ニート・トゥ・ゴー・ワールド
ハッピー・テロリストの存在が世間に認知されてから、それなりの時が経った。
「びた一文手掛かりはなし、か……」
警察署の中で、柏崎竜也は苦々しい顔をしていた。
これまでのハッピー・テロリストの殺害事件の被害者たちのデータを漁っていた竜也であったが、その法則が全くつかめない。
赤いレーザーが飛んで来ている事は、変わらない。
だがいつどこで、どのように曲がったのか、そもそもどこから発射されたのか、全くつかめない。
と言うより、誰も発射口を見ていない。
あれほどの存在感があるのに、人ひとり平気で殺せるのにだ。
もちろん新聞社を始めとしたマスコミや警察などにも届けられるメールからも解析を試みているが、未だに彼らのアジトはおろか発信先もわからない。通信事業大手各社とも連携を取っているが、まったく掴めない。海外にも捜査網を広げているが、現状梨の礫だ。
(彼らを放置してはいけない)
竜也はそう自分に言い聞かせていた。稲田浅次郎のような何の罪もない人間さえも死んでしまうような世界に、何の希望があると言うのか。
最近では、彼らは別世界からの侵略者ではないのか、特別な技術を持つ存在がこの国を、いやこの世界を支配しようとしているのではないか。
そんな尾ひれが付いた荒唐無稽な噂が泳ぎ回っているとか言う話まで出て来ている。
そしてその副作用が出ているらしい事を、竜也は何よりも認めたくなかった
「たまたまだ!」
眠気覚ましのブラックコーヒーをあおると缶を机に叩き付け、タブレット端末に向けて吠える。
犯罪発生率、先月比15%・前年比20%減少。
もしこれが「悪いことをするとハッピー・テロリストに撃たれるぞ」とか言う話だと言うならそれは思い上がりもいいとこであり、文字通り法への挑戦だ。
誰もが突発的に命を奪われるかもしれないと言う恐怖におびえ、折り目正しく生きていれば大丈夫だろうと縮こまっている。犯罪者と悪人がイコールでない事は百も承知だが、古元一のような真面目に生きて来た男がこれ以上生きていても世界の誰も幸福にしないとか言う一方的な決めつけで殺された以上そんなのが何の意味があると言うのか。確かに話を聞く限り古元一に過ちがなかった訳ではないが、過ちだけで殺されるのならば人間の存在意義はない。
いやもっと深刻な事として、このまま放置していては彼らが殺さなければ被害者たちは自分を含め周囲の人間をもっと不幸にしていたかもしれないと言う話が今以上に広がり出し、生き恥さらしても死に恥さらすなと言う言葉が死語となりいっそきれいなまま散らせてくれと言うまるで神風特攻隊のような美学が流行してしまうのではないか。そうなれば人は皆刹那的になり、社会の連続性はなくなってしまう。
「何が何でも、ただの殺人犯として捕まえてやる…!」
柏崎の目は、怪しく輝いていた。公共の安全を守る身として、このような私刑執行人たちを放置する事は出来ない。
と言うか実際、彼らは警察の捜査の邪魔をしていた。
この前撃ち殺された一人の男はヤクの売人であり、そこから芋づる式に暴力団幹部の逮捕まで持って行くつもりだった。だがその直前にハッピー・テロリストにより撃ち殺され、警察は捜査の糧をなくしてしまった。その後別の伝手からなんとかその暴力団連中を檻に放り込む事に成功はしたが余計な手間がかかり、その分他の事件に労力を注ぎ込めなくなった。取り締まるべき存在を、取り締まれない。別に面子など気にするつもりはないが、それでも彼らを許す事だけは出来なかった。
しかしハッピー・テロリストは、そんな正義のミカタの事情など斟酌しない。
今日もまた、一発の赤い光線が放たれた。
『本日10時15分、我々は伊勢海次郎を殺害しました。
全ては伊勢海次郎の幸福のためであり、ひいてはこの国、否この世界に住まう全ての人類のためにです。我々はこれよりもまた、皆様の幸福と正義のために動き続けます。
ハッピー・テロリスト』
伊勢海次郎。
年齢、二十五歳。
性別、男性。
職業、無職。
血液型、O型。
コンビニエンスストアに行く道中に、ハッピー・テロリストにより死亡。
これが、新たなる犠牲者だった。




