アンリレーテッド・ターゲット
「今更何なんです」
「それは重々わかっています!でも今からでも!」
「あの子の高校生活はもう戻って来ないんです」
「それでも、私たちは…!」
「あの子に聞いて下さい。あの子が許すと言えば私たちも許します」
福田家を訪れた七十代から二十代までの男女は、皆深々と頭を下げていた。
一人や二人ではない、五人、十人、二十人、いやそれ以上だ。
誰もが皆、謝罪と言う目的ひとつのためだけにここまで来ていた。
「遺言書は書きましたか」
「ええ書きました。既に保険も入りましたし」
「受け取ってくれるのでしょうか」
「そうでなければ安心して死ねません」
皆が皆が、許しを乞うためにやって来て、果されないまま去って行く。本命である彼女本人へと会うために、老いも若きも既に決意を固めていた。
この町に住む人間のほとんどが加入したそれと同じ保険を契約し、その保険金が支払われた場合はその一部を彼女へと渡すと言う—————。
年嵩の者たちは遺言書にそれを織り込み、またそれらとは別に遺産の一部を彼女に現金として渡すとも記している。大半が家族を無視した独断専行だったが、それだけの力を彼ら彼女らは持っていた。
だが平日の昼間から、スーツ姿の男女がひとつの家を目指してやって来て次々と頭を下げると言うのはどうにも物々しいとしか言えない。本来なら福田家に対して奇異の視線が飛ぶはずだが、そんな事を出来る家は存在しない。
—————悪魔の町。
福田周子が高校時代までいた町は、一部の心無いネット民からそんなあだ名をつけられ出していた。
276:ターゲット774
冤罪だった福田周子を町の奴らまで叩いてたって本当かね
277:ターゲット774
うわー行きたくねえそんな町
278:ターゲット774
まさに悪魔の町だぜ
279:ターゲット774
今度俺が空き缶ポイ捨てするから誰か俺がやりましたってやってくんね?それで俺が捕まるか試してみようじゃねえか
280:ターゲット774
ってか俺知ってるよ、二十年ほど前やってたアニメでまんまこんな町あった
281:ターゲット774
うわーまんまじゃねえかよ
中にはどこかのアニメにて、今回のそれと同じように無罪である人間を糾弾しまくったそれと全く同じだと指摘する声もあった。
そして極めて残念な事に、彼らは福田周子と言う存在を非行少女の代名詞として教材に利用し、ついこの前日可夫婦と言う地元でボス格であったコミュ力だけは高い人間たちによって植え付けられていた「正義」を信奉してしまっていた。
その結果全く関係のないはずの家々まで罪の意識に囚われ、町全体が縮こまっていた。面の皮の厚い物は既に福田家に来て謝罪を求め、大半が受け入れられているがその分財布は軽くなった。またそれとは別に自分がかの日可夫婦の手先であった以上親分と同じようになるのではと言う流れでハッピー・テロリスト保険も大流行し、既に七割近い世帯が契約を結んでいた。伊勢進次郎の妻は数日間ですっかりこの町の地理に詳しくなってしまっており、売り上げと給料こそ上がったが腱鞘炎とこの場所に対する軽いトラウマを得てしまっていた。
そして贖罪の範囲は、本来関係のないはずの存在にまで及んだ。
「私はあくまでもちゃんと高卒資格を取ってから」
「その際には是非とも」
「その時考えます」
柏崎竜也が跳ね返されたあのコンビニの居住スペースにて、名門大学の人間が頭を下げている。
渡仲礼二郎によって推薦入試の資格を潰された無念の埋め合わせと言う事でか、遅ればせながらではあるが何とかして本来の路に戻したいと言う思いが込められた存在を、周子は前向きとも後ろ向きとも取れる言葉で返した。
十二年も勉学から離れていた周子がその時の学力を取り戻すまで、何年かかるのか。それこそ十二年かかるとすればその時は四十であり、さらに高校二年分プラス大学四年分となると四十六である。それはもはや「第二の人生」の域に入っていると言わざるを得ない。
「私は恨みます、自分と、渡仲礼二郎とか言う輩と、あの夫婦を」
「前向きに検討させてください」
「ありがとうございます。一刻も早く、出来れば付属校に籍を」
「そこまでしてくれるのですか」
「私も身が惜しい物ですから」
それでも高校生と言う環境に身を置けば時間も短縮できるかもしれないし、何より単純に相手にとって宣伝にもなる。その生々しさが周子にとっては好感の種であり、どんな美辞麗句よりも素晴らしい宣伝文句だった。ましてや渡仲礼二郎や日可夫婦を腐してくれたことも、もっともらしい言葉よりもずっと心に響く。
それが、福田周子と言う人間の生の気持ちだった。
イッペン、死ンデミル?




