12話 佐藤が悩む
いい加減髪を切ってもいいのではないか、とは思うが、切れない。タカユキが気に入っていたこの黒髪を、染めようかとも思ったけど、そんな勇気はなくて。タカユキが≪似合うよ≫と、言ってくれたこの長さのまま、ずっといる。髪が風になびくたびに、うっとうしいなあと思うのだけれど。でも切ってしまう勇気は、やっぱりない。私はタカユキに、縛られているのだ。
「この好きと、吉田さんへの好きは、イコールなんだろうか、遠田さん」
同じアパートの真下の部屋に住んでいる、≪遠田栞≫に助けを求めた。しおりの≪り≫をとって、≪りーさん≫と呼ばれているが。私は≪遠田≫という名字が気に入ってしまったので、≪遠田さん≫と呼んでいる。
「絶対イコールでしょ。……え、普通に付き合っちゃえばいいじゃん。両想いなんだし」
この見た目キャバ嬢女は……。考え方に芯は通っているし、人としては問題ないけど。たまに男慣れしているのが目に見えてわかってしまって、なんだか怖くなる。
「タカユキは別に、彼氏じゃなかったんだけどな」
今もずっと縛られているのだと知ったら、タカユキはどう思うのだろう。私のことを嫌いになるだろうか。
「その≪タカユキ≫ってやつはそいつだし、吉田さんは吉田さんじゃん」
遠田さんがまっとうなことしか言わない。その通りだ、タカユキはタカユキであって、吉田さんは吉田さんだ。
「……タカユキのことを、ちゃんとお話ししてから、だし。里咲のことも、聞かなきゃ、だよな」
そうだ、里咲。里咲は、どうして吉田さんと離れたりなんかしたんだろう。吉田さんは優しいから、まさか里咲から振るなんてことは、ないだろう。
「私……かな」
里咲に、私は嫌われたのだろうか。別に、里咲と特別な縁があったわけではないけど。一方的に嫌われてしまうのは、いい気分ではない。嫌われたとして、生活に全く支障はないけれど。
「里咲に限ってそんな頭悪いことしないよ」
遠田さんはガハハと笑って、ポテトチップスをむさぼった。せっかくの明るい茶髪が、プリンになっている。そろそろ染め直すことをお勧めしなくてはならないな。
「……ま、何事も、私がどうするか、だもんな」
聞こう。里咲とのことを。聞かなければならない。そして吉田さんには、タカユキのことを知る権利がある。
「明日タスクの後聞けばいいじゃん。吉田さん地域タスクだから火曜日じゃん」
なんと都合のいいことか。芸術学科屈指の面倒な科目≪タスク≫を、有効利用できるとは。
「……だな。それしかないか」
色恋の絡んだ事案に、こんなに積極的になることが、果たしてこの先、あるだろうか。吉田さんが、私の中でこんなに大きな存在になっているなんて。気づかなかったなあ。なんて。息を吐いた虚空が、私をさげすんでいるかのようだった。




