49.見てはいけないもの
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嫌な予感を察知したユウタロウは、恐る恐る口を開いて尋ねる。
「まさかとは思うが、お前ら……今の今まで気づかなかったのか?」
「いや、その……コノハがこの体格であることを、特に問題と思っていなかったのでな……あまり理由を考えようとしなかったというか……悪魔とはそういうものなのだろうと思い……」
「そこで思考が停止したんだな」
図星を突かれたアデルが、しどろもどろに説明すると、ユウタロウは呆れたように結論付けた。それに対し、アデルたちはぐうの音も出なかったのか、泳ぎまくる目を逸らしている。
ユウタロウの瞳に映るレディバグは、当初彼が想像していたものとは大分かけ離れていた。謎に包まれた、影のある組織などではなく、後ろに温かい灯りがともっているような。悪く言うのであれば、能天気なレディバグを前にため息を漏らしたユウタロウは、再びコノハへと視線を移す。
「んで?コノハだっけ?」
「うん。俺、コノハだよ」
「お前は序列何位なんだ?」
「六位」
「まぁまだ四歳児だしな。そんなもんか」
悪魔と言えどまだ発展途上のコノハなので、ユウタロウは納得と僅かな落胆入り混じる声を漏らした。
だがコノハは、このレディバグにおいて、唯一長であるアデルと全く同じ力を持つ存在。逆に言えばコノハは、序列一位のリオを超え、長であるアデルと同等、もしくはそれ以上の実力を今後発揮する可能性のある存在なのだ。
因みに、ユウタロウがレディバグ構成員の序列をやたらと気にしているのは、今後レディバグの面々と共闘するような場面が訪れた際、各々の実力をある程度把握していた方が戦いやすいからである。
「あの。そろそろ本題に入りたいのですが……」
コノハの件に気を取られ、本来の目的を忘れかけている雰囲気に耐え切れなくなったのか、ティンベルはおずおずと手を挙げて言った。
すると、ティンベルの心情を察したメイリーンは気を利かせ、ゆったりと微笑んで見せる。
「お話し合いをなされるのでしたら、どうぞ皆さんおかけになってください。私、紅茶を淹れてまいりますね」
「あっ、俺も手伝います」
「ありがとうございます……では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「もちろんっ」
手伝いを名乗り出たロクヤとメイリーンは、全員分の紅茶を淹れる為、台所へ向かった。
紅茶の香しい香りが居間に広がる中、アデルたちは大きめのダイニングテーブルに腰掛けた。しばらくすると、各々の目の前に湯気の立つティーカップが並べられ、話し合いの準備は整った。
紅茶を配り終えたメイリーンとロクヤが席に着いたのを確認すると、ティンベルは紅茶に口をつけることなく言った。
「……まず、ロクヤ様の件を何とかしなくてはなりません」
開口一番にティンベルが核心を突いた刹那、その場にいたほぼ全員が息を呑んだ。
「ロクヤ様が生きているという事実が、勇者一族の重鎮たちにバレてしまった以上、ロクヤ様をあの家に置いたままにするのはリスクを孕んでいます。何かしらの対策を取らなければなりません」
「あの、少し良いだろうか?」
神妙な空気が張り詰める中、挙手して尋ねたのはアデルだ。
「初歩的な質問で申し訳ないのだが、ロクヤ殿は勇者一族の重鎮たちに命を狙われているのであるか?」
ルルとして過ごしていた頃目にした、ユウタロウたちのロクヤに対する対応。そして、先のティンベルの発言から、アデルはそう推測した。
「あぁ。だから以前、ロクヤが死んだように偽装したことがあるんだがな。今は、ロクヤが本当は生きてるってことがアイツらにバレちまったっていう段階だな」
「素朴な疑問なのだが、何故命を狙われているのだ?……ティンベルは何か知っているのか?」
「いえ。私は何となく察している程度です。詳しいことは知りません」
ティンベルはサラリと否定した。ティンベルはユウタロウたちと交流を持つ以前に彼らのことを調べており、ロクヤが死んでいるという表向きの情報も当然知っていた。だが、その死に不審な点を見つけたティンベルは、ユウタロウと会う以前からロクヤの死が偽装されたものだと理解し、それが命を狙われているロクヤを守るための手段だということも分かっていたのだ。
「……ま、よくある話だ。……見ちゃいけねぇもんを見ちまったってやつだな。ロクヤは、そのせいで命を狙われている」
「見ては、いけないもの?」
ユウタロウが目を伏せて語ると、同時にロクヤも俯き、憂いを帯びた表情を浮かべた。何となく身体が粟立つような感覚に襲われたアデルは、恐る恐るその言葉を復唱した。
「……ま、お前らには話してもいいかもな」
レディバグの面々を一瞥したユウタロウは、僅かに緊張感の解けた声で言った。
本来であれば、ロクヤが知ってしまった秘密を第三者に教え、巻き込むことは憚れるのだが、アデルたちであれば、例え一族の重鎮に命を狙われたところで、虫を退治するように易々と対処するだろうと考え、ユウタロウは告白することに決めたのだ。
「初代勇者って、いんだろ?」
「あぁ」
「五千年前悪魔を討伐した勇者は一人じゃねぇ。何人かの戦士たちが力を合わせて悪魔を討伐した。その複数人いる勇者たちの血を受け継いだのが俺らだ。だから俺ら勇者一族は例え祖先を辿っても、全員が全員血の繋がりを持っている訳じゃねぇんだ。これは知ってるな?」
「あぁ」
「俺らが血を引いている初代勇者はそれぞれ違う。だけど俺らは勇者一族っていう、デカい括りで集められた家族でもある。だから俺らには姓が無いんだ」
「なるほど」
数名の初代勇者それぞれの血を受け継ぐユウタロウたちは、勇者一族と名乗ってはいるが、全員に血の繋がりがあるわけでは無いので、厳密に言うと親戚ではない。それでも、勇者の血を引く者たちの結束を深める為、かつての勇者一族の者たちは一族内で姓というものを無くし、家族という一つの証を作ったのだ。
ユウタロウの話に、アデルは相槌を打ちながら耳を傾けた。
「で、重要なのは、初代勇者が複数人いるっていうとこだ」
ユウタロウが何故その点を重要視しているのか分からず、アデルたちはキョトンと首を傾げた。
「実は、その初代勇者の中に……亜人が一人いたらしい」
「っ!……なるほど。そういうことでしたか」
ユウタロウからその事実を聞いたティンベルはハッと目を見開くと、深い納得を滲ませた声で呟いた。全てを理解したと言わんばかりのその表情を前に、ユウタロウは思わず破顔してしまう。
「流石生徒会長様だな。もうこっからの流れが読めたか」
「えぇ」
「??……どういうことなのだ?初代勇者の中に亜人がいたことに、何の問題があるのだ?」
一方、未だに何も理解できていないアデルは、顔中に疑問符を浮かべて尋ねた。
因みにルークやエルはアデルと違い、何が問題であるかは理解できているが、ティンベルのように全てを把握できている訳ではない。
「勇者一族は、五千年前に討伐した悪魔を異様なまでに嫌悪している奴が多い。それは、悪魔と同じ力を持つ悪魔の愛し子や、似た力を持っている亜人に対しても同様にな」
亜人は悪魔の愛し子のように、悪魔の力その物を所持しているわけでは無いが、ジルを生み出す力を持っている為、忌避されることの多い種族でもある。
「まぁこの世界には、亜人差別を嫌う人種も一定数いるから、一族はわざわざ亜人の国に足を運んで亜人を滅亡しようとなんて思っちゃいねぇが、基本的には関わらないようにしている。多分、一目見たら殺したくなるんだろうよ」
「……」
瞬間、ユウタロウに怪訝そうな視線が集まる。そしてリオは、何故か亜人であるナギカを後ろに庇うように両腕を広げており、思わずユウタロウは「いや、俺らはちげぇからな?」と、失敬なとでも言わんばかりの表情を浮かべた。
「とにかく、亜人側もそれを分かってるから、勇者一族と亜人の国は互いに不干渉を貫いているんだ」
「つまり重鎮たちは、初代勇者の中に亜人がいた事実を隠していて、それをロクヤ殿が知ってしまったということであるか?」
「いや。実はもっと厄介な問題でな。事はそう単純じゃねぇんだわ」
ほぼ全員が首を傾げる中、唯一理解していたティンベルは、説明のため口を開く。
「初代勇者の中に亜人の方がいたということは、その血を受け継ぐ方が少なからずいるということ。問題はここなのでしょう?」
「あぁ。とは言っても、亜人は一人だけだったらしいし、それ以降勇者一族の人間が亜人と交わったことは無かったから、どんどん亜人の血は薄くなっていったんだ。そうして時が経つにつれて、初代勇者の中に亜人がいた事実を知る者も少なくなってきたらしくてな、それを知るには一族の本家に保管されている、初代勇者たちの記録を見ねぇといけねぇんだ。んで、その記録を見ることが出来るのは、管理を一任している当主だけだ」
「当主……。つまり、本来であれば、その事実を知る者は当主だけなのか?」
「あぁ。他の重鎮たちも、初代勇者に亜人がいたことは知らねぇはずだ」
では何故、ユウタロウたちはそれを知っているのか。という疑問がアデルたちの頭を占領する。
初代勇者の記録を当主しか見ることが出来ないのなら、ユウタロウたちはどのようにしてその情報を手に入れたのか。ロクヤの見てしまった〝見てはいけないもの〟がその記録だったとしても、結局、ロクヤがそこに辿り着くまでの経緯が不明なのだ。
「んで、ロクヤが見ちまった、見ちゃいけねぇもんっつーのはな……その当主の本来の姿だ」
「本来の……まさかっ」
アデルたちの疑問を後回しに、ユウタロウは話を続けた。そしてアデルたちは漸く、ロクヤが命を狙われているこの問題の根幹――大きな元凶を察し、衝撃で声を震わせた。
「あぁ。お察しの通り……勇者一族の現当主は、正真正銘の亜人だ」
「「っ!」」
その告白に、一同は息を呑んだ。誰もが言葉を失い、沈黙が流れる中、それを断ち切るようにユウタロウは話を続ける。
「まぁ所謂、隔世遺伝って奴だろうな。当主は初代勇者の血を濃く受け継いでしまって、亜人として生まれてきた。普段はうまく隠しているみたいなんだが、昔ロクヤが偶々、当主の耳と尻尾を見ちまってな」
「それで、ロクヤ殿は命を狙われているのであるか?……だが、本当にそんな理由で?」
ユウタロウが嘘をつくとは到底思っていないが、それでもアデルはにわかには信じられなかった。
――勇者一族に亜人が生まれたからと言って、それが何なのだ?
――初代勇者の中に亜人がいたから、なんだと言うんだ?
アデルの認識では、未だに何が問題なのかすら、よく理解できていない段階なのだ。
「俺も最初はそう思ったさ。そんな理由で勇者一族がただの人間に手を出すのかって。だがな、頭のかてぇ重鎮共――特に当主は、勇者一族っていう肩書きに縛られてる。いや、最早呪いと言ってもいい。アイツらの中の勇者っていうのは、純粋な人間たちだけが、研鑽された技と力のみで悪魔を屠った誇り高い存在だ。そんな勇者に亜人の血、つまり悪魔と似た力を持った者がいたなんて、当主にとっちゃ信じ難い汚点なんだろうよ。
だが、勇者の記録と自分自身の存在がそれをがっつり証明しちまってるもんだから、当主は必死にその真実を隠してるんだよ。他の重鎮共も知らねぇし」
「では他の重鎮らは、何故ロクヤ殿を殺そうとしているのだ?」
「さぁ?当主の意向に疑問も持たず従ってんだろ。それか、当主が適当な作り話をでっちあげてるか」
アデルの尤もな疑問に対し、ユウタロウは興味の無さそうな口調でサラリと返した。この問題に関して頭を捻ったところで、状況は何も変わらないことを、ユウタロウは嫌という程理解しているのだろう。
「……亜人の血が混じっていたという事実を知られただけで命を狙われてしまうとは……我の感覚では理解できぬな。……ロクヤ殿は、そのことを世間に知らしめるつもりなど無いのであろう?」
アデルに尋ねられたロクヤは、どこか困ったような苦い笑みを浮かべると、静かに首肯した。ロクヤが曖昧な態度を示したのは、アデルの問いが全くの的外れなものだったからだ。
例えロクヤにそのつもりがなくとも、秘密を知られた当主にとって、そんなことは何の交渉材料にもならない。論点は最早、そんな生温い浅瀬には存在しておらず、ユウタロウはそれを指摘する。
「理解できなくても、事実そうなんだから仕方ねぇだろ。実際、この件のせいで被害を被った奴が他にもいるしな」
「「っ!?」」
突如舞い込んできた新情報に、ティンベルでさえも衝撃で目を見開いた。
ロクヤ以外にも、見てはいけないもの――秘密を知ってしまった人物がいたのか。一体それは、誰なのか。被害とは、どの程度の被害だったのか。
様々な疑問が彼女の頭の中に渦巻くが、ティンベルは怖いもの見たさで尋ねた。
「そうなのですか?それは、その……どういった被害を」
「……殺された奴がいる」
「「っ……」」
顔を青くし、ひゅっと息を呑む彼らは、同時に理解した。
彼らが――ユウタロウたちが、ここまで神経質になってロクヤを守ろうとする理由。当初、アデルたちはこう思っていた。見てはいけない物を見てしまったロクヤは、当主を筆頭とした重鎮たちに殺されかけたのだろうと。
もちろんそれも理由の一つではあるが、それだけでは無かった。彼らは、実感という形で思い知らされていたのだ。
一歩間違えてしまえば、少しでも気を緩めてしまえば――。
大事な仲間がいとも簡単に殺されてしまうという、身の毛もよだつ程の実感を。
次は明後日投稿予定です。
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