アイアム・セーフティ?
「勝ち逃げ野郎」と「保険金詐欺女」。
二人してあまりにもひどいあだ名だったが、それが一人の少女の両親のそれになってしまった。
「お前らな、んな風に言われて傷付かねえと思ったのか?」
「そうそう、仲間はずれって本当だせえよ」
クラスのカースト頂点である福田兄弟がかばってくれたから良いようなものの、少女の元から高くも低くもなかった地位は地に落ちていた。
ハッピー・テロリストの犠牲者となった彼女の実父だけでなく、仕事ばかりで家庭を顧みないと言う理由で離婚した彼女の実母もいわゆる「ハッピー・テロリスト保険」を離婚する直前—————わずか半年前の事だ—————にかけていた事を知られてからは数万円で三千万円をせしめた焼け太り女と言われるようになった。
いっその事、ただ単純に不幸であれば良いのに。DVのドの字もない、ただワーカホリックであった事が唯一最大の責めであった存在がもたらした「幸い」。
それもまた、現実だった。
※※※※※※
「離婚した家族は葬式に来てくれたようで、母娘二人して深く悲しんでいました」
「そうか…それは何よりだ…メキルマさん、どうもありがとうございます…」
そんな黒井業太の家族の事情など知らない上原司は、昼食を掻きこむように食べるのを止められて腹を立てていた所に金髪碧眼の女性からかけられた言葉に安堵していた。
メキルマ・ターノッセイと言う名を持つ彼女は海外の大学で経営学を学び、その経歴を盾に日本にやって来た才女だった。上原司はその上で普通に入社試験を受けて入社した彼女を高評価しており、上層部にも出世させるように請願していた。
実際彼女のプランは上原や黒井やさらに上層部の覚えもめでたく、入社四年足らずで既に彼女は平社員ではなくなっていた。
「しかしなぜ、ハッピー・テロリストと言う組織は黒井課長を」
「そうです。よくハッピー・テロリストは社会の悪を狙うとか言われています。ですからハッピー・テロリストに狙われた存在と言うのはそういう人間であると言われております、おりますが…」
「会社でも彼の評判は良くない。だらけ切った連中をしつけてくれる素晴らしい人間だったのにな……」
メキルマに向けて愚痴をこぼす上原は、いつのまにか鼻の下を長くしていた。
実際メキルマは才女である以上に容姿端麗であり、彼女自身の能力を相まって高嶺の花と言う印象を与えていた。入社当時は彼女に憧れる社員も多く、ムハーク産業を癒す存在になると皆が思っていた。
独身の上原からしてみればそんな彼女を追う相手が少なくなっているのは好都合であり、何とかして彼女の心を射止めるためにもなおさら仕事を頑張らねばいけなかった。
「この後は黒井の穴を埋めるためにも自ら外回りに行かねばならない。最近業績が上がらず頼りにしていた黒井がああなってしまったからな…部門違いではあるがどうかメキルマさんには部下たちに活を入れてもらいたい。ノルマをこなすまでは決して帰って来るなとな」
「ハイわかりました、それと無駄な出費の削減もしておきます」
メキルマは会計部門所属だがいずれは上原自ら幹部候補生として持ち上げる事も考えており、彼女自身の意欲の高さもあって他部門にも顔を売りまくっていた。そのメキルマがいるならば大丈夫だろうと思った上原は背筋を伸ばし、緩慢な動きをやめない部下たちを睨み付けて社を出た。
(必要経費、かよ…どいつもこいつも軟弱極まりない。黒井課長はあんなもん一本も呑まなかったぞ、それこそプロの証だろうが!)
社内の冷蔵庫を埋め尽くす、栄養ドリンク。一日一人二本単位で消費されるその空き缶を見る度に、上原は胃が痛んだ。
(毎日毎日、定時まで外回りを続けその後データをまとめるとか言う基本的な事も出来やしないぐうたら共のせいでムハーク産業の業績は傾いている、だからこそ上層部もメキルマと言う存在を入れたはずだ!
それなのに別にオフィスラブを禁止している訳でもないのに色恋に走ろうともしない、欲望で釣ってるのかよと言われても別にいい、しかし社員たちの欲望は現状どうしてもだらける事にしか向いていないらしい。一度手を抜くとそれが癖になり、そのままダメになると言う事が分からないのか…!)
近頃の若い者はとか言うほど年を取っているつもりもなかった上原だったが、それでも入ってくる人間入ってくる人間みんなしてこんなのなのにはいい加減辟易もしていた。派遣会社さえも最近では反応が悪く、ムハーク産業にだけは行きたくないとか言う社員も多いらしい。全く何のつもりなのかはなはだ理解に苦しむと思いながら社屋を出た。
そして、
『本日11時30分、我々は上原司を殺害しました。
全ては上原司の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。
我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト』
上原司もまた、死体となった。




