ペアレンツ・ブレイク
「…アホくさいババアだよ」
無下そのものの言い草ではあるが、ツッコミを入れる人間は誰もいない。
息子が自分なりのやり方で、目一杯尽くしたと言うのに。
それこそ並のサラリーマンが一生かかっても稼げないような額を、たった二十年どころか十年で稼いだと言うのに。
そんなやり方で稼いだ金なんぞ一円たりも受け取ってやるかと言う執念のせいで、彼女はそれこそ求めていた宝石もブランド品も旅行も楽しまずに死んだ。それどころか本職であるはずの食堂の改築さえもまともに行わずに、あの世に金を持って行く気で死んだ。
「……で、結局この金はイッキー先生こと伊藤貴也先生のもんになるんでしょ」
「元からイッキー先生の、イッキー先生の力で稼いだ金だよ」
漫画を憎み、そこから入る金を一銭たりとも使おうとしなかった頑迷な女。
自分の認めるやり方以外での親孝行を親孝行と認めなかった、最低な毒親。
伊藤貴子の世評は、それで固まってしまうだろう。
「……まあよ…本人だけは幸せだったろうな」
「そんな」
「これからもっと、イッキー先生もミルフィーユ娘も人気になってく。そうすりゃ彼女はますます追い詰められてく、こんな立派な息子を何があっても認めないバカ親って」
「それがハッピー・テロリストかよ……」
あくまでも、被害者のためだけに。
被害者本人の気持ちさえも勘案しないで。
「あるいは——————」
「やめろよ、それじゃ正真正銘のクソババアじゃねえか」
「まだ何も言ってませんけど」
「言いたい事は分かるよ、ハッピー・テロリストのせいでミルフィーユ娘も打撃を受けるんじゃなかって話。でもよ、ミルフィーユ娘の足を引っ張ろうとした人間も殺すのがハッピー・テロリストだ。二の舞どころか三の舞を演じるような奴がいるのか?……いや、いるんだろうな、ミルフィーユ娘が終わらねえように……」
ハッピー・テロリストの出現は、ミルフィーユ娘の人気に影を落とさんとしていた。
人知れず殺人を行う闇の存在はミルフィーユ娘の模倣ではないかとはしゃぐ声の浮上が創作規制派に力を与え、ミルフィーユ娘と言う巨大な敵に挑む勇者の刃となっていた。
無論そんな人間さえも容赦なくハッピー・テロリストは撃ち殺したため人気低下は一時的なそれで終わったが、それでも現実は現実であり創作は創作だった。
もし伊藤貴子とか言う存在の望みが、手塩に掛けて育てた息子が自分にとって不俱戴天の仇であった漫画と言う存在から離れる事であったのならば————。
「映画、どうなるんですかね」
「クランクアップしてるしやるだろうよ。でもさ、あの親からしてみればもっともっとでかい可能性があったのに不意にしやがってと本当の本当に恨んでいたとしてもおかしくはねえんだよな」
「最高傑作と名高きエピソードですから、ハッピー・テロリストがいようと何だろうとクランクインした以上…」
「だな。でも知ってるだろ、あの後彼女が食堂の仕事に没頭して味は良くなったし値段も抑えられて食堂はめちゃくちゃ繁栄してるけど、その後ずーっと影が差したような笑顔になってる事」
実写映画版の元ネタとなったエピソード。
小さな食堂の味に魅入られた大企業の長女が、その食堂の土地を自分の会社の物にしようとする父親を撃つようにミルフィーユ娘の頼む事となる。大企業の社長と言うVIPであるから警備も強固であり、なかなかたどり着く事が出来ない。それでもほんの少しの神の力と主人公の身体能力と、そしてそれ以上の頭脳を持って最終的についに彼女の父親を撃つ。
「……負けたのか、私は、負けたのか……」
その時の彼の最期の言葉。
負けた。
主人公に負けたのか。娘に負けたのか。それとも娘を魅了した料理に負けたのか。
そうやってどうとでも取れる表情と口調が少女漫画を通り越した演出であると話題になり、アニメ化された際にもかなりの高視聴率を記録した。その後も準レギュラーとして彼女は登場しているが、その顔には常に心底からの笑みは感じられないと評判になっている。
ミルフィーユ娘と言う作品の一面をいかんなく示した彼女は、今後は伊藤貴也と言う人間の擬人化であったかもしれないと言われる事になるのかもしれない。
自分が見つけた道を徹底的に否定されるかのように叩き潰されようとした彼女は、親をも押しのけて生き残った。
夢を守り抜いた。
彼女とミルフィーユ娘が守った店に、客が絶える様子はない————————。
「明日だっけ、伊藤先生による葬儀が行われるのって」
「……だな……」
こうしてハッピー・テロリストの一撃は、またも残酷な現実を叩き付けたのである。
次回は6月29日からです。その次は…また別の機会をお待ちください。




