サード・プリンス
スペシャルを挟んでしまいましたが、今回はターゲット8の続編です。
作者「そんな事より出雲えきで」
「ハッピー・テロリストっすか……」
「本当、勝手な奴らだよな」
「おいおいもうこれ以上手を休めてる暇はねえぞ、じっと見てろじっと」
「はい社長」
朝から溶接音が鳴り響き、火花が飛び散る。
そんな昭和時代の香りを遺す町工場こと耳音産業の従業員たちもまた、スマホという文明の利器を片手にニュースを嗜んでいた。その一方で彼らの中で一番年嵩の社長と呼ばれた男はそんな物はもう消化したと言わんばかりに道具を握り、仕事をこなしている。
休む時は休むが仕事がある時はどんな時でも変わらない。それが、社長でありながら一番の職人である彼の姿勢だった。
ハッピー・テロリストによりムハーク産業から契約を切られそうになったのを聞かされてなお、何もやる事は変わらなかった。実際ムハーク産業とは現在でも契約を結び続けており、向こうから持ち掛けられた契約金の増大も笑って受け流すような人間だった。
そう、どんな日でもだ。
「正…お前は本当に熱心だな。五年間、ずっとこんなとこに付き合ってな…」
「それが役目ですから」
「わがままも言わねえで朝早くからやって来てよ」
「わがままなら最初に言いましたから」
「一度見た事があるけどさ、あれなら俺は文句言わねえ。自分の手で稼いでねえ事に少しばかり腹も立ったけど、そいつは年寄りのひがみだったな」
「僕だってわがままだったんです。
とにかく、お世話になりました!」
そしてその社長の側にいつもいたのが、深々と頭を下げた不動正と言う二十七歳の男だった。
名門大学を出て五年間、この耳音産業にいた彼はもちろん平の工員であったが決してサボる事はなく、文字通り一から機械加工を学んだ。最初の数日は戸惑いこそあったもののすぐさま適応したその働きぶりに社長は感心し、本当ならばこの耳音産業の後継にしたいほどに高く評価していた。だがそれが出来ない事を、この場にいる誰もが知っていた。
(あんなに無言でじっと眺めるその姿…不慣れなりに仕事をやるその手付き…ちと会話が少ないのが残念だったが、無駄口を叩くよりはよっぽどいい。あの社長さんも本気で跡目に育てようとしてたのがよくわかるな…とにかく、これで不動興産も安泰だな)
不動正の父は、不動継太。業界トップクラスの企業の二代目社長。二代目のありがちな放漫経営にならぬように創始者である正の祖父の方針で数年間現場作業に従事した継太は、そこから本社に戻って現在の地位に就き不動興産を継続させて来た程度には優秀な人間だった。
そしてその不動継太と、この耳音産業の社長は同い年だった。継太はここではなく別の下請け工場で修行していたが、その経緯を聞いた耳音産業の先々代の社長が継太の子どもが出来たらこちらで預かりたいと頼んでいた。
実際名門大学で四年間工学とは全く無縁の世界にいたはずの正は先輩・動機・後輩問わずいた中卒・高卒の工員たちを見下す事もなく、仕事に集中していた。分からないと思えば聞き、見るべきだと思えば目を皿にし、そしてダメならダメで文句をも言わなかった。
もっとも工員としての腕は、正直そこまでの物ではない。一応資格だけは取っているからまるで使い物にならないとまでは行かないが、所詮は五年間しかキャリアのない工員でしかない。それでも、誰もがそれで十分だと思っていた。
「しっかしあんな築四十年オーバーのとこに住んで、自動車で来ると思ったらそれもまた六十万もしない型落ちもいいとこの軽で」
「安いとこを探して車の維持費がかかってるとか言ってましたけどね」
「多分死ぬまであの軽は手放しませんよ」
家賃月五万円台の安アパート、中古もいい所の車での三十分以上かけての通勤。そのせいか酒もほとんど飲まず仕事が終わると直帰する。そんな愛想はないが仕事は真面目な三代目様を、若い工員たちはともかく年長者たちは認めていた。
もっとも最近の若者はああいうもんなのかねと寂しがる向きがあったのも確かであり、その点は社長たちも心配していた。でもまあ、職人気質とはそういう物だ。さらに言えばついこの前結婚したばかりでもありなおさら気を使わねばならない事も多いのだろう。
それで、職場の人間も街の人間も納得していた。
「今日、ここを去るのか」
「ああはい、明日には父、じゃなかった不動社長と会い改めて面接を受け入社します」
「そうか、また仕事しような」
「はい」
いつの間にか作業着を脱ぎ、スーツに着替えている。紳士服専門店で買ったような高価とは言えない代物だが、品性が値段を上書きしている。文字通りの選ばれた人間とはこういう物だと言わんばかりに輝くその存在は、まるで憂いなど感じさせないそれだった。
「どうもありがとうございました!」
そんな彼は出入口で再び深く頭を下げ、あのメキルマなる女性が亡くなった駐車場へと向かう。
五年間使った駐車場から車を出し、アパートへと戻る。
そして再びその軽自動車を転がし、父親の待つ本社へと車を転がす。わずかな荷物により重くなったその車は、しかし全く足を止める事はなかった。
そして一時間ほどかけ、耳音産業の側にあるそれよりさらに小さな駐車場に置く。
それから徒歩十五分かけて、会社へと向かうべく、車を降りた。
その彼の目に映った、赤い光。
「……こっ!」
その一文字と共に、一つの構文がまた発表された。
『本日10時12分、我々は不動正を殺害しました。
全ては不動正の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト』




