フル・スマイル
————————————————————世紀末的にもほどがある。
その「商品」の存在を知らされた時の柏崎竜也の感想はそれが全てだった。
ハッピー・テロリスト保険とか言う、ハッピー・テロリストに狙われて死んだら並の死亡保険より数倍の効率で金が入る保険。
その保険が既に人気商品となり、しかもこの数日である地域にて一斉に契約件数を増やしていると言う情報を警察で聞いた時にははらわたが煮えくり返った。
(一刻も早く、無用の長物にせねばならない)
そう気合を入れていくら仕事に熱心にとりかかろうとも、ハッピー・テロリストの正体をつかむ事は出来ない。
宇宙の映像を眺めては攻撃衛星と言うありもしない物を探し求め、事件現場の映像を見ては一組のカップルに三途の川を渡らせたそれの出どころを探るが、やっぱり途中で途切れている。
それこそ何もない空間から出て来て、何の痕跡も残さずに相手を殺すと言う治安の問題どころか戦争の常識さえも変えてしまうようなお話。現実と言うには筋が通らず、架空と言うには人が死に過ぎている。
これがもし実際の戦争に使われるような事があればとか言うのはさておき、このまま放置していては警察だけでなく既存の権力どころか国家構造まで壊れてしまう。と言うかどんなに必死に生きてもハッピー・テロリストの匙加減一つで簡単に人生を終わらせられるような世界で、誰が必死に努力するだろうか。
「あなた、どちらへ」
「済まないが少し一人にさせてくれ」
休みの日もスーツを身にまとい疲れ切った顔で出て行く竜也の背は深く丸まり、その代わりのように心だけは必死に背伸びしていた。
「いらっしゃいませ!ああお客さん今日も来てくれたんですか!」
「いや周子さんすっごいいい笑顔ですね」
予想通り、満面の笑顔。
田辺真由子とか言うアイドルのそれに匹敵、と言うか凌駕出来るほどの笑顔。
その根源にある物を知らなければ、竜也も同じように笑えただろう。
しかしそれがもし、ハッピー・テロリストの行いによる物であれば————その疑念が竜也を渋面にする。
「何か笑顔の秘訣でもあるんですか」
「いや特にありませんけどー。ってかお巡りさんどうして今日もまた」
「お巡りさん?」
「今日はただの客です」
「そんな顔してませんけど」
本当ならば、すぐさま問い質したい。
あの二人の死が、そんなにも喜ばしいのか。
それ以上に、あの時の笑顔の根源が渡仲礼二郎の死によるそれなのか。
その事が知りたかったし、それ以上にそれを正したかった。
「叔母さん」
「刑事さんはあなたと話したいみたいだから少し付き合ってあげて」
そこにやって来た、叔母さんと呼ばれた女性。福田周子の今の保護者とでも言うべき彼女の言葉に従い、裏手へ案内される。
他に従業員は見つからず、コンビニと言っても家族経営の酒屋上がりのそれの延長線にあるそれだとはっきりわかるようなそれである事を竜也は既に調べており、福田周子の行き場のなさを語るには十分すぎた。
「失礼いたします」
「どうぞ」
全く二十八歳女子らしさのない、六畳一間。
目立つ物は型落ちのPCとスマホしかなく、それらとてあまり使われている気配もない。
「お茶でも」
「いいえ結構です」
「聞きたいんでしょう、私の笑顔の事」
そしてそれ以上部屋を精査する暇も与えずに、福田周子は口を開く。
つい先ほどまでの満面の笑顔は消え、普通の真顔になっている。まるでこっちの方が見たいんでしょと言わんばかりにリクエストに応える姿は客商売に慣れ切ったそれであり、むしろ竜也は安心できた。
「お巡りさんって大変な仕事ですね」
「ええまあ」
「そりゃこの仕事だってクレーマーはいます。パワハラをする客もいます。でもわかりやすいんです」
「わかりやすい…」
「筋道が通ってますし、何より監視カメラがありますから」
筋道が通っている。実にありがたい言葉だった。
今自分は、全く筋の通らない存在と対峙している。
自分一己の正義に耽溺し、世界を支配できると考えている存在。この世の全ての人類の生殺与奪を自分が握り込んでいると勘違いしている、ただの殺戮集団。
それが、ただの殺戮集団と評したいがそうできない今の自分の敵だった。
「大変申し訳ありませんけど」
「ご迷惑でしたか」
「私は刑事さんの満足する答えは持っていません」
「今日はあくまでもプライベートですから」
「でも聞きたかったんでしょう、あの人が死んだから笑顔になった訳ではないって言葉を。
残念ですけど、私はウソつきになれません。刑事さんだって取り調べで嘘を吐かれたら徹底的に追及するでしょう?」
そして目の前の女性は、その筋の通らない存在を高評価していた。




