
この時代であるから「大卒後四年で二回も潰れた会社にいた」と言う点だけでも腫れ物扱いされたいわくつきの人物となり、どこも採用に二の足を踏むようになっていた。
そこで戸川が頼ったのが、大学時代の親友である不動正だった。
その不動正さえも、今奪われた。まるで何かの呪いのようだった。
「ドウセイは本当に長い間図書室に籠って学問に励んで、同じ社長令息だった俺と違って本当に真面目でいい男でしたよ…あ、ドウセイってのは正のあだ名です」
「それで」
「海外にもボランティア活動に出て視野を広げてたらしくて、あいつの話は実に楽しかったですよ。日本に籠ってた俺よりずっと広い視野があったはずなのに、その視野で不動興産を盛り上げてくれるはずだったのに」
「……つかぬ事を伺いますが正さんに不満を持っていたかとか学内で」
「いると思いますよ、ただあの顔あの成績ですから嫉妬から来るそれだと思いますけど。まあそんなんだから女にも不自由しませんでしたけど、拓海さんって人は知りませんでした。
それでハッピー・テロリストに殺されたそうですけど、ハッピー・テロリストって恨みで人殺すんですか?それともよくある漫画みたいに誰かから金をもらって殺しを請け負うとかですか」
「ならいいんですけどね!」
「すみません、本当力になれなくて」
よく見ればテレビも何もないこの部屋で、ハッピー・テロリストの存在を掴むのは難しい。無職期間が三ヶ月を越えてしまった戸川には触れ合う友人もドウセイこと不動正以外におらず、ましてやハッピー・テロリストなどと言う存在には無関心であったゆえに関心のある情報を得やすくなるインターネットからしか情報を得ていない戸川には遠い存在だった。
頼りにしていたはずの伝手が当てにならない事に腹を立てた竜也に戸川は深く頭を下げる。それに応えるように竜也も頭を下げ、気まずさを補うように二人してちゃぶ台を眺め続ける。
「そう言えば不動興産に就職しようとしていたようですが」
「不動興産と言っても清掃員ですけどね。本当は会計部門で働きたいんですが何せ前科がありまして」
「でもぶしつけながら最初の会社はあなたと全く関係のない不祥事により二年で倒産、その後に身を置いた企業も元から零細企業でいわゆるパワハラ上司により要となる社員がやめてしまいそれによりやはり二年で倒産、あなた何も悪くないじゃないですか」
「でもそのせいで縁起が悪いと言われ第三の就職先も見つからずこんな所に引きこもってしまって、派遣会社に登録しようにも二の足を踏んでしまっている状態で、そこで親友だったドウセイを頼りにしようとしたんですが」
「本当にご愁傷様としか言えませんね…」
「あ、そう言えば。ドウセイの遺品、と言っていいのか分からないけどノートを預かってたんです。大学出た時にもらったコピー品ですけど」
そんな彼が取り出した、やや古びたノート。字面が明らかにPCで印刷した字体である事から戸川の言う通り直筆ではなくコピー品なのだろうが、それでもノート全体を黒く染めたそれは不動正の思いを伝えるには十分であった。
「もし俺がうちの会社が潰れた際にあいつの世話になってれば…」
「借り賃です」
「そんな!」
「絶対にお返ししますのでどうか元気を出してください」
そのノートを手に取った刑事の手から置かれた渋沢栄一を前に、戸川は何も動けなかった。




