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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第四章・断罪
95/113

逆さま釈迦様

 お逆さまとお釈迦様を掛けたなぞなぞが、有ったような無かったような。

 ずり、ずり。変な方向に曲がりに曲がり、最早一種のアート作品ではないかと思わせるような形になってしまった足を、ゴッツは引きずる。

「ちっ、マイティの野郎。しばらく見ねえうちに、知恵を付けやがって」

 吐き捨てるようにそう呟くゴッツの折れていない方の腕は、やや荒っぽくショートヘアの赤髪の少女の襟首を掴んでいた。身長が130㎝程の小柄な少女のその赤い髪の毛は、チューリップを逆さまにしたように地面に向かって伸びている。

 大きな裏路地に繋がる小さな横道の、その曲がり角に出来た暗い影に隠れながら、ダイゴはその様子を覗いていた。先程男が逃走に用いたような横道は、多くの店の連なりから成るこの裏路地には、沢山存在していたのである。

(あ、あの野郎はさっきマイティさんに殴りかかった奴じゃねえか!どうして今ここに居るんだ!?)

 既に汗で濡れそぼっている服を、新しく浮かんだ緊張による冷や汗で更に湿らせながら、ダイゴはそんなことを考えた。と同時に、ダイゴの脳裏に最悪の予想が浮かぶ。

(まさか、マイティさんはこいつにやられちまったってのか・・・!?)

 前回のショウタロウとの組手を見ているダイゴは、マイティが強いということをよく理解していた。故に、マイティが目の前の男に負けたと考えることに対して抵抗があった。だが、ならば何故ゴッツがこの場に居るのか、ダイゴには説明できない。だから、ダイゴは仕方なく『目の前の男がマイティを倒した』という可能性を考慮に入れた。『少女を人質に取って逃げたのだ』という発想は、残念ながら疲労と動揺によって一層ポンコツになっているダイゴの脳味噌には浮かばなかった。それでも。

(・・・とにかく、今はあの子を助けねえと。畜生、あんな小さい子を巻き込むなんて、男の風上にも置けねえぜあの野郎)

 今ゴッツに囚われている少女に助けが必要であり、その助けに自分がならなければいけないということは、流石に理解することが出来た。だから彼は、こうして影に隠れて息を殺して、ゴッツに隙が出来るのを待っているのだ。

 ずり、ずり。だんだんと近付いてくる地面を擦る音に、ダイゴは息を呑む。その体は、ついさっきまで汗だくで走り続けていたというのに、緊張のせいでもう冷えていた。

(もう少しだ。もう少しで、この野郎は俺の隠れてる影の横を通る。その瞬間に、影に紛れて不意打ちを仕掛けるしかねえ)

 男らしくない行為であるということは、ダイゴにだって百も承知である。しかし、それ以外に勝ちの目は無い。少女を捕らえているゴッツを前に、ダイゴはそんなことを思った。何故なら、相手はあのマイティを倒した”かもしれない”男だからである。マイティにパンチ一発でKOされたダイゴとしては、そんな男を相手に大立ち回りをする自信は無かった。たとえ相手が、片手片脚の複雑骨折といったような重大なハンデを抱えていても、である。

 幸運にも、建物に囲まれた路地裏から見える狭い空は、既に夜のものになっている。お陰で路地全体がかなり薄暗くなっており、意識して目を凝らさなければ、影に隠れた人間の姿に気付くことは難しい。そんな状況下であるが故に、ダイゴも少しばかり安心してゴッツを待ち伏せすることが出来た。

 しかし、ダイゴの待機している横道の手前で足音が響いたのを最後に、その場に静寂が訪れた。

(立ち止まった?)

 聞こえてこなくなった足音に、ダイゴがそんな言葉を心に抱く。その時だった。

「おい、そこに隠れてる奴。出てこい」

 今のダイゴが一番聞きたくない言葉が、曲がり角越しに届いてきた。

(き、気付かれちまった・・・!)

 ぶわっと全身から汗が噴き出すのを感じながら、ダイゴは狼狽える。しかし、ここでまごまごしていたのでは、相手が癇癪を起して少女に危害を加えるかもしれない。そんな可能性が頭に浮かび、ダイゴは意を決してゴッツの前に姿を現した。

「よ、よく気付いたなこの野郎。気配でも読んだのか?」

 緊張から来る声の震えを最小限に留めながら、ダイゴはゴッツに問う。すると、ゴッツは少し呆れた顔でこう言った。

「何言ってんだ。テメェの禿げ頭が曲がり角越しにちらちら見えたから、待ち伏せに気付いただけだ」

 その言葉を聞き、即座に顔が羞恥と驚愕により赤くなったり青くなったりするダイゴ。しかし、泳ぐ瞳に怯えた顔をした赤髪の少女が映った時、彼は歯を食いしばって平常を取り戻し、言った。

「小さい女の子路地裏に連れ込んで、一体どうするつもりだこのロリコン野郎が。さっさとその手を離しやがれスットコドッコイ」

 突然のロリコン呼ばわりに、ゴッツは咄嗟に眉間に皺を寄せるが、直ぐにその口角を吊り上げた。

「確かに、このガキはもう必要ねえ。だって、もっと良い人質が手に入るからよぉ」

「へ?人質?」

 間の抜けた声をあげるダイゴを他所に、ゴッツは少女の首根っこを掴みながら言った。

「おいハゲ。テメェ、さっきマイティ達と一緒に居たよな。ってことは、テメェも獄犬か?」

 そのゴッツの台詞に、ダイゴは頷く。

「まだ研修生だがな。で、それがどうしたよ」

 ゴッツは笑みを更に深くすると、こう続けた。

「じゃあ話は早い。テメェがこのガキの代わりに人質になれ。そうすりゃあもっと面白くなりそうだ」

「お、面白くなるだぁ?何言ってんだ馬鹿野郎。俺を人質にしたって、何も良いこと無いぞ?むしろ、俺ごと撃ち抜かれて殺されるかもしれないぜ」

 そう言いながら、ダイゴは無意識の内に自分の心臓部分を右手で覆って庇うような仕草をした。だが、そんなダイゴの言葉にゴッツは意地悪く笑った。

「それが狙いよ。マイティがやっと出来たお仲間を見殺しにするか否か、見物することがな。仮にあの野郎がテメェごと俺を殺すってんなら、それも一興。自分の手を汚すのが怖くて何もしないのも、また一興だ。まあ、あの野郎は俺の事を追ってきてはいないとは思うが」

 そう言って、ゴッツはちらりと上に視線を向けてから、ダイゴの方を見た。

「で、どうする。人質になって、ガキを解放するか?」

 その言葉に、ダイゴの心がざわつく。確かに少女の事は自由にしてやりたかったが、自分が人質になることでマイティに迷惑を掛けたくも無かった。しかしながら、そのまま悩んでいたところで、事態が好転するとは、ダイゴには思えない。故に、ダイゴは眉間に皺を寄せながら、神妙な顔で頷いた。

「良い心がけだ」

 にやぁ、と嫌な笑みを顔面に刻みながら、ゴッツは一瞬で少女から手を離し、ダイゴの胸ぐらを掴んで己の方へ引き寄せる。その一連の動作はまさに目にも留まらぬ早業であり、上空から隙を伺っているマイティも手が出せなかった。

「オラ、テメェにはもう用は無ぇよ。とっとと消えろガキが」

 ダイゴの首をその大きな掌で軽く掴みながら、ゴッツが自由の身となった少女に対して、そんな言葉を投げかける。その瞳は既に少女から離れ、己の手の中に居るダイゴに向けられていた。どうやらゴッツは、ダイゴとの口約束を律儀にも守るつもりらしい。自分の首から伝わってくる、男の掌の生み出す熱を感じながら、ダイゴはそう理解した。

 しかし、ゴッツにそんな言葉を投げかけられた張本人である少女は、何故か動こうとしない。その場に立ち尽くしたまま、その恐怖で潤んだ視線をダイゴに向けていた。その瞳に涙と共に浮かぶのは、申し訳なさかはたまた疑問か。

「・・・俺は大丈夫だ。早く逃げな」

 馬鹿なダイゴには分からなかったので、取り敢えず一言そう告げた。すると、少女は複雑そうな表情を浮かべながらも、ゴッツの横を通り過ぎる形で、小走りでダイゴの視界から消えた。ぱたぱたと、小さな足音が遠のいていくのをダイゴが背中で感じていると、不意にゴッツが言った。

「体を震わせながら、よく言うぜ」

 少女の足音が聞こえなくなってからそう言ったのは、単に優しさからだろうか。そう思いながらも、ダイゴはゴッツの手の中で微振動しながら、こう言った。

「小さな子どもの前では、格好付けたくなるのが人の性ってもんだろ。それに、あの子少し妹に似てんだよ」

 そう呟くダイゴの脳裏に浮かぶのは、現世に置いてきた二人の妹の姿だった。その中でも、末娘の多美の姿が、特に強く想起されていた。

「何だ、テメエも兄貴か」

 そんなダイゴの呟きに、ゴッツがそう言った。その言葉が何故か気になり、ダイゴはこんなことを聞く。

「お前にも兄弟が居んのか」

 しかし、その台詞は無視された。何故なら、次の瞬間ゴッツが、

「ぐぎゃあっ!?」

 と声を上げたからである。

(マイティさん!?)

 突然上がったゴッツの悲鳴に、ダイゴはマイティが助けに来たのだと思った。しかし、ゴッツに首を掴まれながら後ろを振り向けば、そこにあったのはマイティの姿では無かった。

「クソガキィ・・・」

 そう呻きながらマイティが振り向いたその先に居たのは、先程逃げたはずの少女であった。少女は右手を前に出しながら、無言でゴッツを睨んでいる。

(な、何だ?何が起こったんだ?)

 状況が掴めず目を白黒させるダイゴを他所に、少女が初めて声を上げた。

「そ、その人から手を離しなさい!じゃないとっ・・・」

 その声は震えていた。よく見れば、彼女が突き出した右腕も振動している。当たり前だ。先程まで自分の命を握っていた男に、こうして牙を剥いているのだから。ならば何故こんなことをしたのか。それも簡単だ。単純に恐怖を少しばかり勇気が上回っただけのことである。

 そんな小さな女勇者に対して、岩の怪物を内に宿した男が凄んだ。

「じゃないと、何だ。まさか、今みたいなちんけな攻撃で俺を殺れると思ったのか?」

 ゴッツが、ダイゴの首を腕で軽く締めながら、少女の方へ歩きだした。太い腕の中で息苦しさを感じながら、しかしはっきりとダイゴは思った。このままでは少女が危ないと。だから。

「うごぉ!!」

 そんな気合を発しながら、ダイゴは持てる限りの力でもってゴッツの腕に噛み付いたのだ。心象によって強化された咬筋力によって、ダイゴの歯は見る見るうちにゴッツの腕にめり込む。先程までのクヨクヨしていた時とはうってかわって、ダイゴの心象は少女を救おうとする彼に、可能な限りの力をもたらした。

「何してんだ、コラ」

 しかし、ダイゴの牙がゴッツの腕肉を齧り取るよりも前に。ゴッツの腕が鋭い岩肌と化し、ダイゴの口をズタズタに切り裂いた。

「あがっ・・・!!ぐぅぅぅぅ!!!」

 口の中を血と痛みで満たしながらも、ダイゴはなお噛み付きを止めなかった。裂けた歯茎で、削れた牙で、懸命にゴッツに食らいついた。

「ちっ、どいつもこいつも。今日は厄日だぜ、クソっタレ」

 そんなダイゴの抵抗に、心底嫌そうな顔をしながら、ゴッツはそう吐き捨てた。そして、ダイゴの首を絞める力をだんだんと上げ始めた。

「お・・・ご・・・がぁぁ・・・!!」

 徐々に混濁していく意識に、ダイゴは頭に血管を浮かせ、目を血走らせる。しかし、それでも噛む力は弱まらない。むしろ、意識を保つためにも、さらに強くなっていた。

「気を失わねえか。見上げた根性だ。だが、それが災いしたな。テメェ、殺すわ」

 そう言って、ゴッツダイゴの首を絞める力を更に強くした。それもそうである。歯向かう意思を棄てようとしない相手に対して、攻撃の手を緩める道理は無い。

「ん・・・ぐぅ・・・!」

 ダイゴの視界が徐々に赤くなっていく。三度目の、いや、四度目の死が、彼に近付いていた。

(・・・一日に、・・・また二回死ぬってか・・・。嫌だなぁ・・・死にたくねえ・・・)

 死の恐怖を、殺される恐怖を知ってしまったダイゴにとって、目前に浮かび始める血の海は、まさに地獄であった。しかし、赤に染まる視界を幾ら怖がり拒否したところで、ゴッツが腕の力を緩めない限りは、彼の死の運命は変わらない。馬鹿なダイゴだってそれぐらいは分かる。故に、ダイゴは死を拒絶する一方で、生を半ば諦めていた。


 ゴキャッ


 そして、遂に首の骨の折れる音が、裏路地に響いた。


「ゴハァ!!ゲェッホ!ウゲェェ・・・ッ!!・・・ふぅ、ふぅ・・・!!」

 と同時に、ダイゴの激しくせき込む音が夜に木霊した。彼は生きていた。彼は息をしていた。

「・・・あれ?苦しくない?」

 赤くなった首元を摩りながら、彼はそんな言葉を呟く。その言葉は疑問となって彼の脳内に反響し、その生理的な涙の浮かんだ瞳に前を見させた。

 周囲を見れば、そこには先程の赤髪の少女が居た。体のどこにも傷は無く、その事実が先程の音の元が彼女では無いことを証明している。ダイゴはそんな少女の姿を見て、若干痛みの残る気道から、安堵の溜め息を一つ吐いた。

 しかし、直ぐに彼女の様子が普通では無いことに、ダイゴは気付く。少女は、口を両手で覆いながら目を見開いていた。その顔は何か恐ろしいものでも見たかのように青ざめており、その瞳には若干涙が浮かんでいる。その潤んだ瞳は、ダイゴの背後をじっと見つめていた。

「はぁ・・・はぁ・・・っ!」

 荒い息をしながら、ダイゴは急いで振り向いた。その胸には、何とも言い難い嫌な予感がとぐろを巻いて蹲っていた。


 後ろでゴッツが浮いていた。暗い闇の中で、まるで天使の様に空に浮いていた。しかし、彼は絵画に描かれるような天使とは違う点が二つ存在していた。

 一つは、背中に羽が無いこと。もう一つは、その首が直角に折れ曲がり、裂けた肉から骨が覗いていることであった。

「おわぁああああぁぁ!!?」

 情けない声を上げながら、ダイゴが尻もちをつく。そんなダイゴを、宙ぶらりんの死体の瞳孔の開いた眼が見下ろした。

「な、なっ、なぁっ・・・」

 意味の無い声の連なりを口から紡ぐダイゴ。しかし、彼は直ぐにあることを思い出し、少女の方に振り返ってこう言った。

「み、見たら駄目だ!見んな!!」

 遅すぎた配慮の言葉は、しかしショックで放心状態の少女には届いていない様子であった。だからダイゴは即座に立ち上がり、少女の前に背を向ける形で立ち塞がった。物理的に、彼女の視界を奪ったのである。

 そんなダイゴの目前で、それまでふらふらと揺れていたゴッツの死体が、つぅーっと上に移動を始めた。その光景に我が目を疑うダイゴであったが、直ぐに彼は全てを理解した。死体の首には、黒い鎖が巻かれていた。色が色だけに、その鎖は闇に紛れていたのだ。だから、動転していたダイゴはその存在に気付けなかったのである。

 死体が消えてから一分後、今度は上空からマイティが鎖を利用して降りてきた。その肩に死体は担がれていない。

「・・・死体はさっき病床(ケイル)に送った。『回収機(コレクション)』でな」

 それについて問われる前に、マイティはそう答えた。それから、赤い髪の少女に顔を向けて言った。

「・・・悪かったな。怖い思いをさせてしまって。・・・それに、嫌なものも見せてしまって」

 その言葉に、少女は少し俯いた後、顔を上げて答えた。

「いえ、・・・あの時、私があそこに居たのが全て悪いんです。ですから・・・」

 少女は、そこで言葉を切った。それから、少し考える素振りを見せた後、こう言った。

「・・・この後、取り調べとかはありますか」

「・・・いや、後は全て獄番(おれたち)がやっておく。今回は現行犯だからな。だから、君にあれこれ聞くようなことはしない。獄番まで同行してもらう必要も無い。・・・でも、君が望むのならいくらでも病床でのカウンセリングも受けられるし、獄番から賠償金だって貰える」

 マイティがそう返すと、少女は困ったように薄く口角を上げる。そして、答えた。

「いえ、大丈夫です。・・・今日は、お世話になりました。・・・もう帰っても、良いですか・・・?」

 その声は震えていた。目前で人が死ぬところを見た後であるから、それも仕方の無いことであった。だから、マイティはその言葉に頷いた。すると、少女はマイティにお辞儀をしてから、ダイゴの方を向いて言った。

「・・・さっきは、助けてくれてありがとうございました」

「へ・・・?・・・あ、あぁ、・・・おう」

 目の前でゴッツが死んだショックで、ダイゴは先程少女を人質から、形はどうであれ解放したことを、一時的に忘れていた。だから、その返事をしている瞬間にも、ダイゴは何故少女が自分に礼を言ったのか理解出来てはいなかった。ダイゴがその礼の意味を理解した時には、もう少女はその場から去り、夜の街に消えていた。

 残されたダイゴは、同じく残されたマイティの方を見る。それから、少しばかり躊躇うようにしてから、こう言った。

「・・・すいませんでした」

「あ?どうして謝るんだ」

 マイティがダイゴの方を見てそう問うと、彼は少し口をもごもごと動かしてから、続けた。

「いや、その。・・・あの時、俺がゴッツの人質になってなけりゃ、マイティさんがあいつを殺すことも無かったんじゃないかって」

 あのままでは、自分がゴッツに絞殺されていた。それを防ぐために、マイティはゴッツを絞殺した。少なくとも、ダイゴにはそう思われた。そう思ってもも仕方が無いほど、間一髪のタイミングであった。

「・・・気にすんな。これぐらいしねぇと、あの人はまた同じように罪を犯す。それよりは、あの人の心に傷を残してでも、あの人を殺した方が良いんだよ」

 しかし、ダイゴの言葉に対して、マイティはそう答えた。その返答に、ダイゴは俯いて口を開く。

「・・・でも」

「『それじゃあ、あの日の青い選択が、無意味になっちまうんじゃないか』ってか?」

 ダイゴの云わんとしたことを、マイティが先に言語化する。顔を上げて目を丸くするダイゴに、マイティは少し笑ってから、横を向いて言葉を紡いだ。

「・・・ゴッツさんが復讐の形で罪を犯した時点で、あの日の選択は既に無意味になってた。だから、仮にさっき俺がゴッツさんを殺さなかったとしても、あの日の俺の選択が誤ったものだったって事実は変わらない」

 そこでマイティは言葉を切った。夜の裏路地を静寂が包む。遠くから聞こえてくる雑踏の音だけが、ダイゴの鼓膜を揺らした。

「・・・お前に初めて会った時。まあ、ついこの間なんだけどさ」

 次にしじまを破ったのは、マイティだった。ダイゴがマイティの方を向けば、彼は相変わらず横にある壁を見ている。壁と向き合ったまま、マイティはダイゴに語り掛けた。

「俺、言ったよな。『獄犬が悪人を殺さずに活動をするのは不可能に近い』ってよ」

 確かにマイティはあの日、ダイゴにそのような意味合いのことを言っていた。そう考え、ダイゴが頷く。そんなダイゴに対し、マイティは続けた。

「獄犬をやってると、今回みたいな『悪人を殺す選択』をしなきゃいけなくなる場面に、偶に出くわす。自分や相棒が殺されそうになった場面や、今回みたいな民間人が殺されそうになった場面がそうだ。・・・俺は、お前の『殺さない』っていう信念自体は、正直嫌いじゃねえよ。ぶっちゃけた話、昔は俺もそうだったからな。・・・でも、そんな俺が今じゃあこんなだ。『殺した方が良い場合もある』なんて、冷えた頭で言えるようになっちまった」

 そこで言葉を切り、マイティがダイゴの方を向いた。その顔には、喜怒哀楽の念は宿ってはいない。ただ、真剣な表情ばかりが浮かんでいた。

「・・・お前の信念は、貫くことで他の誰かを犠牲にしてしまう可能性を秘めてるんだ。それだけは、忘れるなよ」

 信念を貫くことの代償に、誰かを犠牲にしてしまう。その言葉が、ダイゴの胸に重くのしかかった。しかし、その重さにダイゴが押し潰される前に、路地裏に明るい声が響いた。

「おーいマイティー!アタシの方は終わったけど、そっちはどうだー!?」

 そちらを見れば、そこにはナックルの姿があった。その姿を見て、マイティは手を軽く上げて言った。

「ゴッツさんは・・・逮捕した。ダイゴ、あのフードの人物はどうした」

 その言葉に、少しばかり上の空に近い状態になっていたダイゴを高速で現実に引き戻した。ダイゴは申し訳なさそうに言う。

「す、すいません!取り逃がしちまったッス!」

「そうか・・・、まあ逃がしてしまったものは仕方ない。明日中にボブさんに報告して、指示を待つか」

 マイティがそう言うと、ダイゴは罪悪感から俯いた。そんなダイゴに対し、マイティは少し表情を和らげて、続けた。

「・・・もう少し堂々としろダイゴ。お前は確かにさっきの子を助けたんだ。その後の諸々のことは、全部もっと早くもっと上手く手を打つことが出来なかった俺に責任がある。だから、お前はただ胸を張れば良い」

 その言葉に、ダイゴは顔を上げた。それから、拳を握りしめて、

「・・・ウス」

 と一言呟いた。それより先に、言葉を続けることは出来なかった。何故なら、唇を噛んで溢れてくる涙を堪えることに、手一杯だったからだ。

(畜生・・・!畜生・・・!)

 マイティは先程あんなことを、ゴッツは殺した方が良かったということを言っていたが、それが本心で無いことはダイゴにも分かった。むしろ、ダイゴにすら分かる程、そう言っている最中のマイティの表情は曇っていた。詳しい理由は分からないが、それ程までにマイティの中でゴッツという存在は大きかったのだと、ダイゴは理解した。そう理解しているからこそ、自分がもっと強ければマイティがゴッツを殺すことは無かったのだという思いが、ダイゴの中では膨らんでいた。故に、ダイゴは自分の弱さがただ悔しかった。そして、そんな弱い自分にマイティが気を遣ってくれていることが、とても申し訳無かった。悔しさと申し訳なさが、ダイゴの涙腺を刺激していた。

 そんなダイゴの肩を軽く叩いて、マイティは笑った。

「・・・まあ、お前なら大丈夫さ。・・・よし、じゃあ今後の段取りも決まったところで、飯行くか。ダイゴ、お前は強制参加な」

「あ、それってパワハラなんだぞマイティ。明日ボブさんに報告してやるからな」

「今更すぎんだろ」

 そう言って、マイティはナックルのパイナップルを引っ張った。ナックルの悲鳴と抗議が裏路地に響く。そんなナックルを前にして、マイティは笑っていた。その笑顔は、しかし何処か悲しげだった。

 そんな二人のやり取りを見ながら、ダイゴは右腕で涙をこそぎ落とし、両掌で両頬を叩いてから

「・・・すぐ泣く癖も、直さねえと。これじゃあ俺、駄目だ」

 と呟いた。


 

 



 




 


 カンダタは蜘蛛の糸で首を吊って死にました。

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