ありきたりな理由からのあほみたいな献身
なんとか普通免許が取れました。
「・・・それが、あんたの心象か」
目前の”二人のナックル”に、マドルはそんな言葉を投げかけた。その言葉は震えてこそいなかったが、余裕は感じられないものであった。
そんなマドルの言葉が空気を揺らしてから間を置かずに、二人のナックルのうちの一人の姿が、シャボン玉の様に一瞬で消えた。と、同時にナックルが口を開く。
「そうだよ。これがアタシの心象、『騙動』だ。・・・そう言えば、お前に見せるのは初めてだったな。前回は心象を見せる暇すらなく、KOしちまったから」
マドルの言葉から、彼の動揺を容易に見透かしたのか、ナックルの口元には不敵な微笑が浮かんでいた。
「・・・挑発のつもりか?」
ナックルのその言葉に、マドルは少しだけ目つきを尖らせる。と同時に、獲物を取り出そうと、素早く己の衣服のポケットの中に手を伸ばした。
「今度は何をアタシに放るんだ?ダイナマイトか?スタングレネードか?それとも、爆ぜ弾とやらか?」
マドルの動作を止めることもせず、ナックルはそんな言葉を投げかける。その言葉と行動からは、余裕が満ち溢れていた。
「それは見てのお楽しみだ」
そんなナックルの余裕綽々といった様子が気に食わなかったのか、マドルは眉間の間に皺を作りながらポケットから三本のダイナマイトを取り出した。人差し指と中指と小指それぞれに挟まれたダイナマイト達は、空気に触れると間髪入れずに導火線から火花を噴いた。
「ダイナマイトか」
着火済みのダイナマイトを視界に入れて、しかしそんな言葉を吐くだけでナックルは少しも動揺しない。それどころか、彼女はダイナマイトから再びマドルに視線を移すと、こんなことを言った。
「・・・一つアドバイスするがな、ガキ。心象を使うアタシには、今までお前が見せてきたようなもんは一切通用しないよ」
「・・・心象ってのは、さっきあんたが見せた分身のことか?それなら、分身はほっといて本体の方を攻撃するまでだ」
そう言うや否や、マドルは三本のダイナマイトをナックルの方に向かって投げた。ダイナマイトはそれぞれ回転しながら、ナックルの方へ飛んでいく。
「数を増やせば殺れるとでも思ったか」
しかし、ナックルは冷めた口調でそう言うと、冷めた表情のまま向かってくるダイナマイトの群れへ前傾姿勢で突っ込む。そして、走りながら彼女は目にも留まらぬ速さで拳を振るい、それらの導火線を消し飛ばした。そのパンチのキレは今までのものよりも鋭く、それが今までナックルが全力を出していなかったことを暗に語っていた。
「容赦はしないって、言ってた癖に」
そのことを理解したのか、マドルは苦虫を噛み潰したような表情でそんな言葉を吐いた。しかし、二の句を継ぐことは出来なかった。何故なら、その目前にナックルが迫ってきていたからだ。ナックルは、ダイナマイトの火を殴り消したその足で、マドルの方まで突っ込んできていた。
「くぅっ・・・!」
マドルはナックルから逃れようと、渾身の力を込めて左に跳んだ。マドルが先程まで居た空間を、ナックルが右のジョルトブローで殴り抜く。ヒュウという風切り音がマドルの耳に入り、ナックルの右斜めの後ろ姿がマドルの視界に映った。
「おっと・・・」
無茶な体勢で跳んだために、左に離れたコンクリートの上に着地した時に、マドルは若干バランスを崩した。しかし、マドルは慌てない。何故なら、跳ぶ前からこうなることは予想出来ていたからである。
(全体重を掛けたジョルトブローを躱した。これで、こいつが再び俺の方に向きを変えて突っ込んでくるまでに、少しだけだが時間を稼げるだろう。その間に、爆ぜ弾をぶち込めば)
そう考えながら、マドルがポケットから爆ぜ弾を取り出そうとしたその時。
彼の視界の中で、ナックルの背中から彼女の分身が”生えてきた”。その分身は左拳を振り上げながら、マドルの方をじっと見据えていた。
「アタシの後ろを取れるとでも思ったのか、ガキ」
右のジョルトブローを打った後の体勢のままで、ナックルがそんな言葉を口にする。と同時に、彼の腹に分身体による左のジョルトブローが打ち込まれた。
ドゴォッ!という重い音と共に、ベキベキベキッ、という何かがひしゃげて折れる音がマドルの頭に響いた。それが己の肋骨の折れる音だと、マドルは直ぐに気付くことは出来なかった。何故なら、彼の痛覚が働くよりも先に、彼の意識が分身体の拳によって、一瞬掻き消されたからだ。
「ご・・・ぁ・・・」
マドルが意識を取り戻した時、彼は地面に横たわっていた。マドルが激痛の中で必死に視線を動かせば、ナックルは10mほど離れたところに立っているのが見えた。既に分身体の姿は無く、彼女一人が夕日のオレンジ色の光の下に佇んでいた。ナックルは、マドルの方をじっと見つめるだけで、止めを刺しに殴りかかってくるような素振りは見せない。なぜナックルがそんな行動を取っているのか、それをマドルが考える前に、彼女は口を開いた。
「・・・やっぱり、腹への攻撃じゃあ意識は刈り取れないみたいだな。前回のKOだって、頭へのカウンターによるものだったし」
マドルはナックルの言葉に対し、何も返さなかった。そんなマドルに、ナックルは少しだけ間を置いてから、言った。
「・・・でも、もう立ち上がる気力は無いだろ。吐き気と痛みのせいで、体に力を入れようとも思えないだろ。・・・そのまま蹲ってじっとしてろ」
その言葉には、『そうすれば、これ以上傷吐かなくても済むぞ』という続きが隠されているようでもあった。少なくとも、マドルにはそう聞こえた。
「・・・んぅ・・・うぅ・・・」
それでも、マドルは吐き気と痛みに呻きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・馬鹿か、お前」
静かに、ナックルは言った。その声は、何故か沈んでいた。
「そんなにアタシが憎いかよ。そんなにアタシを殺したいかよ」
「・・・あんた・・・なんか・・・・・・どうでもいい・・・」
しかし、次の瞬間マドルの口から紡がれた言葉は、ナックルへの殺意では無く。無関心を物語るものであった。ナックルは、その言葉に目を丸くした。
「どうでもいい・・・って、じゃあ何でお前はアタシと戦ってるんだ。8年前の恨みつらみとか、そういったもんがこの戦闘に一切介在してないとでも言うのかよ」
「そう・・・だよ・・・」
あっさりと、マドルはそう答えた。その言葉に再びナックルは目を丸くする。そんなナックルに対し、マドルは鉛でも絞り出しているかのような苦しげな声でこう続けた。
「・・・俺は・・・あんたが兄貴の邪魔をしないように・・・ここで戦っているだけだ・・・。・・・そこに・・・俺自身の個人的な殺意なんか・・・無い・・・。俺は・・・兄貴のためにあんたをここで殺すんだ・・・。兄貴の復讐の完遂のために・・・ここであんたを殺すんだ・・・」
ふらつきながらそこで言葉を切ると、震える手でマドルはポケットに手を入れて、中から爆ぜ弾を取り出した。しかし、金色に光るそれは彼の手に留まることなく、地面に転がった。銃弾の先が見えている方がマドルの方を向いているため、このまま着火することは出来ない。故に、マドルは銃弾を拾おうと地面に手を着いた。だが、震える手では摩擦の少なそうな金属光沢を放つその弾を上手く摘まむことは難しいらしく、持っては落とし、持っては落としを、マドルは這いつくばりながら繰り返した。
そんなマドルの姿を見ながら、ナックルが言った。
「・・・どうして、そこまでゴッツに尽くすんだよお前は。弱味でも握られてるのか」
しかし、その言葉に対し、マドルは顔を上げることも無く答えた。
「・・・兄貴は・・・昔・・・殺されそうになってた俺を救ってくれた・・・。・・・それだけじゃくて・・・独りぼっちだった俺に居場所をくれた・・・。・・・だから俺は・・・兄貴の命令なら何でも聞く・・・。・・・兄貴のためなら何だってする・・・。あんただって・・・殺す!」
そう吐き捨てるようにそう言うと、マドルは地面に着いている手を瞬時にポケットに移動させて、そこから火の点いたダイナマイトを取り出すと、ナックル目掛けて放り投げた。ポケットの中にある段階から着火済みだったのか、その導火線はとても短くなっていた。故に、ナックルがその導火線を殴り消す前に、ダイナマイトは彼女の近くで爆発した。
白煙がナックルが居た場所を包む。そのキナ臭い煙が散ると、そこから体に大火傷を負っているナックルが両腕を広げた状態で現れた。それを見て、マドルが口の端を吊り上げる。
(これでかなりのダメージは負わせられた。あとは、爆ぜ弾で頭を貫けば終いだ。そうすれば、兄貴の復讐に横槍が入ることも無くなる)
そんなことを考えながら、マドルは依然震える手で、やっとこさ爆ぜ弾を摘まみ上げた。
「・・・お前がゴッツを慕ってる理由は、まあ情報としては理解した」
しかし、その時マドルの耳に、そんな声が聞こえてきた。驚いて彼が顔を上げれば、ところどころ焦げているナックルの後ろから、もう一人のナックルが出てきた。と同時に、火傷しているナックルの分身が、消えた。
「・・・盾に・・・したのか。・・・自分の・・・分身を・・・!?」
その時、マドルは思い出した。ダイナマイトの爆発にナックルが初めて巻き込まれた時も、彼女が無傷で煙の中から現れていたことを。つまり、彼女はあの時も、今のように分身を盾にして難を逃れていたのである。
その事実に驚愕しているマドルに対し、しかしナックルはその事実自体には触れることなく続けた。
「・・・ゴッツのことを本当に慕ってるんなら復讐なんて馬鹿な真似はさせないようにしろ。・・・なんて、ありきたりなことを言っても、お前を更生させることは出来ないんだろうな」
喋り出したナックルを前に、マドルは目つきを鋭くしながら無言で爆ぜ弾を持った。そして、それを彼女に向けようとする。そんなマドルの一連の行動を前にしても、ナックルは続けた。
「でも、さ。あくまでアタシ個人としての意見なんだが、それじゃああんまりに味気ない関係じゃないか。ゴッツの言うことは何でも聞いて、ゴッツのためなら何でもやって・・・。そういうことを続けてたらいつの間にかそれが当たり前になって、ゴッツがお前のことを単なる都合の良い道具としか見なくなるかもしれないぞ。更に言えば、いつかはそんなお前の在り方を嫌って、ゴッツは見向きもしなくなるかもしれない。言うことをただ聞くだけの存在なんて、つまらないことこの上ないからな」
そんなナックルの言葉に、マドルははっとした表情になり、それから少しだけ顔を複雑そうに歪めた。しかし、直ぐに迷いを払うかのように頭を横に振ると、ナックルを見据えて言った。
「それでも・・・良い。兄貴のためなら・・・俺なんて・・・どうでもいい・・・」
「・・・馬鹿だ、お前」
マドルの覚悟を受けて、ナックルはそう呟いた。その瞳を薄く覆う涙の層には、夕日の光が揺蕩っているばかりで、今までの様な冷たいものは宿っていなかった。
「・・・馬鹿で良いよ。・・・俺は・・・馬鹿で良いから・・・兄貴を裏切りたくない・・・」
そう呟くと、マドルは手の中にある爆ぜ弾を、ナックルに向かって投げた。弾は弧を描いてナックルの頭上を舞うと、彼女の脳天目掛けて弾丸を発射した。
「・・・」
しかし、ナックルはそれを前方へのダッキングにより回避して、そのままマドルの方まで一気に距離を詰めた。そして、彼の目前に移動すると、そこで一旦歩を止めた。それから、マドルの目を見て口を開いた。
「お前、可哀想な奴だな」
そう言ったナックルの顔は、悲しそうだった。憐憫だとか、そういった言葉では片づけられないほどの、深い悲しみがその顔には刻まれていた。
そんなナックルの表情を見て、しかしマドルは複雑な表情を浮かべたままポケットに手を伸ばした。彼は、それでも戦うことを選んだのだ。
だが、マドルがそれ以上戦うことは無かった。
「ごめんな。アタシにお前は救えない」
刹那、ナックルの高速のラビットパンチがマドルの延髄に接触し、彼の意識を刈り取った。
まあこれからも自転車を使う予定ですけど。




