11話 佐藤が辛い
――――――――――――――――――風邪ひいた、とか、久しぶりすぎて、何もできなかった。
家にぽんちゃんを呼んで、いろいろやってもらって、それで一日やりすごして。日曜日は講義をサボって一日寝て。今日、月曜日に至る。
「佐藤、大丈夫か」
吉田さんだった。目も合わせられなかった。あんなことを言ってしまった。タカユキじゃないのに、なんて。吉田さんはそれでも優しい。何も言えなかった。
「……佐藤?」
そんな綺麗な目で見ないでほしい。私は吉田さんほどできた人間じゃないんだ。稚拙で、愚鈍。馬鹿の極みなの。
「大丈夫です」
声が治りきらなくて、未だにおじさんみたいな声だけど。体は治った。月曜日、二限、一週間の中で一番ハードな授業である。
「全然大丈夫そうに聞こえないけどな」
私を小馬鹿にするように、吉田さんは笑った。高校の時の理科の先生みたいだった。
授業が始まるとすぐに、吉田さんは眠りについたようだった。寝息の立て方まで、タカユキにそっくり。いてもたってもいられなくなる。
タカユキは授業中、すぐに寝る奴だった。そのくせ、成績は優秀だったから、本当に憎たらしい奴で。先生からも、タカユキは嫌われていた。タカユキ自身も先生が嫌いだった。
反対に私は、ちゃんと頑張って、妥当な点を取る奴だったから、先生からはしっかり好かれていた。私自身も先生が好きだった。
タカユキは字が綺麗な奴だったけれど、吉田さんも字が綺麗だ。習字を習っていた、とか言っていた気はする。吉田さんの字を眺めていると、
「そんなに俺の字好き?」
いつの間にか起きていた吉田さんが、言葉を発した。囁くかのような、細い声。背筋が凍る思いだった。
「…………綺麗だとは、思います」
吉田さんの目は見ず、ただ呟くように、答えた。吉田さんは笑いをこらえるような声で、
「ありがとう」
と言った。それ以上、講義中に会話を交わすことは、なかった。
教室を出ようとすると、吉田さんに呼び止められた。吉田さんは里咲と私、どっちが好きなんだろう、と最近思う。
「俺、里咲と別れたよ」
頭をマシンガンで連射された気分だった。何の報告だよ、いちいち私に言うな、という思いもあった。でもそれより、別れたんだ、という爽快感の方が、勝っていた。
「俺は佐藤が好きだよ」
それだけ言って、吉田さんは私のことを追い抜いていく。ずるい。ただ、ずるい。そうとしか言えなかった。私が≪好きだ≫って言ったから、あんな趣味の悪い言い回しをするのだ。汚い。でも、吉田さんとは、繋がっていたい。そう思ってしまうから、私は馬鹿だっていうんだ。




