ダーク・プラン
「私は幸せです。この十二年間、何をしても気分が晴れなかった」
「…………」
「私は何度も何度も訴えかけた、どうにかして私のせいにしようと言う思いで凝り固まり、いくら無実を訴えかけようとしても耳を貸さなかった、私の人生を踏みにじった人間がああなったんですから」
再び見せ付けた、満面の笑み。銃弾よりも恐ろしい笑顔が、竜也の心を襲う。
「それと、あの二人。高校時代から私にやたら絡んで来ていた二人。今となってはもう証明できませんけど、あの二人が私を陥れたのだとしたらそれこそ至福と言うべきものです」
「まさか…」
「叔母さんはもう知っています、私が何度渡仲礼二郎を含むあの三人を殺そうとしたか」
「馬鹿な!」
そしてその笑顔のまま口から放たれた、渡仲礼二郎と日可夫婦に対する殺意。
さらに追い打ちをかけるように、一冊のノートを竜也の前に置く。
同窓会の会場に潜入し、いわゆる混ぜるな危険洗剤を投入して毒ガスを起こし窒息死させる。
コンピューターをハッキングして会場に渡仲礼二郎の悪事を垂れ流す。
あるいは、単純に渡仲礼二郎の帰宅路を調べ一人になった所を包丁で刺す。
——————————考えるだけならば無罪である。
殺し方を考えるだけで有罪になるのならば推理小説家など全員檻の中に入っているし、と言うか作中の登場人物を死なせるだけならば戦死でも病死でも暗殺でも「殺している」事に変わりない以上創作活動など出来なくなる。
「手口が稚拙です」
「そうでもしないと心が落ち着けなくて」
「誰も諫めなかったのですか」
「二十歳の頃に叔母さんに見つかりました。そして大変だったのねと言われて抱きしめられました。それまでです」
最初は警察官らしく、次に人間らしく諫めてはみたが結果は芳しくない。
保護者である叔母もどうやらこの活動を黙認しているようであり、それこそ時限爆弾を抱えたような生活だったとしか言えない。
「残念でしたね」
「え?」
「三人とも何の苦痛も感じずに死んで行ったんです。あなたへの謝罪の言葉も何もなく」
「結論ありきで話すと理論が壊れますよ」
ハッピー・テロリストの犠牲者が、日野琴美のような例外を除いてほとんど即死である事は知られている。
即死と言うのはある意味苦しむ時間の短い話であり、死の恐怖から最も遠いある種の安楽死だ。大罪人が安楽死するなど勝ち逃げではないかと言う泥臭いと言うか血生臭くおぞましい物言いは竜也の好む所ではないが、周子はあっさりと受け流した。
「詰まる所刑事さんはハッピー・テロリストを悪だと言いたいんですか」
「言います」
「では聞きますけど、アンパンマンは絶対正義ですか」
「意味が分かりませんが、それはバイキンマンにとって悪だと」
「いいえ、存在するだけで世に害悪をもたらす事がわかっている上に行いを改める事がないとわかっている存在を生かしておくのが正しいのかと」
「いくら施しを受けても考えが変わらない存在を世間がどう見るでしょうか」
「人は皆死刑を宣告されている、期日を知らないだけで……」
ヴィクトル・ユゴーの名言を口にする周子の目は楽しそうに笑っている。それこそこれまで何人もの諫止を求める人間を論破して来たのだろう事が推測できるほどによどみなく、しかもある意味で悲願が成就した事もあってかますます気分は高揚しているようだった。
「虚しいと思った事は」
「毛頭ありません」
「私は虚しいです」
「ですから善悪は人それぞれです。それこそハッピー・テロリストがやってくれなければ代わりに私があの三人を殺していたと思います。それこそそれをこの十二年間夢見て生きて来たんですから」
「それで誰が幸福になると言うんです!」
「私がなります。少なくともハッピー・テロリストは私を幸福にしてくれました。焼け太りって言うんですか、風が吹けば桶屋が儲かるって言うんですか」
「あなたをハッピー・テロリストは撃つかもしれません」
「覚悟はしています」
竜也にとっては絶対悪であるハッピー・テロリストが、彼女にとっては救世主になってしまっている。自分の死すら受け入れる気になっている周子の意志はあまりにも固く、第三者である存在の意志を伝えても一向に揺るがない。
「この先の人生どうするつもりです?復讐に全てを注いで生きて来た今、何が残っていると言うのですか」
「ですから結論ありきで話すのをやめて下さい」
「あなたにはハッピー・テロリストを憎む権利がある。自分の人生の全てを注ぎ込んで来たはずだった目的を奪った敵である彼らを」
「だからハッピー・テロリストを憎んで下さいお願いしますって言いたいんでしょう」
「言います」
「お断りします」
「復讐は何も生みません」
そして何とかして彼女を復讐と言う存在から引き剥がそうとした竜也を、周子は漆黒の闇夜を晴天に変えそうなほどの目の光で射抜いた。
「やっぱり、そう言うんですね。警察の人は。
ってかドラマだけじゃなく本当にいるんですね、そんな薄っぺらい言葉を口にする偽善者って」




