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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット7 アナザー・ワールド

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インシュアランス・マネー

「葬儀なんて適当にやればいい」


 伊勢海次郎の兄、伊勢進次郎の言葉はこの上なく冷たかった。

 生まれてから二十五年、一銭たりとも伊勢家に金を落とさず食い潰してばかりの弟に対する対応とはそんな物だった。両親もまたしかりであり、遠からずどこかの工場にでも放り込んでやろうと思った所だった。


「でもあまり適当にやると進次郎さんたちのイメージに響くんじゃ」

「そうなんだよ、俺らがあいつをニートにしてたんだって言われかねねえからな」


 ハッピー・テロリストにより殺された人間の関係者ほど、色眼鏡で見られる存在はそうそういない。

 ハッピー・テロリストの被害者に追い詰められていたのか、被害者を追い詰めていたのか。進次郎からすれば前者だと思っているが、後者だと思われる事を否定できない。

 実際、あの一件からほどなくして結婚間近だったはずの海次郎の同級生のカップルがいきなり破談しそうになった。話によれば高校時代海次郎と付き合っていた彼女を奪ったからだと言うがあれは海次郎が強引にアプローチをかけていたのをその同級生がただ単にフったと言うだけの話でしかない。罪悪感など要らないと言ってやったおかげで持ち直してはいるようだが、おそらくあのカップルは生涯海次郎に負い目を感じながら生きて行く事になるだろうと思うと進次郎は胸が痛んだ。

 彼女が入れてくれたブラックコーヒーを吞みながら、深々とため息を吐く。


「しかしさ、そっちの勤め先でとんでもない新商品が出たんだろ」

「それがかなり人気で」

「わかんないもんだね、保険会社なんて安定した商売だからそんなに冒険するような代物なんてないと思ったけど」


 その彼女の勤める保険会社から、最近売りに出された新商品が話題となっている事は進次郎も知っていた。

 そして自分が事実上の当事者になるまで、その話題を他人事だと思っていた。


「あいつに使えば良かったってのかよ」

「まだ実際に支払われた例はゼロだけど、契約者はどんどん増えてるわ」

「それこそ悪い方向で宝くじに当たるようなもんだからな、一生涯年間一万五千円で死亡保険金三千万円ならばお買い得だろうよ、こちとら年二万どころか四万は保険料だけで払ってたからな」




 「ハッピー・テロリスト保険」——————————。




 そんないかれた名前の保険商品が発売されたのは、ちょうどひと月ほど前からだ。

 死亡保険の変形で、ハッピー・テロリストにより殺害されたと言う保証(と言うかハッピー・テロリスト構文により全国にその名を知られる事)があった際に保険金を払うと言う代物である。なおハッピー・テロリストが滅亡したと確認された際及び途中で解約した際には入金の半分を返還する仕組みになっており、年間一万五千円、一カ月に付き一二五〇円と言う一千~三千万円と言う保険金から比して極めて安い保険料と相まって急速に広まって行っている。




「よその会社でも同様のそれを売り出すとかって」

「ったくわかんねえもんだな。もしそれがあれば少しはあいつも貢献できたってのかよ」

「相当業腹だったんですね」

「たりめえだっつーの。これでようやく自由に過ごせるってもんだよ、俺も、親父も、おふくろも。

 ある意味世界一合法的な保険金殺人だぜ本当……」


 進次郎の言葉は、進次郎と両親が共有しているそれだった。


 高卒から七年、文字通り家の中で無為徒食しているだけの男のせいで貯金を食い潰されそうに思え、定年退職もそれほど遠くないのに余裕を持った生活が出来なかった。進次郎もまたそんな弟のせいで世間体と居心地の悪さを感じ、彼女との入籍も結婚式も二の足を踏みまくっていた。彼女は比較的寛容だったがそれもまた三人の心をさいなみ、日々海次郎へのヘイトを高めていた。


 その海次郎がハッピー・テロリストにより殺され、保険金として入った額・二千万円。

 大卒リーマンの三年分の年収の倍よりやや少ないその金を残しそれ以上浪費させる事のなくなった海次郎は、かなり親孝行なタイミングで死んでくれたと言えなくもなかったのである。




(これが、ハッピー・テロリストかよ……)


 ここで伊勢海次郎の人生を終わらせる事が伊勢海次郎本人だけでなく、自分たちまでハッピーにしてしまう。

 それがもしハッピー・テロリストだと言うなら、人殺しのくせに彼らを憎む事はできない。


 そんな複雑な思いを抱えながら極めて簡易な形で行われた葬式。文字通り火葬だけで終わったその際に、彼の棺に突っ込んだ遺品はただ一つ、一冊の厚くない本だけ。


 それは生前、伊勢海次郎が仕事もせずに読みふけっていたライトノベル。こんなもんの何が面白いんだかと思いすぐに投げ返してやったそれに何の思い入れもなかったが、それでも自分なりに血を分けた弟に対して最後の礼儀を尽くしてやるつもりだった。




「『10秒待って!』転生悪役令息は『10秒』スキルで破滅を回避します」とか言うタイトルのそれは、伊勢海次郎の肉体と共に灰となって消えて行った。

もし「『10秒待って!』転生悪役令息は『10秒』スキルで破滅を回避します」って作品が実際にあったらお詫び申し上げます!

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