48.現代の悪魔2
悪魔。それは、この世に存在するほとんどジルを生成し、死んでもまた生まれ変わる、唯一無二の生命体。
五千年前に存在していた悪魔が、自らの生み出すジルを操り、世界を終焉へと導こうとしたことをきっかけに、悪魔は嫌厭と恐怖の象徴となった。
悪魔は大量のジルを生み出すことが出来る為、その実力も計り知れないものがあり、ユウタロウたちが警戒するのも当然の反応ではあった。
「何で悪魔がいんだよ」
「悪魔?……あぁ。もしかすると、コノハが到着したのかもしれぬな」
「うっそ!コノハちん来てるのっ?やったぁー!」
「「……」」
どこか齟齬が生じているような、歯車がズレているような、そんな違和感を彼らは覚えた。
彼らにとって悪魔はとてもデリケートな問題で、とてもでは無いがリオの様に欣喜雀躍するような話題ではない。だが彼らは何でもない様な声で、何てことない日常会話を交わすように話しており、ユウタロウたちは困惑の表情を見合わせた。
そして、微かな嫌な予感を覚えたユウタロウは首を傾けると、恐る恐る口を開く。
「まさかとは思うが、その悪魔――コノハって奴まで仲間なのか?」
「そうであるが……。それにしてもユウタロウ殿たちは凄いのだなっ。気配だけで悪魔の存在を察知するなど」
ユウタロウの問いをサラリと肯定したアデルはまるで、そんなことなどどうでもいいとでも言わんばかりに話題を変えてしまう。
平和ボケしたような表情のアデルを鋭く見据えると、ユウタロウは尋ねる。
「……大丈夫なのか?そいつ」
「?どういう意味であるか?コノハは良い子なのだ」
「いや、そういう意味じゃねぇよ。現代の悪魔は今五歳……あ、いや、先代悪魔が死んだのは秋冬だったから、まだ四歳か。……そんなガキが凶悪な存在だなんて思ってねぇから。
そうじゃなくて、お前そこのガキを悪魔に殺されて、どうしてもそれが許せなくて復讐したんだろう?悪魔と一緒にいて大丈夫なのかって聞いてんだよ」
ユウタロウはエルをビシッと指差すと、再度アデルに尋ねた。先日アデルから、長い長い昔語りを聞かされていたユウタロウたちは、エルが先代悪魔ルルラルカに殺された事実を知っている。だからこそユウタロウは悪魔が何らかの問題を起こすことよりも、アデルの精神面を危惧しているのだ。
「……?コノハはルルラルカでは無いのだ」
「……てめぇが大丈夫ならいいけどよ。……ってか、そこのガキの説明する時にでも、悪魔の話すりゃあよかったじゃねぇか」
「?師匠の説明にコノハが悪魔であることを伝える必要がどこに?」
「……」
アデルの意見は道理にかなっているのだが、ユウタロウたちはどうしても思ってしまう。
――あんなにも長い時間を費やして語ったのだから、悪魔を仲間にしたことを伝える隙間は無かったのだろうか。
――もっと他に削るべきエピソードがあったのではないだろうか、と。
どこか遠い目で見つめられてしまったアデルは、キョトンと首を傾げるのみであった。
********
気を取り直すと、アデルは再び家の扉へと手を伸ばす。ガチャっと心地の良い音が鳴り、扉は外側に開かれる。
瞬間、彼らは視線の先――その家の中に、一人の女性の姿を見つけた。
一五五センチの背に、華奢な身体。星が瞬くように艶やかな銀髪は、腰より下まで伸びるほど長い。透き通るような青い瞳は零れる程大きく、白い肌に良く映えている。蠱惑的なまでの美しい容姿の女性は、室内のソファに腰掛けており、カップ&ソーサーを持つ姿でさえも見惚れてしまう程。
彼女はアデルたちの存在に気づくと、ぱぁっと顔を綻ばせた。その姿はまるで、一輪の花が蕾を開いたようである。
彼女は手に持っていたソーサーを静かにテーブルに戻すと、美しい所作で徐に立ち上がった。
「あれー?メイメイがいるっ!なんでぇ?久しぶりぃぃぃぃ!会いたかったわぁ!」
「リオ様っ」
最初に反応したのはリオで、彼は即座に駆け出すと、躊躇いなく彼女の懐へと飛び込んだ。力強く抱きつかれたことで彼女――メイリーン・ランゼルフは困惑の声を上げるが、その表情は僅かな恥じらいと歓喜に満ちていた。
一方、その様子を死んだ魚の様な目で眺めていたユウタロウは、一瞥もくれずにナギカに問いかける。
「アイツ、誰にでもああなのか」
「大抵は」
それに対してナギカも、リオたちをガン見したままサラリと肯定してみせた。
リオはメイリーンを抱擁から解放してやると、彼女の両肩に手を置き、ぴょんぴょんと跳ねながら尋ねる。
「なんでなんで?なんでいるの?」
「通り魔事件は取り敢えず落ち着くはずだと、ルーク様より連絡を受けましたので、つい先程こちらに参ったのです」
「コノハはどうしたのだ?」
「コノハ様でしたら、二階で休息をとっておりますよ」
レディバグの世界で話が完結してしまっているので、ユウタロウたち四人は完全に蚊帳の外状態である。それを察したメイリーンはユウタロウたちを一瞥すると、すぐにアデルを見上げた。
「アデル様……この方々は?」
「あぁ。勇者一族の勇者、ユウタロウ殿と、ロクヤ殿。人型精霊のチサト殿。それと、我の妹――ティンベルである」
「っ……!そうでしたか……。初めまして、皆様。私はレディバグ構成員、序列対象外、メイリーン・ランゼルフと申します。以後、お見知りおきを」
メイリーンは一瞬、アデルの妹の存在に目を見開くが、すぐに目元を緩めると自己紹介をした。メイリーンは洗練されたカーテシーの後に、再度頭を下げた。
ほぼ全員が美しいメイリーンの所作に目を奪われる中、ユウタロウただ一人が「コイツも対象外なのか」と、大分斜め上のことを考えていた。
「今日はどのような用向きなのですか?」
「仮面の組織のことや、勇者一族の問題について、色々と話し合いたくてな。メイリーンも聞くと良いのだ」
「コノハ様も起こしてきましょうか?」
「いや。コノハは疲れているだろう。休ませてやるのだ」
「いや、俺らとしてはソイツのことが気になって仕方ないんだが」
ユウタロウのツッコみに、ティンベルたちは激しく首を縦に振ることで同意を示した。このままでは現代の悪魔のことに一切言及しないまま、話し合いが終わってしまいそうな雰囲気がダダ漏れていたので、ユウタロウはそれを阻止しようとしたのだ。
「ユウタロウ殿がそういうのであれば……では、我が起こしに行ってくるのだ」
「コノハちん起きるかなぁ?だって帰ってきてそんなに経ってないんでしょ?」
「ははっ。コノハはリオとは違う故、大丈夫であろう」
アデルは破顔一笑すると、無自覚の毒を置き土産に階段へと向かって行った。
シーン……と、何が起こったのか整理する為の、奇妙な沈黙が流れる。その後、リオはゆっくりと瞬きすると、ナギカたちの方をギギギっと凝り固まった動きで振り向いた。
「え。何で俺今、サラッと貶されたの?」
「日頃の行いのせいでは?」
「いーや違う!俺は信じないわっ!きっとワンコお師匠様の毒舌がアデルんにも遺伝しちゃったのよっ!」
ナギカにズバッと、舌鋒鋭く正論をぶつけられたリオだが、余程先の事実を認めたくないのか、ぎゅっと目を瞑るとそっぽを向いてしまう。
リオは睡眠が好きで、一度眠ってしまうと、他人が起こそうとしてもなかなか目を覚まさない寝起きの悪さを持ち合わせている。そしてそれを自覚しているからこそ、意地になってしまったのだ。
「往生際が悪いよ、リオ。というか、あれを僕のせいにするのはやめてくれるかな?僕とアデルの間に血の繋がりは無いんだから」
エルがそんな苦情をしていると、階段の方から二人分の足音が降り注いでくる。思わず、全員分の視線が階段に集中した。
彼らが見上げる先に現れたのはアデルと、そんな彼の後ろから、覚束ない足取りで一段一段踏みしめて歩く、一人の青年。
眠たい目を擦りながら下りてきたその青年に、四人は一瞬にして目を奪われた。
アデルよりも高い背の高身長。肩につくかつかないかの、男にしては長い髪は頭のてっぺんから毛先まで真っ白で、まるで老人のよう。だが、勇者一族が尊ぶ傾向にある白を、勇者一族が最も蔑む悪魔がその身に宿しているなど、どんなお笑い種かとユウタロウは思ってしまう。
彼は肌も真っ白で、目を離した隙に消えてしまいそうな儚さを孕んでいた。そして、蕩けるような垂れ目は金色の瞳をしており、不思議な魅力を感じられる。
だが彼らは、コノハの容姿に目を奪われたわけでは無い。彼らは、虚を突かれたのだ。
何故なら、先代悪魔の死期から数えると、現代悪魔の年齢はユウタロウの言うように四、五才のはず。つまり現代悪魔――コノハは、まだまだ小さな少年であるはずなのだ。にも拘らず、コノハはアデルの背すら超す程の高身長の青年。
故に、ユウタロウたちが目を点にしてしまうのも無理はなかった。
「連れてきたのだ」
「………………え、これ?」
「これとは何なのだ。コノハに失礼なのだ」
思わずコノハを指差してこれ扱いしてしまったユウタロウに、アデルは不満げな眼差しを向けた。ぷくりと頬を膨らませるアデルの後ろから、コノハは微睡みながらユウタロウたちを覗き込む。
「……だれ?」
低く、それでいて透き通った声であった。だが、それはやはり変声期を迎えた大人の男の声。とてもでは無いが、齢四の子供の声とは思えない。
「コノハ。勇者のユウタロウ殿、チサト殿、ロクヤ殿。そして我の妹のティンベルなのだ」
「ととの、妹?」
(とと?)
コノハがアデルのことを〝とと〟と呼んだことに、ティンベルは思わず疑問符を浮かべ、怪訝そうな表情を浮かべてしまった。だが、恐らくリオのようなあだ名なのだろうと、ティンベルは頭の中で勝手に結論付けた。
そんなことを考えていたせいか、ティンベルは気づかなかった。アデルの妹であるティンベルに興味を持ったコノハが、ゆっくりと近づいていることに。
「えっと……」
一歩踏み出せばぶつかってしまいそうな程、コノハが急接近していることに漸く気付いたティンベルは、困惑の声を上げつつ彼を見上げた。ジッと、呆けているようにも見える表情で見下ろしてくるコノハの感情は、非情に読み取り辛い。
三秒ほど無言が続いたかと思うと、コノハはスッとティンベルに手を差し出した。刹那、ティンベルは当惑気味に首を傾げる。
「よろしくね。ととの妹……あ、ティンベル」
「あ……は、はい。ティンベル・クルシュルージュと申します。よろしくお願いいたします。コノハ様」
好意的なコノハの物言いを耳にしたティンベルは瞬時に、彼が握手を求めていることに気づき、急いで右手を差し出した。ティンベルが自己紹介兼挨拶を返すと、コノハ「うん」と微笑み混じりに頷く。
ぎゅっと、軽い握手を交わすと、コノハは次にユウタロウたちの方を向いた。
「えっと……ユウタロウ、チサト……ろ、ロ……」
ユウタロウ、チサト、ロクヤの順に指差しながら、名前を呼ぼうとしたコノハだが、先刻アデルに一度紹介されただけでは覚えきれなかったのか、ロクヤの名前をなかなか口にすることが出来ない。
「ロクヤ」
「ロクヤっ!……よろしく」
「お、おう」
見兼ねたアデルが耳打ちしてやると、途端にコノハはぱぁっと顔を綻ばせ、嬉々とした声で挨拶をした。その勢いに思わずたじろいでしまったユウタロウは、曖昧な返事の後、どこか遠い目をしてアデルに問いかける。
「なぁ……」
「ん?」
「これが四歳児か?」
「コノハは生まれた時からこの状態だったらしいぞ」
「……あぁ、そうか。悪魔は別に母親の腹ん中から産まれてくるわけじゃねぇもんな」
「「…………確かに」」
コノハの年齢と容姿が釣り合っていない理由を、ユウタロウは自分なりに推測し、一人で勝手に納得した。すると、そんな彼の呟きを聞いていたレディバグ一同が突如、虚を突かれた様に呆けた面を晒したかと思うと、彼らは異口同音にしみじみと零した。
悪魔はアンレズナに存在するジルの八割を生成する存在。それ故に、悪魔が死んでしまった場合は、新たな悪魔が一切のタイムラグなしに生まれてくる仕組みになっている。つまり、悪魔は普通の生物とは違い、親の肉体から生れ落ちてくるわけでは無いのだ。
そして、レディバグ一同の様子を目の当たりにしたユウタロウは、何となく嫌な予感を察するのだった。
次は明後日投稿予定です。
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