フェイマス・ドクター
「ああそうか!」
柏崎竜也は机を叩いた。全く力ないそれだったのでテーブルは全く揺れなかったが、いら立ちを最大限に抑え込んだその一撃は相手を脅えさせるには十分すぎた。
「ムハーク産業は業績を回復、社員たちが次々と復職しているとの事」
「それで」
ライバル企業の人間の様に平板と言うか嫌そうに部下の報告を聞きながら三件のハッピー・テロリストの犯行の発信先及び狙撃先を探る。
三件目のメキルマ・ターノッセイと言う外国人女性の死の際にはレーザーの三倍程度の幅しかない所からレーザーが出ており、さらに駐車場と言う監視カメラのあった場所からして方角は読みやすいと踏んでいたのだが、途中で民家の壁にぶち当たってしまう。もしそこに狙撃するための銃とかがあったとしたらすぐに見つかるだろうし、仮にどこかからそれが来たとしても曲がりくねって来るまでの軌跡を誰も何も捉えていないのは明らかにおかしい。
それこそ、相手を殺すために空間から急に出て来たとでも言うのか。
「携帯電話・スマートフォンなどは」
「逆探知をかけても全く繋がりません。各社担当者も分からないと言う事で、いわゆる回線乗っ取り案件かと思いましたが各社とも不調です」
「ぬぬぬぬぬ…!」
「落ち着いて下さい!メキルマ・ターノッセイの様になりたいんですか!」
「殺人事件の被害者の名を出すな!」
「出します!」
部下の強い態度に少しひるんだ柏崎だったが、それでもとばかり目を上げ相手を睨み返す。だがその部下の負けない視線と、自分に向けられた生温い目線を前にコーヒーを飲み干して机に突っ伏す事しかできなかった。
「すると何かよ…ハッピー・テロリストが三人を殺さなきゃムハーク産業は倒産していたってのかよ…」
「断定はできませんが」
「悪質な袖の下だな!」
「……」
袖の下と言う単語を吐きながら吠える柏崎の姿は、耳音産業へと向かうメキルマ・ターノッセイに酷似していた。
どちらも目の前の事象を何とかして解決せねばならぬと気が急き、それ以上の事は見えていない。その上で自分ではどうにもならないいら立ちを抱え込み、挙句周囲の人間がそれを肯定してくれない。
(ブラック企業、かよ…!)
元ムハーク産業の人間から聞かされていた、ここ数年の同社のブラックぶり。始発出勤終電で退社とか言う事も横行しており、多数の社員が離職していた。
そのブラック化を推進していたのが昭和の遺産のようなモーレツ社員と言うか仕事人間で妻子にも去られた黒井業太、下手に体力だけが有り余っていた独身男こと上原司、数字しか信じず日本の企業文化を理解していなかったメキルマ・ターノッセイ。
三人は気弱な社長を盾に好き放題暴れ回り、全く悪意なくムハーク産業を潰そうとしていた。今は必死に社長たちがその傷を埋めようとしているが、社長が定年退職するまでの間に完全に埋まる保証は誰にもできない。だが、もし三人のうち一人でも健在だったら完全にムハーク産業は潰れていたかもしれない。
だが所詮、かもしれない、だ。
「故人の家族との連絡は」
「黒井さんの家族は既に離婚しており、それで」
「それで何だ」
「ハッピー・テロリスト保険と言うのに入っていたそうでそれでかなりの現金を得ていたせいで焼け太りとか後ろ指を差されているそうで…葬式には来たそうですけどかなり白い目で見られたとかで、ああ同じ高校の双子の生徒がかばってくれたとか」
「で、あと二人は」
「二人とも独身です、それとどちらも家族との折り合いは良くなかったようで」
家族が悲しむとか言うには、そのバックボーンも弱い。
黒井業太の家族が葬式に来たのはおそらく世間体のための行いであり、本人たちからしてみれば不本意も不本意。仕事人間であってもDVなどなかった夫を完全に捨てれば損をするのは自分たちだけと言う状況に負けるように、泣き真似でもしたのかもしれない。そして残る二人も独身とか以前に他に悼んでくれる人間が何人いるかわかりゃしないと来ている。
会社の部下・同僚たちはこの調子だと多分来ない。お優しい社長を始め上層部の人間は来るだろうが、部下に頭が上がらなくなった彼らが部下から評判最悪の、会社を滅ぼしかかった人間の葬儀にそんな真剣に参加するとは思えない。
「まさか柏崎さん…」
「行くぞ、あんなやぶ医者共を看過しておけるか」
「ダメです!」
「なぜだ!」
「今行けば勝ち逃げを支援したと言われます」
「死んで花実が咲くものか!」
せめて自分だけでもハッピー・テロリストの犠牲者を弔わねばならぬとばかりに立ち上がろうとした、柏崎のスマホが鳴る。
「……そうですか、ではそちらへと……」
そして電源を切り、そのままへたり込む。
「しばらく、研修だそうだ。と言っても山林地で研修時間は毎日一時間半。平たく言えば休めって事らしい、ただし」
「外出はままならぬ、と…」
「ああ………………」
警察と言う組織、いや世界全体が、ハッピー・テロリストと言う組織の被害者を悼ませなくなっている。
いや、稲田浅次郎のような存在ならばいくら追悼しても構わない。
だが此度の三人は会社と社員を壊さんとした大悪党であるから悼めばそれと同類項になるぞと、内側から自発的に脅しをかけさせている。
人は皆死ねば神仏であると言う教えへの挑戦行為であり、抗えない流れを作っている。
(世界征服でもする気か…!)
大量殺人だけではない、いっそ内乱罪にでもしてやる。
このあまりにも有能な名医を前にして、誰も何も言えなくなっていた。
明日からはまた「分裂する意志」をどうぞ。




