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ハッピー・テロリスト  作者: ウィザード・T
ターゲット6 カートゥーン・ノット・ワーク

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ノーモア・キッチン

「言っちゃ悪いけど何にもないですね」


 伊藤貴子の葬儀のために入った企業の人間は思わずそうこぼした。


 調理場と言うか台所と、テーブルと、椅子と、食器と、メニュー。


 それ以上の物が何もない。


 あるとすれば観葉植物ぐらいで、それだけが店の面積からしてやたらだだっ広い空間の中で目立っている。

 そしてそれ以上の輝いているのは台所と、床と、壁紙だった。


 確かに必要かもしれない。しかし必要なそれ以外が何もない。


「なあ、お前ここで食事したいと思う?」

「思いません。何か重苦しくて」



 —————まるでここは食事をする所であり、他の何をする所でもないと言う主のメッセージ。

 そんな無個性に見えた個性の固まりのような食堂に、葬儀社勤めの二十代男性は深くため息を吐いた。

 一度先輩社員と食事をした事があり安くて速くてうまい上にバランスまでいいと言う三拍子どころか四拍子揃った店であったが、それ以上に店主の圧が強すぎるように感じていた。


「何て言うか…少しでもマナーに反するとすぐさまとんでもない声が飛んで来てビクビクしながら食べなきゃいけない気がして、それこそテーブルや床にソースでもこぼしたらと思うとちっともくつろげなくて、先輩はそんな事ないって言ってましたけど俺はどうも…」

「水清ければ魚棲まず…か…ったくこういう店ってテレビとか漫画とか週刊誌とかありそうだけどな…」

 その手の食事が運ばれてくるまで暇をつぶせそうな代物も、何もない。

 他の事は一切許さないと言わんばかりの、従業員実質ゼロの伊藤貴子と言う人間の城。

 部屋を見れば人の個性がわかると言うが、文字通りあまりにも研ぎ澄まされたこの「部屋」に立ち入るのは、正直勇気がいる。通い詰めている中年男性たちも彼女の人柄と言うより料理の評価ばかりであり、本来こういう場所に見られるような人情を感じている風はなかった。


 ついでに言えばこの店の名前は、「食堂」である。

 と言うか看板もこすれ切っており「食堂」以外の文字が見えず、彼女の自分の死と共に朽ち果てる運命であると言う意思を余計に強く示していた。


「どうなるんですかねここ」

「そりゃ相続人がいれば受け継ぐ事になるんだろうけどさ、このままって事はないんじゃないかな」

「ですよね、常連さんがいなくなったら終わりって感じでしたし」

「どうするのかね、売却するにしても悪い土地じゃないし、少なくともこのままって事はないだろうな」


 主を失った城がどうなるかは、主の信望による。

 もし主が慕われていれば主を守らんとする力が強く働き、そうでなくば新たなる主に染められる。

 今回の場合後者だろう。そしておそらく、この場に同じ味の食堂は戻って来ない。その味が、と言うかこの空間に耐えられる人間が他に誰も思い付かないと言うのが現実だった。


「でも児童養護施設どうなるんですかね」

「それが驚いたよ、あのイッキー先生が新たな職員を手配してくれるって」

「へえ、そう言えばミルフィーユ娘も五百万円を各地の孤児院に配ってるってお話でしたよね」

 樋口一葉(五千円札)×千枚、つまり五百万円を取って任務を遂行したミルフィーユ娘の金の行く先は児童養護施設と言うのが定番である。中には老人ホームなどの事もあるがいずれにせよ弱者救済のためであり、中には依頼者に間接的に全額返ってくるケースもある。五千円札が樋口一葉から津田梅子に変わった際にミルフィーユ娘と言うピッタリなネーミングが使えなくなるのではとか言う話を同僚に聞かされた時には思わずその若い男性も笑っていた。

 それなのにあんな平民暮らしをしているのは節約とか出不精とかではない、リアルに養護施設に寄付しすぎているのではないかと言う噂も広まったがどうもそれも疑わしい。出版社が搾取しているのではないかと言う話も出て来ており、話を払しょくするために今度の実写映画版におけるイッキー先生のギャラをかなり引き上げたとか言う話も出て来ている。

 ミルフィーユ娘と言う作品の一番の痛点は作品そのものではなく、ミルフィーユ娘を巡る金がどこへ行ったのかと言う話だと評する人間もいる。痛くもない腹を探られる話から逃げるように皆が金を出し合い、ミルフィーユ娘の生みの親を守ろうとしている。




「しかし…今日日こんな古めかしい物があるだなんて…」

「俺なんか四日でやめて三日坊主じゃねえぞって空威張りしてたな」


 何もない空間の主の、何もない私室。

 ここにもやはりテレビすらなく、あるのは帳簿と仕入れ先をまとめたリストと言う飲食店に特化したそれだけであり、まるで生活感がない。一体何を願っているのかすら分からない、不気味な空間。そしてタンスの中に野放図に置かれたキャッシュカード。


 そんな中に横たわる、鉛筆と日記。

 厚くはないが何冊か積み重なった、古めかしいと言うか味気ないと言うべきデザインのノート。日記と書いてあるから日記なのだろうが、それにしてもその気もないのに自己主張の激しい存在。


「見ます?」

「藪をつついて蛇を出すとか言うがな…」

 本来望ましい行為でないは分かっているが、それでも突っ込まずにはいられない。

 二人は、彼女の人生に土足で突っ込むことを決めた。

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