ノーモア・サービス
柏崎竜也は指を鳴らしていた。
「殺人による救済などあってはならない、あってはならない…!」
そうつぶやく彼の傍から、人がいなくなって行く。
ハッピー・テロリストによる犯行は、未だに絶える事はない。
だがその犯行により一体何人の人間が悲しんだのか。
そして、何人の人間が救われてしまったと言うのか。
最近になり辛味と同じぐらい摂取量の増えたコーヒーを口に運びながらハッピー・テロリストの攻撃と発進の元を探す彼の顔に、余裕の二文字はない。理想と現実の問題だと言うのか。
「そんなんじゃハッピー・テロリストより先にこっちが倒れますよ」
「うむ……」
部下に強引に仮眠を取らされた竜也であったが、その目は冴え切っている。冴え切ってしまっている。その冴えた目が法による支配と正義を求め、力によるそれを否定せんとしていた。
だがそんな燃え上がる中年男の切実な思いを踏みにじるように、また一本の光線は放たれた。
※※※※※※
『本日6時42分、我々は黒井業太を殺害しました。
全ては黒井業太の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。
我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト』
黒井業太。
ムハーク産業の営業一課課長。
頭の毛こそ少ないが常日頃から目はつり上がり全ての批判を封じ込めんと欲しているその男が死んだその時、その死を悼んだ者は一体何人いたか。
それが人の価値を決めるとか言うが、彼の場合は特にそうだった。
「……わかった、もういい!今日は全員帰れ!」
黒井業太の更に上、営業部長こと上原司は午前八時半だと言うのに重たい顔をして集まった人間たちに向かってそう吠えた。
だがその命令を誰も聞こうとせず、ただじっと上原の顔とついさっき亡くなったばかりの黒井業太の机の方ばかり交互に見ていた。営業一課だけでなく社員全員が、だ。
「何だお前ら、帰りたくないのか!?ならばいい、こっちは黒井課長の葬儀の手配をやっておくからお前らは勝手に仕事しろ!」
結局、いつも通りに仕事が行われる。それが黒井業太と言う人間の価値を余計に削っている事にも気づかないまま、皆が皆日常生活を送る。
(まったく、どうしてあんな死に方を!ハッピー・テロリストめ!)
ハッピー・テロリストに対し、上原も腹を立てていた。死体が護送された先の病院から連絡は入っているが、何せ犯人はハッピー・テロリストである。
ハッピー・テロリストに殺されたって事は殺されて当然な人間なんだろうって言う風評が広まってしまっている以上、もう世間の目は「無差別殺人事件の被害者」ではない。
悪逆非道な輩か、無能な働き者か、さもなくばよっぽど環境に恵まれなかった者か。それがハッピー・テロリストの犠牲者のパターンだった。
そして三番目はいいとして、二番目もまだともかく、一番目に同情を集めるのは極めて難しい。そしてこれまでの被害者のほとんどが一番目だった。
一番とげとげしい言い方をすれば、死んで当然。むしろこのタイミングで死ぬ事こそ本人どころか世界にとっても一番いいのだと言う人権を全く無視したようなお話が、堂々とまかり通っている。
「貴社はハッピー・テロリストの被害に遭うような会社なのですか」
「稲田浅次郎様の事もあるのですぐにとは言いませんが」
「黒井様の評判は聞き及んでおりますゆえ」
次々とそんな電話が入って来る。ハッピー・テロリストに狙われると言う事はそうういう人間であり、稲田浅次郎のような人間が例外だと言う話。今では彼の家族や会社の関係者も小さくなって過ごしており、稲田浅次郎と言う存在の名誉は守られた代わりに彼らの名誉は削られている。
そう、自分たちの名誉もまた削られようとしている。
「もしもし社長…」
「……もう皆疲れているのだろう、ただ定時まではどうか頼むと言ってもらいたい…でも定時を一分でもはみ出すな…」
「はいはい…」
取りすがろうとした社長からの「にべもない」言葉に、上原司は黙るしかなかった。ただでさえノルマには遠い数字しかないのに、そんな風にだらけていてはますます業績が傾くではないか。部長と言う中間管理職とか言うには高く幹部と言うには低い身の上からしても、黒井業太のようなムハーク産業のために働く人間は必要だった。
隗より始めよと言わんばかりに朝から晩まで仕事をこなし、決して文句も言わずに粗衣粗食でいる姿。だからこそ出世もしたと言うのに下の連中はそんな彼の働きについて行けぬと辞める者もおり辞めぬとしてもまるで体を引きずるように動く者ばかり。
(仕事をしないならば給料を下げてやる)
自分のも下がるのを承知でそう叫べればどんなに楽か。怠け根性が身についてしまった連中を図に乗らせるハッピー・テロリストに対し、彼は目を血走らせながら仕事に回っていた。
誰よりも仕事熱心だと自負する彼は、時に外国人女性と話しながら、仕事に向き合う。
やがて「社長命令」により数十日ぶりに定時退社して行く社員たちを睨み付けながら、彼はさらに仕事を続けようとした。
黒井業太と同じように誰もいない家に帰る事もなく、黒井業太と違って妻子に向かって金を払う必要もないのに—————。




