ロングフル・コンビクション
「元気を出さなければいけないな」
「柏崎刑事、お元気そうで」
「まあな、今日は早朝にコンビニに寄ったんだがそこの店員が愛想よくてな、やけにいい笑顔するもんだからつい買いこんでしまって」
「……あの構文がなければ、なおいいんですけどね」
柏崎竜也は苦笑いするより他ない。
今日もまた朝から「ハピテロ構文」が飛び、渡仲礼二郎とか言う六十二歳教頭の関係者にマスコミが集まっている。
被害者家族の人権を何だと思ってるんだと言う話だが、それでもただでさえマスコミ不信が絶えぬ今何とかして確実かつ刺激的なネタが各社とも欲しくてたまらないのだろう。それが逆効果なのかどうかはさておき、行きつけと言うほどではないが良く行く店の店員の愛想が良いに越したことはないのも事実だ。
「その彼女なんですけど」
「知ってるのか、ってか彼女って」
「ええ。柏崎刑事が行ってるとこって小さな店で、私も行った事があるんですけど店員の子がいつも営業スマイル必死に作ってる感じで」
「そうなんだよ、でも今日はすごくきれいで自然な笑顔で」
「福田周子って人なんですけど、高校中退してずっとそこで働いてて。バイトじゃなくてもう正社員って感じで。確か二年の時に中退して十二年間もずっと」
十二年も同じ場所で働いているのはもはやバイトではなく正社員だ。コンビニで正社員など店長ぐらいしかいない物だろうが、それでもそこまでいるとなればもう下手な正社員よりもずっと現場に詳しいはずだ。
「一応昼勤で夜になると休んではいるらしいんですけど」
「真面目なんだな、ってか社畜の類じゃないか」
「本当に高校中退したのかって話なんですけど、どうも高校時代に非行があったとか」
「非行って何だ、援助交際か」
「部費を窃盗したとかで、その流れで中退して現在の立ち位置になったとか」
それほどの存在が、高校中退と言う名の中卒。確かに部活動の部費を盗んだのは悪いが、なぜあそこまで熱心に働くような存在がそんな真似をしたのか。あるいは改心しただけなのかもしれないがどうしても竜也は腑に落ちなかった。
「それなんですが」
「何だ」
「冤罪ではないかと言う話があるようなのです」
冤罪。
警察官として何があっても見過ごせないその単語を聞かされた途端、竜也の背中の毛が逆立った。
「何でも、必死に無罪を訴えたものの物的証拠があったため教師も撤回する事はなく、文字通り正面衝突の状態となってしまって」
「両親は」
「彼女が必死に訴える物だから共に戦おうとしましたが物的証拠だけでなく状況証拠も不利で、しかも周子さん自身が極めて強硬で私はやってないの一点張りでいくらなだめすかそうとしても聞かず、結果的に中退したと言うのです」
「現在彼女の両親は」
「連絡は取っているようですが面会も月一からふた月に一度ほどで、会うたびにどんどん目付きが鋭くなっているとかって」
「……………………」
悲しい話だ。
実際にやったのかやっていないのかはともかく、一人の女子高生の運命が狂ってしまった事は事実だ。
ただそれが自業自得なのか本当に冤罪なのか、第三者でしかない自分にはわからない。
「それでも、今日はすごくいい笑顔をしていた。彼女についてそんなに心配は要らないと思うけどな」
「それなんですが」
「……まさか」
「その時の彼女の担任こそ、渡仲礼二郎だったのです」
それでもあの笑顔を見る限り大丈夫だと話を切ろうとした竜也だったが彼女が話を打ち切る様子がないのに気付き瞼を吊り上げ、その通りになってしまった事を知らされて目を三角にしてモニターを睨んだ。
「連中は我々が出来なかった事を代わりにやる気か」
「えーと…」
「だとするとあの笑顔も質が変わって来る…」
「仇討ちですか」
「復讐は何も生まない。せいぜいハッピー・テロリストとか言う無差別殺人集団が調子に乗るだけだ。とりあえず渡仲礼二郎氏の一件の逆探知を行う。彼女の笑顔はそれとは関係ない」
自分に言い聞かせるように捜査と言う名の仕事に乗り出す柏崎竜也の顔は、つい先ほど笑顔で仕事場にやって来た時のそれと別人になっていた。
私人から公人に変わったと言うより、穏やかな聖人から相手の命をいつでも奪わんと欲する暗殺者に変わった。
その事を指摘できる存在はここに誰もいないし、そうする必要を感じる人間もいなかった。
そしてその暗殺者もどきの折り目正しい仕事人間を踏みにじるかのように、事態はさらに悪化して行くのである。




