フォース・ターゲット?
伊勢進次郎「また登場かよ!」
伊勢進次郎は、新婚早々いら立っていた。
弟が送り付けて来る金塊の事もさりながら、妻がなかなか帰って来られない。
仕事だと言う事は知っている。
自分だって仕事でしょっちゅう妻を待たせているし金塊の事もあるから財布の中身は膨らめど心の余裕は生まれず、料理を含む家事の腕ばかりが上がる。
「ただいま…」
「お帰り」
いら立ちを飲み込みながら立ち上がった進次郎は全てを振り払うように風呂場へと妻を導く。
テレビは点けない。点けたとしてもやっているニュースの事は知っているし、この世で一番見たくないそれである事がよくわかっている。天気予報を見るぐらいなら手許のスマホだけで十分だった。
(あいつもいっその事同じ穴の狢って事にしてくれればいいのにな…おそらく俺はもう一生あいつの施しを受けて生きて行く事になる…ってか子供に何と説明すればいいんだよ…)
伊勢海次郎が渡仲礼二郎とか日可夫婦とかとやらと同じ存在と思われるのが好都合なのか不都合なのか、そんな事は進次郎も分からないと言うか知りたくない。確かなのは、この先ずっと弟の無思慮なほどの贖罪と言うか善意の山により自分の人生が狂わされて行く事だけである。もし子どもが生まれたらどうなるのか、逃げ出したとして追いかけて来るのか、追いかけて来なければここはどうなってしまうのか。その責任から逃れる事は出来ないのか。
「何か呑むか」
「水でいいから」
妻にミネラルウォーターを渡し、作り置きの野菜炒めをレンジにかける進次郎の背中は丸まり、覇気はない。それは妻も大差なかった。
「仕事、忙しかったのか」
「ものすごく。飛ぶように売れるとか言うけど、私は今日だけでそれこそ七件も回ったんだから」
「一体どれぐらい歩いたんだよ」
「歩いた距離そのものは長くないんだけど、何せ件数が件数だから、一件当たり一時間は説明にかかるし、それでオフィスに戻って資料作んなきゃいけないしで」
一件一時間、七件で七時間。オフィスからの移動距離を考えれば八時間で終わる訳がない。その上に七件分の資料作成となると一件に付き三十分だとしてもトータルで十一時間は軽く越える。一応資料作成用のスタッフはいたがどうしても契約を取り付けた存在の認証が必要不可欠である以上結局は本人の負担になる。
「さすがに日を改めろよ」
「それが一刻も早くってお客様が多いし、その上にさらに他のお客様もまだかまだかって状態で、でも知っての通りこの保険って支払いは多いけどこっちが受け取る額は安いから」
「俺もお前の勤め先を知らない奴らに言われるんだよ、弟の事があるから入った方がいいんじゃないかって。バカバカしいっつーの。ってかお前に言ってもしょうがないけどもう少しまともな名前ないのか」
「一応突発性殺人名誉棄損保険ってなってるけど誰も呼んでない、みんなハッピー・テロリスト保険って呼んでる」
ハッピー・テロリスト保険。
ハッピー・テロリストに射殺され、ハッピー・テロリストにより全国にその死を布告されると保険金が払われると言う極めてピンポイント過ぎる保険。
保険料に比して死亡保険金は高くまたハッピー・テロリストによる死でない場合には保険料の半額返金が行われると言うそれな事もあり加入件数は増えており、トレンド商品の一つになっていた。
「それで最近よその会社まで同じのを売り出し始めて」
「うちこそが元祖だ、取られてはいけないってばかりにかよ」
「うん。ちょうど渡仲礼二郎さんや日可さんってとこの近所の人とかが次々とハッピー・テロリスト保険を求めてて」
移動距離が短いのに件数が多い理由はそれで合点が付いたが、その三人がなぜハッピー・テロリストとやらのターゲットになったのかは知りたくなかった。どうせその方が幸せになるだろうと言う呆れるほどの上から目線で殺されたのだろうが、その理由を知る事自体が藪蛇そのものだろう。
(第四の犠牲者だって…そんなのになるほど自分が非道な行いをして来たって自覚があるのならば最初からしなければ良かったのだ!
ってほど簡単じゃねえのは分かってるよ、でもそこまで連鎖反応を起こすほどに脅えてるのかね。たまたまだ、たまたまだ!)
保険と言う商品自体、自分を思う誰かにお金を残すという目的と同じかそれ以上に安心を買う事が目的であり手段だった。
だがそれにしても、あまりにも集中的かつ多数過ぎる。いったい何だと言うのか。何が彼らを突き動かしていると言うのか。
「まさかと思うけど」
「ええ。その保険の人たちってみんなこの前亡くなった三人の関係者とかで…」
「俺は昔母さんに頼まれたお使いのお釣りを100円ちょろまかした事あるんだけど」
「落ち着いて」
「まあとりあえず食べようよ」
「ありがとう」
ハッピー・テロリストが、自分たちの生活を侵食している。自分たちだけでなく、世界全てを。
見えない恐怖で。
その事を忘れまい、しかし負けまいと、ゆっくりと進次郎は箸を握った。




