プレジデント・ティアー
「耳音産業との契約を切ろうとしていた!?」
「はい、耳音産業へと向かい、駐車場に止めていた社用車へと戻ろうとした所でハッピー・テロリストに撃たれたようです」
「我が社を出た時間は」
「8時ちょうどに出勤してから10分足らずで出たようで…8時11分ですね」
「すると…」
電車でもムハーク産業本社から徒歩10分の最寄り駅から耳音産業の最寄り駅まで各駅停車ならば乗り換え込みで23駅、特急を使えたとしても12駅で乗車時間だけで1時間越え、さらに耳音産業からは最寄り駅より徒歩15分。自動車で行ったとしてもほぼ一直線に進んで50分、実際には渋滞もあるから1時間越えはほぼ間違いないと来ていた。
犯行声明を真に受ければ8時11分に出て9時12分に射殺された事になる訳だから、移動時間はほぼ1時間と言う事になる。
「耳音産業へと向かいそこで契約終了を申し渡そうとして撃たれたか、申し渡して撃たれたか…!」
「どうも耳音産業さんはついさっきまでハッピー・テロリストの犯行に気付いてなかったようで」
「前者か、前者、か……」
社長は地獄に仏とはこの事だと言わんばかりに椅子にもたれかかった。視察に来た際に撃たれたのだと言う言い訳を作り契約解除については握り潰す事が出来そうだからである。心象は良くならないかもしれないが、その際にはいくらでも頭を下げるつもりである。最悪死人に口なしでメキルマの独断にしてトカゲの尻尾切りをやっても構わない。
もし、メキルマの言う通りにその下請けとの契約を切っていたらムハーク産業の主要商品は作れなくなる。あの部品の代わりなどない。そうなればただでさえ業績悪化中なのに今度こそ倒産の二文字が見えてしまう。
「………………………………」
と、そこまで考えが及んだ所で社長は動かなくなった。
まさか、ハッピー・テロリストがメキルマを殺したのは。
いや、黒井業太も、上原司も—————。
「急ぎ本社内の社員たちの評判を搔き集めろ!いや私自ら行く!」
社長は、息を吹き返したかのように立ち上がった。
「何とお詫びを申し上げれば良いかわかりませぬ…!」
平社員たちに向かって深々と頭を下げるその姿は大企業の社長とは思えぬほど小さく、辞表を叩き付けようとしていた人間たちの毒気をも抜いてしまっていた。
元々社長と言っても競争相手の自滅により社長に持ち上げられただけのお人好しの彼にはこの役目がお似合いであり、古参であればあるだけ気の毒な面が勝った。
(自分がないんだよ…)
そう内心で毒付く社員もいたし、実際誰よりもやる気いっぱいでゴリ押しを厭わない良くも悪くもエネルギッシュな社員がいれば道を譲った上でその尻拭いやらフォローやらに務めて来た存在からすれば黒井業太や上原司、メキルマ・ターノッセイのような若くぎらついた存在はまぶしいと同時に道を空けるべき存在に見えてしまったのだろう。
「辞任するのですか」
「それはしません。しかし彼らの暴走を許してしまった身として、残る数年にわたって会社に奉公し私が追いやったも同然の皆さんに一人一人頭を下げるつもりです。本当に、本当に、申し訳ございませんでした!」
「一体どこからそんな金が出るんですか!」
「我々が一年ほど三割切ります、足りなければ半分にします」
土下座までしそうな彼の、黒い部分を探す事が難しいほどの頭に本社の社員たちは言葉をなくした。
社員の怒りも素直に受け止めてしまう。この気弱なナンバーワンを利用した社員たちは三人の暴走機関車に怒りを抱き、守らねばならないと言う気持ちになった者もいた。同時に頼りないと見た人間たちはこれまでの過剰労働を盾に社を去った。
「どうして今更」
「分かっています!本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
「二度とムハーク産業では働きたくありません!」
「わかりました……」
「なぜまた弊社との取引額を」
「そちら様に我が社を去ってしまった社員がいると聞いて、どうか彼のためにも」
「…考えておきます」
やめてしまった社員たちにも一人一人物理的に土下座して復職を乞い出し、そして他の企業に雇われた人間がいればその会社にも必死に頭を下げるようになった。交渉は好調ではなかったがあまりにも真摯、と言うか痛々しいほどの謝罪行脚に他者の人間や元社員たちの心もほぐれ出し、ムハーク産業の評判は徐々に回復していた。
ただ一人の、男を除いては。




