10話 吉田は思う
佐藤が日曜日の集中講義を休んだ。風邪を引いたらしい。あの雨の中、あいつは生身で突っ立っていたから。そりゃそうだ。
佐藤のいない授業は、どこかつまらない。里咲が居ようと、田口が居ようと、佐藤の代わりには、ならない。佐藤は佐藤だ。
「佐藤、今日休みだって」
「珍しいね、大丈夫かな」
社交辞令的な会話が、隣の列から聞こえてきた。反吐が出る。佐藤はそういう会話が嫌いだ。仲良くもないくせに、心配しているふりをして、自己満足にひたる女が、嫌いなのだそうだ。俺は顔と色気がそろっていれば、女なんてなんでもいいと思うけど。
「吉田くん」
里咲が、隣にやってきた。普段は女友達と一緒に授業を受けるくせに、こういうときばかり。里咲は適度に自信を持てる人間だし、計算高い人間でもある。
「さとるみに何か言ったの?」
里咲は、どう思うだろう。佐藤が俺に、≪好きだ≫と言ったと知ったら。里咲は俺を、非難するのだろうか。
「言っては、ないかな」
佐藤にだけは、この里咲との珍妙な関係を悟られてはならないと思っている。付き合っている、という事実を知られているのはいい。ただ実情が、こんなにも、危うい綱渡りみたいな状態だなんて知れたら。俺は佐藤に、何か変な情を抱いてしまうかもしれない。
「ただ、佐藤に告白された」
佐藤が、恋愛か。想像もつかない。里咲は驚きつつも、すぐに平静を装って、そう、とだけ返事をした。
佐藤と叫びあった道を通った。夕暮れ時で、空がきれいなオレンジだった。そういえば佐藤は、派手な色の服を着ない。赤とか青は見たことあるけど、オレンジとか、緑って、見たことがないかもしれない。基本黒か白かグレーか。まるで佐藤の世界みたい。
「……佐藤、大丈夫かな」
いつか、崩れてしまう気がしている。いつか、倒れてしまう気がしている。佐藤がもし、≪助けて≫と言っているなら、それは聞き逃しちゃいけないと思う。佐藤は自分の意思表示をしない奴だ。だから滅多にないその意思表示をくみ取ってやらないと、本当に、佐藤は消えてしまう、と。そう思うのだ。
「どこかの、だれかが、いっていた」
ふと思い出した歌を、口ずさむ。ああ、これは佐藤が好きだと言っていた、ロックバンドの。名前、なんだっけ。
「愛せないんじゃない、愛していないんだ」
≪世界は僕を中心に反時計回りで回っている≫という、訳が分からない曲。ギターソロがうるさくて最初は気に入らなかったけど、ボーカルの声がすごく冷静で、中毒性の高い曲。そうだ、この曲は、≪佐渡島飛び立ち隊≫の、≪世界は僕を中心に反時計回りで回っている≫。




