ティン・ワード
——————————本当にいるんですね、そんな薄っぺらい言葉を口にする偽善者って。
彼女の笑みは、それこそ人を殺せそうなほどに冷たかった。
目の光は竜也の心をハッピー・テロリストの放つレーザーのように鋭く、その上で放たれる笑みと相まって竜也をしてひるんでしまう。
少しでも感受性があれば背筋が寒くなり、より強ければそれだけで死ぬ気がした。
「あなたの人生は」
「ほらそうやってあなたは私の手を止めようとする。ですから警察になんか頼んでも無駄だって思ったんです」
「では、ハッピー・テロリストへの感謝は」
「この上なく深いです、ああお巡りさんにとってはこの上なく不快ですか」
ダジャレの体裁ではあるが、底冷えする様な破壊力に竜也の体が震える。
真っ当に生きて幸福になってこそ正しい意味での復讐であると言う正論を振りかざす間もなければ、そもそも取り付く島もない。
「彼らは相手の人生を奪い、そして何も覚えていない。それこそ最大の害悪であり、その事を忘れればどのような顛末をたどるか。それを世に知らしめるのが正義ではないのですか」
「わざわざ同じ段階まで落ちる必要はありません」
「阿Q正伝ですか」
「襤褸は着てても心は錦です」
「私が何も知らないと思ったのですか」
周子はまた、一枚の紙を叩き付ける。
結婚式の招待状だ。
「日可夫婦のそれです。私は気付いてなかったですけど、どうも私がすっかり沈み切った顔でコンビニで立っているのを見て結婚式を行う事を決めたとか」
「そんな事を誰が」
「今になって手のひらを返して来た元クラスメイトです。もちろん今でも私は相手の事を許していませんが」
無反省どころかとことんまでなぶり倒す気だった。さらし者にして、吊るし上げて余興にでもするつもりだった。
「そんな存在の幸福を祝う聖人君子はいません」
「勝手にやってろで十分です」
「金箔が分厚く思える言葉ですね」
「それは敗北宣言だと見なしますが」
「ですからそれこそ阿Q正伝です」
それでもなお復讐もハッピー・テロリストも悪だと言いたい竜也と薄っぺらな精神勝利法に過ぎないと言いたい周子の言葉は、どっちも荒くなって行く。
「あなたは一体何を奪われたと」
「ありきたりな夢です。勉強して、優秀な大学に入りさらにそこで学を積み、一流の企業か中央省庁に入って」
「今からでも間に合います」
「幸いやる気は出来ました。今からでも高卒認定、大学入試を受けそこで誰よりも学問に励みます。いや、刑事さんにとってそれがお気に召さないのならば話は別ですが」
そんなとは言えない。
まるで竜也が復讐は駄目だハッピー・テロリストは悪だとごねなければいつでもそうしますと言わんばかりであり、この時周子は竜也の完全に上に立っていた。
「私はただ、あなたのような立派な人が」
「ほらまたそうやって薄っぺらい言葉を口にするんですね、しかも無自覚に」
「人殺しは悪です」
「家族を殺された相手にそれが言えますか」
「言えます」
「自分の家族でもですか」
「言えます」
「可哀想な人ですね」
警察官として、人間として、何とかして暗い方向から遠ざけねばならない。その上で自分の信念と警察官と言う名の秩序の守り手として目の前の闇に捕らわれた存在を救い出そうとするが、どんなに叩き付けてもにべもないそれしか返って来ない。
「あなたは本当、あの人そっくりですね」
「あの人って」
「刑事ドラマの主役をやってる人です。私はあの人は大嫌いです。ものすごく薄っぺらでええかっこしいで、超能力者気取りで。被害者が加害者への憎悪を抱き、誰かに復讐して欲しいと望まなかったなんてなぜ断言できるんです?結局あなたもあの台本を作った人も、自分の思い通りにならないのはやだやだって言ってるだけです」
思い通りにならなきゃやだと言う子どものわがままそのものの言い草で自分にとって気に入らない行い、つまり復讐をやめさせようとする————そんな存在に自分は見えているのか。
「善良な人間に犯罪者になってもらいたくないだけです。復讐するは我にありと言う言葉は神が復讐は私がやるからお前はそんなこと考えるなと言う意味であって、それこそ人間がそれをやるのは傲慢だと言う事です」
「犯罪者は絶対悪ですか」
「ですからその次元にまで落ちて何が得られるのかと言う話です。ハッピー・テロリストはただの殺人集団でしかなく」
「私にとっては正義の味方です」
「古元一さんもですか」
「古元さんにとってはその方が幸せだった事も私は知っています。あのままでは五代目さんに手を上げさせ店そのものを壊していた事は想像に難くありませんから」
その絶望に立ち向かおうとする竜也だったが周子の心は全く揺らぐ事はない。
古元一と言う明らかに悪人ではない存在を持ち出しても彼女の礼賛の度はむしろ高まって行く。
首を捻った竜也は、もう打つ手がない事を認めるしかなかった。
「わかりました。いつか、ハッピー・テロリストを逮捕してその化けの皮を剥いで見せます」
「刑事さんこそ、ご自愛くださいませ」
竜也は、議論の敗北を悟ったかのように頭を深く下げた。
周子はまたあの笑顔を浮かべ、優しい言葉をかける。
あまりにも一方的な、決着だった。




