50.勇者一族に呪われた者たち1
「……殺された奴がいる」
「……何でその人、殺されちゃったの?」
全員がその事実にのまれる中、ポツリと尋ねたのはリオだ。
ユウタロウ、ロクヤ、チサトの三人は、グッと唇を噛みしめながら俯いており、その殺された人物を想起しているのは明らかであった。
「……そいつも当主と同じだったんだよ。隔世遺伝で、亜人として生まれてきちまった」
「っ、なるほど。その亜人の存在から、自身が亜人であることや、初代勇者の中に亜人がいた事実が漏洩するのを恐れ、早い段階で手を下したということでしょうか?」
ティンベルが推察を語ると、ユウタロウは再び重い口を開く。
「……隔世遺伝だし、そいつの場合はそこまで濃く受け継いでいなかったからか、産まれた当初は亜人ってことが分からねぇぐらい、亜人の特徴はほんの少ししか出ていなかったんだ。母親がその事実を隠せる程度にはな。だけど成長するにつれて、耳や尻尾が伸びてきちまって、隠し切れなくなって……アイツが九才の頃、ついには当主にバレちまった。……俺らと同じ世代でな、結構仲良くしてた奴だったんだ」
「そう、なのですか」
ユウタロウの話を聞くだけでは、全てを窺い知ることなどできなかったが、彼らにとってその亜人がどれだけ大事な存在であったかは、犇々と伝わってきた。
その人物を思い起こしながら〝アイツ〟と呼ぶ声音も。過去を語るその表情も。どれもアデルたちの知らないユウタロウで。あのユウタロウに、こんなにも切ない表情をさせるその人物は、一体どんな人だったのか。
そんな疑問を抱えながら、ティンベルは呟いた。
「そいつが初代勇者の記録のことやらなんやら教えてくれたんだ。どうやら、記録を保管していた部屋、亜人にしか開けられない仕組みになってたらしくて、コッソリ侵入して読み漁ってたんだと。……まぁ、まだその時は、まさか当主が亜人だとはアイツも俺らも思ってもみなかったがな」
アデルたちの抱いていた疑問の一つが、ここに来て解消された。
かつてユウタロウたちの友人であったその亜人が、本来当主以外閲覧を禁じられている記録を読んだからこそ、彼らは初代勇者の真実を知ることが出来たのだ。
「……なるほど。恐らくその当主の方は、わざとそんな穴だらけの仕掛けにしたのですね」
「どういうことであるか?」
当主が亜人である以上、勇者一族の中に他の亜人がいる可能性は否定できない。赤子でも分かることだ。その為、初代勇者の記録を誰にも見せない為にそんな仕掛けを作ったのであれば、それは愚策としか言いようがない。事実、件の亜人の子供には侵入を許してしまったのだから。
だからこそ、ティンベルの言う〝わざと〟という部分に引っかかりを覚え、アデルは尋ねた。
「恐らく当主は、記録を保管している部屋に第三者が侵入すると、すぐにそれを感知できる仕組みを施していたのではないでしょうか?例え侵入されたとしても、侵入したのは亜人と分かりきっていますから。後はその侵入者を特定して、処分するだけで事が済みます。……つまり、あぶり出し用というわけです」
喉がカラカラに粘りつくような、気まずい沈黙が彼らの肯定を意味していた。件の亜人は、まんまとそのあぶり出しに引っかかってしまったという訳である。
「それにしても物凄い行動力であるな、幼い子供だったというのに…………どういった人物だったのだ?」
暗澹たる空気を振り払うように、アデルは好奇心を込めて尋ねた。
件の亜人が記録を読むことが出来たとしても、本来それは一族内で禁じられている行為。そのパンドラの箱を開けるという勇気と行動力は、とても九歳の子供のものとは思えない。
アデルの感嘆を感じ取ったユウタロウは静かに微笑むと、その人物について語り始めた。
「……セッコウっていう奴でな。気のつえー性格してた。自分が亜人だってこと、俺らには話してくれててな。……それで〝俺は亜人っていう種族で、生まれながらにして最強の遺伝子を持ってるんだ。スゲーだろ〟って、自分の立場を悲観しない、強い奴だった」
その人物――セッコウを語るユウタロウは、思い出の詰まったアルバムをじっくりと眺めているような表情を浮かべていた。
楽しくて、微笑ましくて……だからこそ、その日々を壊された出来事が凄惨で。
様々な感情が入り混じり、俯きがちに語ったユウタロウに、アデルたちが目を奪われる中、エルは話の中に引っかかる点を見つけ、顔を顰めていた。
「……セッコウ?」
「師匠?どうかしたのであるか?」
「いや、何かその名前、聞き覚えが……」
エルはセッコウという名前に聞き覚えがあったのだが、どこでその名前を耳にしたのか思い出せず、眉間に皺を寄せた。
喉まで出ているというのに、あと一歩の所で記憶の扉が開かず、エルが苦悶していたその時――。
その答えは、思いもよらない方向から姿を現した。
「――それは恐らく、悪魔教団始受会、第四支部主教のことですね」
その声は、この家の入口から聞こえ、全員の視線が声の主の元へと降り注がれた。
百八十センチ弱の身長の彼は、紺色のスーツをパキッと着こなしており、スッと佇むその姿は精悍である。二十代半ばに見える彼は身体年齢的に、恐らくこの中での最年長だろう。
短く切り揃えた白髪には所々グレーが混じっており、その部分だけピンとはねている。柔和な印象を覚える垂れ目の奥に光るのは、濃い緑の瞳で、その引力に呑み込まれてしまいそうな存在感があった。左目の下には黒子が一つあり、独特の色香を放っている。
一体彼は何者なのか。先の発言は一体、どういう意味なのか――。
そんな疑問がユウタロウの頭を占領するが、先に発言したのはアデルだった。
「ギルドニス……きたであるか」
アデルは席を立ち、彼――ギルドニスの目の前まで歩を進めた。するとギルドニスはアデルの前で跪き、悠然と微笑んで見せる。
「はい。敬愛なるアデル様が私を必要と申されるのであれば、このギルドニス・礼音=シュカ……例え世界の果てで四肢をもがれていようとも、馳せ参じる次第でございます」
「……その場合は、我が赴いて治した方がいいと思うのだ」
「あぁっ……!アデル様自ら、その偉大なるお力で癒してくれるのであれば、このギルドニス……恐悦至極のあまり昇天してしまいそうですっ……」
「本末転倒ではないか」
手を組み、目を潤め、盲目とも呼べる熱い視線でアデルを見上げるギルドニスに対し、その重すぎる親愛を向けられる彼は、酷く冷めた眼で相手を見下ろしている。
そんな二人の様子を、傍から死んだ魚の様な目で見ていたユウタロウは、思いきり引き攣らせた顔をエルに向けた。
「何だあの寸劇」
「いつものことさ。彼のアデル信仰は。ホントキモいよね」
「お前はドストレートすぎるがな」
無表情で即死レベルの毒を吐くエルに、ユウタロウは最早尊敬の念すら抱いていていた。その傍ら、リオは「やっほー、ギル坊」と声をかけており、ギルドニスがレディバグの仲間であることは明白であった。
ギルドニスは立ち上がり、衣服の皺を伸ばすように膝を払うと、ユウタロウに視線を向ける。
「いやはや、失礼いたしました。……おやおや、そこに御座すのは現代の勇者様ではありませんか」
「俺のこと知ってんだな」
「もちろんですとも。私は以前、あなた方のことをよく調査する立場にありましたから」
「……始受会の人間だったのか?」
先の発言を加味して推測したユウタロウは、眉を顰めて尋ねた。
「えぇ。私は悪魔教団始受会、元第一支部主教であり、現在はアデル様に仕えるレディバグ構成員の序列五位、ギルドニス・礼音=シュカと申します」
「もうこの組織何でもありだな」
悪魔の愛し子、悪魔、亜人、転生者、能力者、分身体……加えて元悪魔教団の人間までもがレディバグの一員であることを知ると、ユウタロウは投げやりな態度で物申した。そして、こんな濃い面々を集めたであろうアデルに、ユウタロウは苦い相好を向けている。
「……で?さっきのはどういう意味だ?セッコウのこと、悪魔教団の主教みてーな物言いしてたが。……セッコウは何年も前に死んでる。てめーらなんぞに関わってる訳ねーだろうが」
ユウタロウは獅子のような鋭い眼光でギルドニスを睨み据えると、怒気を孕んだ声で問い詰めた。ユウタロウは始受会に対して敵愾心を抱いている訳でも、興味を抱いている訳でもない。それでも、セッコウという人間と関わったことの無い人間が、知ったような口で彼を語るのを、黙って享受することが出来なかったのだ。
殺気とも呼べる圧を一身に受けているというのに、ケロッとしているギルドニスは、迷惑とでも言わんばかりの困惑顔で首を傾げた。
「そのようなことを言われましても……私はただ、エル嬢が聞き覚えのあると言っていた、セッコウという名前について持論を申し上げたまでです。何もあなた方の知り合いと、私たちが思い浮かべている人物が同一人物であると申し上げているわけでは無いのですから。
まぁでも、同じ名前の別人であることは確かなのでは?セッコウはセッコウでも、私の知っているのは、セッコウという姓を持っている方ですので」
「……変わった姓だな」
思わず、ユウタロウはポロっとそんな感想を零した。
アンレズナに存在する十の国にはそれぞれ、その国特有の姓、名前の特徴があるのだが、少なくともユウタロウの知る限りでは、セッコウという姓はどの国の特長にも属していなかったのだ。
「えぇ。私も当時同じことを思っておりました。姓も名前もどちらも名前のようで…………ササノ・セッコウという青年なのですが……」
ガタッ――。
ユウタロウ、チサト、ロクヤの三人が突如立ち上がり、勢い余って三人分の椅子が後方へと倒れる音が鮮烈に鳴り、アデルたちはドクンっと鼓動を打ち鳴らしてしまう。
ササノ・セッコウ――。その名前を耳にした刹那、衝撃のあまり一切の表情を無くした三人は、当に茫然自失としており、血の気がどんどん引いているようでもあった。
「ササノ……?」
ユウタロウは、震えの止まらない唇から何とかその声を紡いだ。その問いかけからは「何故その名前をお前が知っているのだ」という心の声が滲んでおり、ユウタロウがその名前を知っているのは明らかであった。
「あ、あのっ!ササノくんを、知ってるんですか?……ササノくんっ、生きてるんですか?」
「生きているさ」
期待と、衝撃と、不安と、疑問――。様々な感情が入り混じり、経験したことの無いほど速い拍動に背中を押されたロクヤは、食い気味に尋ねた。そんな彼の問いに答えたのはギルドニスではなく、エルだった。
「僕、つい先日、そのササノ・セッコウって子に会ったからね……。ちゃんと名乗ってもらったから覚えているよ。確かに悪魔教団の人間だった」
〝ササノは生きている〟と明言された瞬間、緊張の糸が切れたように、ロクヤは膝から崩れ落ちてしまった。呆けた面を俯かせているが、その表情には微かな安堵が滲んでおり、急激にホッとし、落ち着いている段階なのだろう。
安堵しているのはユウタロウ、チサトの二人も同じで、そんな彼らの反応をじっくりと観察すると、エルは奇妙とでも言いたげに首を傾げる。
「……一体どういうことなんだい?ササノっていうのは、一体何者なんだい」
「…………ササノは……セッコウの…………双子の弟だ」
「「っ!?」」
刹那、波紋のように衝撃が広がっていき、その場から音という音が消え去る。聞こえるのは、ドクンドクンと五月蠅く脈打つ鼓動の音と、浅い呼吸音のみ。
ササノとセッコウの二人を知る彼らと。その兄弟を知らないアデルたちの間には、違う種類の困惑が生まれており、互いに何と切り出せばいいのかと懊悩している。
「……ササノが、自分のことを……ササノ・セッコウって名乗ってたのか?」
「えぇ」
「……ササノが、悪魔教団に……」
ギルドニスからの返事を聞いても、ユウタロウはボソッと呟くことしか出来ない。自身の頭を占領する困惑に口を乗っ取られ、心から当惑するままに呟いてしまったようであった。
セッコウの双子の弟ということは、ササノも元々は勇者一族の人間ということになる。そんな人間が――悪魔教団とは本来敵対関係の立場にあるはずの人間が、悪魔教団の一員となり、更には主教にまで上り詰めているなど、誰が想像できるだろう。
ユウタロウたちの、そしてアデルたちの困惑は尤もであり、しばらくの間、その沈黙が解かれることは無かった。
次は明後日投稿予定です。
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