表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第四章・断罪
94/113

突然の

 割とどうでもいいことでクヨクヨすることがよくあります。

 時は戻って、まだ夕空が藍に染まっていない頃。ダイゴはフードの人物を追って、路地裏を駆けていた。何故そんなところを駆けているかと言えば、単純にフードの人物が路地裏に逃げ込んだため、それを追ってである。

「待てぇこの野郎!」

 そう叫びながら、心象によって強化された足を全力で動かすダイゴ。しかし、つい先程まで獄番の中で全力で鍛錬に励んでおり、それが故に体力をかなり消耗した為か、ダイゴは追跡を十分以上続けているのにも関わらず、未だにフードの人物を捕らえることが出来ないでいた。

(クソったれ!これじゃあフード野郎を捕まえる前にこっちがバテちまう!)

 全力で疾駆しながら、ダイゴは己の置かれている状況を俯瞰し、そんなことを考える。その思考の通り、今ダイゴの息は既にかなり荒くなっており、体には多量の汗が滲んでいた。

 しかし、それでも幸運なことにと言うべきか、彼とフードの人物との距離はまだ開き始めていない。辛うじて両者の距離は一定に保たれているという事実が、ダイゴの脚と心に力を送り続けた。

 それに、仮に体力が切れたとしても、おそらくダイゴはメロスよろしく、血を吐いてでも脚を止めないであろう。何故なら、今彼の肩には責任がのしかかっているからである。マイティがゴッツを相手取り、恐らくナックルがマドルと戦闘を行っているであろう現在、フードの人物を追いかけられるのは彼一人だ。だから、ここで自分が目前の人物を逃してしまえば、フードの人物は確実に逃走を成功させてしまう。そうなれば、現在死力を尽くして己の仕事を全うしていると思われるマイティとナックルに申し訳が立たない。故に、ダイゴは鍛錬を終えて獄番を出た段階から既にパンプアップしてしまっている己の脚を、心象と気合で動かすのである。

 更に十分程の時間が過ぎた。入った時よりもかなり伸びている路地裏の中の影を踏みつけながら、ダイゴは走る。その体に浮く汗は更に量を増したが、疾走の速度は少し減った。そのことはダイゴにも分かっていた。何故なら、目前のフードを被った人影が少しだけ遠のいたからである。

「くそっぉ!待てっ!待ちやがっ・・・れっ!」

 フードの人物の走行速度を少しでも緩める為に、そして引き離されていくことにより胸に去来した焦燥を誤魔化す為に、ダイゴは叫ぶ。しかしその叫びは、粘度を増した唾液と乾ききった喉に絡まって、無残にも掠れた。だが、それでも彼の心に諦めが入り込むことは無い。それ程までに、ダイゴはこの捕り物に対して責任を感じていたのだ。そしてその責任感には、彼自身の極めて個人的な感情も介在していた。

(悪人を殺す覚悟は無いが、悪人を捕らえる根性は死ぬほど有るってことを証明すんだ!絶対に諦めてたまっかよ!)

 ダイゴは現在に至るまで、自分の手で犯罪者を捕まえるということは出来ていない。ゼインの時も、スミオやメアルの時も、そしてラムドレーの時も。それが、今のダイゴには少しばかり負い目になっていた。それに加えて今回目前の悪人らしき人物を取り逃がしたのでは、自分で自分の事を口先だけの男だと嫌悪せざるを得なくなる。他者から嫌われることに対しても元々あまり良い気持ちは抱かないダイゴである。いわんや、自分に嫌われることはそれ以上に怖かった。

 こうして、先輩二人に対する義理と自分に対する面目によって強固になった責任を胸に抱えて、ダイゴは全力で走った。その追跡は、彼の肉体が限界を迎えて一ミリも動かなくなるまで続くかに思われた。だが、しかし。

(・・・だけど、ここで諦めないことってのは、果たしてそこまで立派なことなのだろうか)

 彼の意思に、突然僅かな淀みが生まれた。何の脈絡も無く産声をあげたその一瞬の淀みに、ダイゴ自身驚いて目を見開く。

(いやいや、今立派だとかそういうことは関係ねぇだろ!・・・じゃあ逆に、何で俺は足を動かしてるんだろう)

 今度は別の淀みが彼の思考の中に生まれた。ダイゴは咄嗟に頭を振って脳味噌を揺らすことで、無理やりその迷いの原因になり得る淀みを取り去る。だが、彼の思考が明瞭になった瞬間に、また新たな淀みがその中に蹲っていた。

(さっき俺は証明するって言葉を使ったけど、一体誰に証明するんだ。俺の覚悟の程を問うてきたマイティさんにか。それとも俺の意思を真っ向から撃ち抜いたアッシュさんにか。仮に証明するとして、その後俺は一体どうしたいんだ。二人に認めてもらいたいのか。お前なら自分の正義を貫けると、そう太鼓判を押して欲しいのか。それで、心の安寧を得たいのか。誰かに認めて貰わないと、俺は不安で震えて立てなくなるのか。何も出来なくなるのか)

 淀みがそこまで広まった後、ダイゴは走りながら自分の頬を叩いた。パァン、という鋭い音が路地内に響く。

(いや、何考えてんだ俺は!そんなこと今はどうだって良いだろうが!!俺は俺の正義を、信念を貫くんだ!その為にも、ここで立ち止まる訳にはいかねぇんだよ!!)

 走りながら、そう自分に言い聞かせるダイゴ。しかし、その体には肉体的疲労によるものとは別の汗が滲み始めていた。

(そうやって大声を出して耳に痛い情報を掻き消していれば、そりゃあ楽だろうよ。だが、そうすることで本当に大切なことをいくつも見落としているんじゃないか。例えば、目の前に居るフード野郎に追いつくことはもう無理だということ。これ以上追っても単なる自己満足にしかならないということ。俺の言っている正義やら信念やらも、それと同じように単なる自己満足に過ぎないということ)

 その思考の淀みが、今までどんなに汗を滲ませても止まることの無かった足を地面に釘付けにした。釘付けになった時間はそこまで長いものでは無かったが、その短い間にフードの人物は路地裏を左に曲がる形で姿を消した。恐らく、その姿を消した地点に左に続く新たな路地があったのだろう。

「いや、何してんだよ俺!」

 直ぐに我に返ったダイゴがフードの人物の後を追ってその地点まで進めば、そこには左右に新しい路地が隣接しており、いわゆる十字路の様な作りになっているということが分かった。だが、左の方へ顔を向けても、既にフードの人物の姿は無い。逃げ切られてしまったようである。

 悪人らしき人物を取り逃がしてしまったという事実に、ダイゴは暫く呆然としていた。だが、その呆然としている中でダイゴはあることに気付いた。

「・・・頭ん中のごちゃごちゃしたもんが、消えてる」

 降ってわいたように出てきた思考の淀みが、跡形も無くなっていたのだ。男の姿を見失った瞬間から、である。それに気付いた瞬間、ダイゴの脳裏にある仮説が生まれた。その仮説を確かめるかのように、ダイゴは呟いた。

「・・・もしかして、さっきの自問自答みたいなもんって。・・・あのフード野郎の心象によるもんか・・・?」

 言葉にしたところで、その仮説が本当かどうかが分かることは無かった。その真偽を知っているだろうフードの人物は、夜に侵食され始めた黄昏の中に消えてしまったのだから。

「・・・最初っから心を強く持ってりゃあ、悩むことも、付け入られることも無かったかもしんねぇのによ・・・」

 そう呟いて、ダイゴは苛立ち紛れに路地裏を形成している建物の壁に拳を打ち付けようとして、そして止めた。それから、マイティ達の居る方向へ走り始めた。ここで自分を責めていても、事態が好転することは無い。そう考えた上での行動であった。

 気分と同じくらい重くなっているであろう足をがむしゃらに動かす彼の唇は、強く噛んでいるせいで血が出ていた。

 だが、そこから十数分走ったところで、彼の体に限界が来た。ぴくんと脚が痙攣して、もつれたのである。

「おわぁっ!」

 滑稽な声を上げながら、裏路地特有の汚れた地面に、ダイゴはかなりの勢いで倒れた。疲労のせいで受け身もまともに取れず、強かに顔面を強打する。一気に変な臭いが鼻腔に、血の味が口内に広がった。

「いでで・・・」

 痛みを堪えて起き上がってみれば、ぼたぼたと鼻血が地面を叩いてるのが見えた。それと一緒になって、全身から汗が滴っているのも確認できた。

「糞っ、しっかりしろよ俺・・・」

 自分を鼓舞しながらダイゴは呟く。しかし、その全身は今まで以上の疲労を発していた。どうやら立ち止まったことで、今までランナーズハイ状態であった体に、今まで蓄積されていた疲れが一気にのしかかってきたようだ。

「ダセェなあ、畜生・・・」

 言うことを聞こうとしない己の体に、ダイゴはポツリと吐く。現在、彼は自己嫌悪に陥っていた。何も成せない自分に。成すことが分かっているのに、動けない自分に。自己嫌悪に陥る暇など無いと分かっているのにも関わらず。

 その自己嫌悪がいけなかったのであろう。ダイゴが自らの心象を発動しても、彼の肉体には僅かな力しか付加されなかった。心象は気が高ぶる程に、その効果を強くする。逆に言えば、今の彼の様なうじうじした状態にある者が心象を使っても、微かな効果しか期待できない。

「・・・強く、なりてぇなあ」

 しかし、そんな微かな力でも、うじうじと自分を苛む男一人をふらふらと立ち上がらせるぐらいのことは出来た。ダイゴは依然として痙攣している自らの腿を殴りつけて震えを止めながら、立ち上がった。その最中、そんな祈りにも似た言葉を吐いた。今までで一番強く、彼はその言葉を胸に刻んだ。


 その時だった。彼の瞳の片隅に、赤い髪の少女を脇に抱えながら脚を引きずる、ゴッツの姿が映ったのは。


 

 


 そのくせ、大事なことに関しては結構ルーズです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ