51.勇者一族に呪われた者たち2
窒息しそうな沈黙を破ったのは、その場を冷静に傍観していたルークであった。
「……双子の弟ということは、そのササノという人物も亜人なのですか?」
「……いや。亜人の血が流れていたのは、セッコウだけだ。……アイツら一卵性だったけど、似てるのは顔だけで、性格やらなんやらは全然似てなかったからな」
血の繋がった兄弟――ましてや双子ともなれば、弟であるササノにも亜人の血が流れている可能性を危惧するのは当然。その為、ルークの考えは的を射ていた。そんなルークの問いを否定したユウタロウは、それでもやはり困惑顔が抜けておらず、力ない声で呟くのみであった。
「そのササノという人物とも、交流があったか?」
「あぁ。……まぁアイツの場合、いっつもセッコウの後ろに隠れてるだけで、真面に話せた試しもねぇけど。
……セッコウが殺されたすぐ後、行方不明になっちまって……探そうと思ってたんだが、直後にロクヤが当主の姿を目撃しちまってな。俺らはロクヤを守るのに精一杯で、最早それどころじゃなかった」
アデルの問いに、ユウタロウは俯きがちに答えた。
セッコウが殺され、ササノが行方不明になり、矢先にロクヤが当主から命を狙われてしまい、当時の彼らの困惑は一入だっただろう。ロクヤを守りつつ、ロクヤが死んだように偽装し、彼を匿いつつ一族の動向を窺っている内に、いなくなってしまったササノを気にする余裕すら無くなっていたのだ。
「まぁ、当主が亜人だったってことが分かったおかげで、セッコウ殺しの犯人が当主だってことに気づけたんだけどな。……だからてっきり俺らは、その現場を目撃でもしちまったササノが、当主に殺されちまったんだと思ってたんだが……」
「なるほど……そういうことでしたか」
漸く合点がいったとでも言わんばかりに呟いたギルドニスに、全員の視線が集まった。何故このタイミングで、彼が納得の声を上げるのか分からず、ほんの僅かな違和感を覚えたのだ。
「ギルドニス……何がなるほどなのだ?」
「彼が悪魔教団始受会に入団した際、入団動機を尋ねたことがあるのですよ。その時彼はこう言いました。〝自分はアオノクニを、勇者一族を恨んでいるから、いつか一族を滅ぼしたい〟とね」
「「っ……」」
その強烈な言葉に、アデルたちは思わず言葉を失った。だが同時に、彼らは納得してしまった。先のギルドニスのように。
悪魔教団始受会とは対極に位置する勇者一族に生まれたササノが、始受会の一員となった理由――。
それは、幼かったササノに出来た、唯一の足掻きだったのだろう。
唯一無二の兄を殺され、居場所を失ったササノに残された手段は少ない。もし兄が殺された現場を目撃、ないし当主が犯人であることに気づいていたのなら、ササノも当主に命を狙われていたはずだからだ。
だからササノは勇者一族から逃げ、その最中、一族への復讐を決意した。勇者一族から最もかけ離れ、彼らが最も忌避する組織から。
「そうか……そう、だよな……」
「ユウちゃん……」
俯きがちに、一つ一つ咀嚼するように呟いたユウタロウは、一段と力が抜けているようで、チサトは心配そうに彼を見つめた。だが、そんな彼女の心配を他所に、ユウタロウは意外な反応を零した。
「……ふっ……俺も、ササノと同意見だな」
「えっ?」
「俺も、あんなクソみてぇな集団、無くなればいいと思っている」
「ちょっとユウちゃん、それは流石に……。ハヤテくんたちだって、一応は勇者一族なのに……」
「別にアイツらだって、一族の肩書や形に執着してるわけじゃねぇだろ?大事なのは、俺とアイツらが繋がっているっていう実感だけだ。俺とアイツらが、仲間だって互いに思えてるんなら、それ以外何もいらねぇんだよ。勇者の血も、家族っていう証も」
何一つ気負うこと無く、サラリと言ってのけたユウタロウの内には、計り知れないほどの精悍さが窺えられ、彼らは思わず目を奪われた。そして、そんなユウタロウの姿を目の当たりにしたロクヤは、ほんの少し泣きそうになってしまう。
その言葉には、ハヤテたちに対する深い信頼の念が込められていたから。例え、彼らに勇者一族の血など無かったとしても、目に見えた繋がりが無かったとしても、それでも構わないと――。そう言っているのと同じだったから。
「だから別に、一族が消滅したって俺らが困ることは何もねぇ。寧ろ、初代勇者に囚われて、自分たちがおかしいことにも気づけていない重鎮共は、一回ぶん殴らねぇと気が済まねぇからな」
相変わらず粗暴な物言いのユウタロウを前に、緊迫していた場に微かな笑い声が木霊した。
「まぁ、ササノのことは分かった。……生きててくれてホッとしたぜ。もしササノに何かあったら、セッコウにどやされるからな」
「ふふっ……セッコウくん、あのユウタロウくんと唯一真面に喧嘩できる子だったもんね」
ロクヤは過去の想い出を思い浮かべながら、コロコロと微笑んで見せた。
「ササノのことは、ササノの好きにさせてやりたい。……それよりも今は、ロクヤの件をどうするかの方が重要だ」
何事も無かったかのように、ロクヤの件に話を戻したユウタロウであったが、アデルたちは内心虚を突かれていた。
何故ならユウタロウの言葉は、ササノが勇者一族に――自らに刃を向けることも厭わないと言っているようなものだったから。もちろん、ユウタロウも勇者一族の重鎮らと敵対関係にはあるのだが、彼は紛れもなく勇者であり、勇者一族との繋がりを否定することなど出来ない。
そんな彼が、ササノの意思を尊重するというのは、アデルたちにとって無視できない決断だったのだ。
「……ロクヤ殿が命を狙われている理由はよく分かったのだ。……提案なのだが、しばらくの間、ロクヤ殿は我らレディバグの元で保護するというのはどうだろうか?」
「っ!……いいのか?」
「もちろんなのだ。どこか適当な場所に家を作り、そこで生活してもらえば、重鎮らもそう簡単にロクヤ殿を見つけることは出来まい。ここでもよいが、念には念を入れておいたほうが良いだろう。家には最上級の結界を張り、ロクヤ殿には必ず護衛をつける。これなら安心であろう?」
「何から何まで悪いな……でも、そうだな。お前のとこなら安心できる。場所が割れてる俺んちより遥かに安全だ」
アデルから提案を受けたユウタロウは、目に見えて安堵したような表情を浮かべた。ロクヤの生存が一族に露見したと判明して以来、ユウタロウはいつ彼の安全が害されてしまうかと危惧し、神経を尖らせていたので、彼の安堵は一入であろう。
肩の力を抜いたユウタロウはそのまま、ロクヤの方を振り向く。
「ロクヤはどうだ?」
「えっと……ご、ご迷惑じゃなければ、お願いしたいかな」
「迷惑な訳があるものか。遠慮する必要などない。困った時はお互い様なのだ」
「ありがとう、アデルくん。……あっ、でも……」
顔を綻ばせ、謝辞を述べたロクヤだったが、突如懸念を抱いたように、その相好を曇らせた。思わず彼らは、何か問題があるのだろうか?と不安を覚えるが、ロクヤが吐露したのは、随分と平和的な心配であった。
「俺……ユウタロウくんたちが心配だよ。だってユウタロウくんもチサトちゃんも、家事全然できないよね?」
「……お前はこの状況で何を呑気なことを心配してんだ」
ロクヤの命の危機に比べると、重要性がガクンっと落ちたので、ユウタロウは心底呆れた様な声で咎めた。だが、それで怯むようなロクヤではなく、彼はユウタロウをキッと強い瞳孔で捉える。
「大事なことだよ!だって俺がいないと、ご飯も真面に食べられないかもしれないんだよっ?……あ、そうだっ!俺、いっぱい作り置きしておくよ。そしたら栄養不足にもならないしっ。あ、ちゃんと冷凍するんだよ?ユウタロウくんなら機械に頼らなくてもすぐ冷凍できるでしょ?ちゃんとしてね?折角作っても腐っちゃうからね?分かった?」
「あーはいはい、分かった分かった。……ったくお前はほんっとうに……」
話の長い母親の声を強引に遮る息子の図が、そこには広がっていた。
鬱陶しそうに話を切り上げたユウタロウはため息をつくと、片手で腰を押さえ、もう片手で後頭部を掻きむしった。
そんな彼が言いかけた言葉を、リオが代弁する。
「あはっ、お母さんみたいね」
「ほら。リオにも言われてんぞ」
「い、いいもん!別に俺、みんなのお母さんでも……こんなに強い勇者を育てたんだって自慢できるし!」
「開き直りやがった」
両腕を組み、ふいっとそっぽを向いてみせたロクヤではあったが、そこに威厳や凄みは一切無い。微笑ましい光景を前に、先刻まで流れていた緊迫感は完全に払拭されるのだった。
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「取り敢えずロクヤの身の安全は確保できたが……ただ逃げ回ってるだけじゃ何も解決しねぇからな」
「何か、当主や重鎮たちの犯罪を証明できるものはないのか?」
「あったら今こんなことになってねぇよ」
アデルの問いに、ユウタロウは項垂れた様に答えた。当主を始めとした重鎮たちと決着をつけるには、当主の殺人を証明するか、彼らが仮面の組織と関わっていることを立証する他ない。だが、そんな証拠は未だ発見されていないので、当に八方塞がりなのだ。
彼らが難しい表情で唸る中、ティンベルはおずおずと口を開く。
「……セッコウ様の件を証明するのは難しいかもしれませんが、通り魔事件に重鎮らが関わっていることを証明さえ出来れば、勝機はあるかもしれません」
「確かに、ここ最近の事件だし、まだ証拠を消しきれてない可能性はあるな。……じじい共は、俺と始受会の奴らを鉢合わせて、俺が通り魔事件に関わっているように偽装していた。多分、俺がいなくなった後、あの家に侵入してロクヤの生死を確認しようとしたんだろうな。……あと、俺が一族の秘密を知っている可能性を考慮して、俺を排除するのも目的だったんだろうな」
ロクヤの死を偽装したところで、当主はそれを完全に信じて油断する程愚かな人間では無い。ロクヤの死を疑っていたからこそ、ユウタロウがロクヤから一族の秘密を聞かされている可能性も、当主は危惧していたのだろう。そうなれば、ユウタロウも当主の標的となるので、あの冤罪事件は様々な思惑が交錯した結果だったのだ。
「あの、ユウタロウ様。一つ確認したいことがあるのですが」
「何だ?」
「ユウタロウ様は重鎮の方々に命じられて通り魔事件を調べていたようですが、始受会の方々は何故あの時、あの場にいたのでしょうか?私の勝手な推測なのですが、犯人側からおびき出されたのでは?」
「流石だな……あぁ。あの場所の住所が書かれた手紙が届いたんだと。差出人のとこに、仮面の絵が描いてあったから、通り魔事件の犯人からだと思って、手掛かりを探す為に来たらしいぜ」
「その手紙、勇者一族からの物という可能性はありませんか?」
「っ?どういうことだ?」
ティンベルの推理力に感嘆したのも束の間、彼女から提言された可能性に、ユウタロウは首を傾げた。
「勇者一族の方々が仮面の組織と何らかの形で関わっている可能性は高いです。ですが、ユウタロウ様に冤罪を着せたところで、仮面の組織には大したメリットなど無いはず。そんなことのために、彼らが始受会に手紙を送りつけるとは考えにくいんです」
「つまり、じじい共が仮面の組織からの手紙だと思わせるよう、偽装工作をしたってことか?」
「その可能性も十分にあるかと。その手紙から、何か手掛かりが見つかれば良いのですが……」
始受会が問題の手紙を仮面の組織から送られたものだと判断した理由は、その仮面の絵だけで、逆に言ってしまうと、それ以外の確たる証拠は何もない。だからこそティンベルは、その手紙に唯一の活路を見出し、重鎮たちの犯罪を証明できる何かが残されているのではないかと期待しているのだ。
再び始受会の話題が浮かび上がったことで、何となく予感を覚えたユウタロウは、訝し気にギルドニスを見据えた。
「……もしかして、それでコイツ呼んだのか?」
「流石はユウタロウ殿。察しがいいのだ。
ティンベルに、始受会が受け取ったかもしれない手紙を調べたいと言われてな。それならば、元始受会のギルドニスに頼めばいいという判断になったのだ」
「なるほど。そういうことでしたか。……では私はこれから、始受会に赴き、その手紙とやらを入手すればよいのですね?」
どうやらギルドニスも事情は聞かされていなかったらしい。ギルドニスは納得の声を上げ、確認の問いを投げかけた。
重鎮たちが仮面の組織と関わっていることを証明するには、問題の手紙を入手しないことには何も始まらない。故に、かつて始受会の一員であったギルドニスが仲介人として選ばれ、問題の手紙の譲渡に関する交渉を任せることになったのだ。
「あぁ。頼めるか?」
「えぇ。このギルドニス、アデル様の命とあれば、謹んでお受けいたします」
ギルドニスは悠然と破顔すると、優雅に一礼し、アデルからの頼みを快く引き受けるのだった。
次は明後日投稿予定です。
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