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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第四章・断罪
86/113

青い選択

 誰しも若気の至りというものがあります。ですが、それが悪いものだとは限りません。

「あ、マイティさん!・・・と、・・・えーと」

 マイティの隣に居る鼻絆創膏の少女の名前が思い出せないダイゴ。失礼である。そんなダイゴに、マイティが助け舟を出す。

「こいつの名前はナップルだぞ、ダイゴ」

「違うわ!ナックルだ馬鹿!!」

 嘘の情報をダイゴに流そうとするマイティに対し噛み付くナックル。そんなナックルのパイナップル頭を上から押さえつけ、力づくで彼女をその場に釘付けにしてから、マイティは言った。

「仕事帰りか?」

「え?・・・あ、そ、そうっス!」

 釘付けになったパイナップルに目が言っていたダイゴは、突然のマイティの問いで我に返り、慌ててそう答えた。

「えーと、マイティさんと・・・ナックルさん?も、今から帰りっスか?」

「ああ、そうだ。それで、今からこのパイナップルと晩飯でも食いに行こうかと思ってたんだが、お前も来るか?」

 腹が減り、喰多張を探していたダイゴにとって、そのマイティの問いは願っても無いことであった。故に、ダイゴは目を輝かせて頷いた。

「はい!行きたいっス!」

「そうか。じゃあ折角だし奢ってやるよ」

 マイティの言葉に、ダイゴは慌てて言った。

「い、いえいえ!!俺、今日ボーナス貰ったんで、飯代は払えるんス!!心遣いだけ受け取らせてもらうっス!!」

 そのダイゴの台詞にマイティは何かを言おうと口を開いた。しかし、言葉が出る前にナックルが目を輝かせて会話に割って入ってきた。

「本当かマイティ!?奢ってくれるのか!?じゃあアタシはササミが食べたい!!あとパイナップル系のデザートも!!」

「いやテメェには奢るなんて一言も言ってねぇよ。自分で払えボケ」

 マイティが青筋を浮かべてナックルに言う。しかし、ナックルは退かない。

「何でだよ!ダイゴには奢るのに何でアタシには奢らないんだ!!贔屓だ贔屓!!」

「ダイゴはまだ研修生だから良いんだよ。でもお前はもう獄犬に来てから8年くらい経ってるから駄目だ」

「マイティはそれよりも前から居るだろ!アタシは後輩なんだから、先輩であるマイティには奢る義務があるんじゃ無いのか!?」

「その理論で行くとお前はダイゴに奢ることになるぞ?良いのかナップル」

「な・・・!!何て・・・こと・・・!!」

 愕然とするナックルを無視して、マイティはダイゴに問う。

「本当に良いのか?遠慮しなくても良いぞ?」

「い、いや大丈夫っス!本当にDPには困ってないっスから!・・・それに、何か俺だけ奢ってもらっちゃったら、ナックルさんに悪いっスし・・・」

 その言葉を受け、マイティは己を押さえつけている彼の手から逃れようと力んでいるナックルに対し、こう言った。

「聞いたかナップル?ダイゴはお前よりも何ぼか大人だぜ?先輩としてそれで良いのか?」

「う・・・。・・・分かったよ」

 そう言って俯くナックルを暫く見つめた後、マイティは少し笑って言った。

「・・・反省したなら良いんだ。・・・ま、そのご褒美にパイナップル系のデザートぐらいは奢ってやる」

 その言葉にナックルは直ぐに顔を上げて二カッと笑った。

「本当か!?流石アタシのバディだけあって、太っ腹だなマイティは!!じゃあアタシはパイナップルパフェと、パイナップルケーキと、パイナップルアイスと」

「一個にしろ馬鹿ナッポー」

 そう言ってマイティはナックルの脳天に拳骨をかました。ゴチンという音が辺りに響く。頭を押えてナックルは叫んだ。

「いってー!!暴力反対!!パワハラ反対!!人権を守れ!!」

「口ばかり達者になりやがってこの野郎」

「いふぁいいふぁいいふぁい!!はなふぇええ!!」

 しかめっ面で頬を引っ張るマイティと、頬を引っ張られて悲鳴を上げるナックルを見て、ダイゴは思わず噴き出した。


 それからしばらくワチャワチャして、三人は漸く喰多張を目指して歩き出した。その道中で、ダイゴはナックルに問う。

「そう言えばナックルさん。さっきマイティさんがナックルさんが8年間獄犬に居るって言ってたっスけど」

「そうだ。それがどうかしたか」

 ナックルがそう返すと、ダイゴはこう言った。

「いや、ちょっと気になったんスけど、ナックルさんって最初の任務ってどんな感じだったっスか?」

 今日、ダイゴは初めて任務として戦闘を行った。その戦闘や、戦闘後の会話を通して、ダイゴはラムドレーという男のことを知った。そのせいもあって、ダイゴはアッシュがラムドレーを殺そうとするのを庇い、そして撃たれた。それが、彼の初めての任務の全容であった。しかし、そんな自分の今回の体験は、他の人間のそれと比べて、大分異なっている様に思われた。故に、ダイゴはナックルにそう聞いたのである。

 そんなダイゴの問いを受け、ナックルはこう答えた。

「そうだなー。・・・アタシの初めての任務は、今日みたいなマイティとのパトロールだったんだけど・・・。・・・そのパトロール中に、ちょっとした事件が起こってな」

「事件っスか?」

 興味ありげなダイゴの問いに、ナックルは続ける。

「ああ。実はそのパトロール中に、よく分からないガキが襲撃してきてな。そいつはどうやらマイティの方を狙ってきていたようだったんだけど、アタシは反射的にそいつに対してカウンターを放って、その一発で倒しちゃったんだ。んで、その後でそいつが獄犬の目に届かないところでスリとか万引きとか置き引きとかしていることが分かって、反省させるために獄牢にぶち込んだんだ。まぁ、釈放に必要なDPは僅かだったから、すぐに出てこられると思ってたんだがなぁ」

「だがなぁ?・・・実際には、そうはいかなかったってことっスか?」

 ダイゴの問いに、ナックルは頷いた。

「どうやら、真面目に労働に取り組まなかったらしくてなぁ。そのせいで釈放DPも貯まらず、ずるずると八年間服役したままだったらしい。・・・でも、ある日を境にそいつ、急に真面目になったみたいで、それから今まで怠けていた分を取り返すようにガンガン働いたんだってさ。だから、それから直ぐに釈放されたらしい。今から、二ヵ月くらい前にな」

「へぇ、そうだったんスか!!でも、更生して良かったっスね!そいつ!!」

 ダイゴは笑ってそう言った後、しかし直ぐにある疑問を抱いた。

「・・・てか、よくそんなことまで知ってるっスねぇ」

 ナックルがそのよく分からないガキについて、その人物が収監された後の事まで知っていたことが、ダイゴには疑問に思われた。そんなダイゴの問いに対し、ナックルは頬を掻きながらはにかんでこう答えた。

「・・・まぁ、アタシが初めて相手にした悪人だったからな。それに、アタシよりも何ぼか見た目は幼かったし。だから、結構気になったんだよ」

 そのナックルの返答に付け足すように、マイティが口元を僅かに上げながら言った。

「こいつ、そのガキのことが気がかりでな。逮捕してからというもの、一月に一回は獄牢の看守にそのガキの近況を聞いてたんだ。全く暇な奴だよ、このナッポーは」

 少しからかうようにそう言ったマイティに対し、ナックルは顔を羞恥で赤く染めて噛み付く。

「なっ!そう言うマイティだって初めて逮捕した奴の近況を、ユダやカンタやエイジにちょくちょく聞いてたんだろ!?アタシは知ってるんだぞ!!」

「てめぇナップル!どっからそんな情報仕入れてきた!言え!!」

 そう言ってマイティは再びナックルの頬を引っ張った。

「いふぁいいふぁいいふぁい!!プ、プラヒュコーフィヤやゾアらよ!わふぁったらこのふぇをはなふぇ!!」

 ナックルから情報元を聞き出し、ようやくマイティは手を離す。ダイゴの目前だけでも既に今日だけで三回も頬を引っ張られているナックルは、気のせいか朝よりも頬が伸びている様に思われた。

「ったくこのアホナップルが・・・!その情報収集への意欲を、ちったあ仕事で活かせボケ!!」

「ぬぅぅぅぅ!!解せぬぅぅぅぅ!!」

 赤くなった頬を摩りながら、ナックルは呻いた。

 ナックルの口から出た『エイジ』という単語や、『ぷらひゅこーふぃや』という単語(恐らく、ヒーカンが前に言っていた『プラスコーヴィヤ』という名前と同一であろうが)、頬を摩るナックル本人の事も気になったが、しかしダイゴはそれ以上に気になることがあったので、とりあえずそれについて問うことにした。

「マイティさんが初めて逮捕した奴って、・・・一体どんな奴だったんスか?」

 ダイゴの問いに対し、マイティは少し考えるように黙った後、こう言った。

「そうだなぁ。まぁ、もう10年以上前の話なんだがな。その頃、俺はまだ獄犬に入ってなかったんだ。だが、少し訳あって俺はショウタロウと一緒になって、そいつと戦ったんだ。その時は俺もショウタロウもそんなに強くはなかった、・・・とは言っても、その時から既にショウタロウはかなり長く獄犬に居たらしくて実力は高かったんだが、まあでも今よりはショウタロウも弱かった。だから、そいつとの戦いもかなり切迫したものでな。でも、何とかギリギリ俺達が勝ったんだよ。で、そいつを逮捕したその日に、俺はショウタロウと他の職員の推薦で獄犬に入ったんだよ」

「へぇ、・・・ってことはマイティさんよりも、ショウタロウさんは先に獄犬に居たんスか?」

 ダイゴの新しい問いに対し、マイティは頷く。

「ああそうだ。何だ、同期にでも見えたか?」

「いやぁ、なんというか、結構ショウタロウさんに対してマイティさん、フレンドリーだったんで」

 ダイゴが頭を掻きながらそう言うと、マイティはこう返した。

「ショウタロウは昔から先輩風を吹かせるような奴じゃなかったからな。今だって、仮にお前がショウタロウに対して『ヒーローオタクのトウヘンボク』って言ったって、アイツは怒らないと思うぞ」

「いや、それは流石にお冠だと思うっス」

 ダイゴが汗を浮かべてそう返すと、マイティはニヤッと笑う。

「大丈夫だ。何なら試してみたらどうだ?

「英雄キックが飛んできそうなんで遠慮しとくっス」

 今のショウタロウの英雄キックに己の心臓を貫かれるのをいやに鮮明に想像しながら、ダイゴは首を横に振る。それから、話を変えるようにこう言った。

「ち、ちなみにそいつは更生したんスか!?」

 ダイゴの問いに、マイティはふと笑顔を引っ込めて言った。

「あぁ、更生したよ。そいつの罪はガキと比べて軽くは無かったから、釈放にかかるDPも莫大だったがな。でも、そいつは収監されてから必死に働いて着実にDPを貯めていき、ついに釈放されたんだ。今から、少し前にな」

 そう語るマイティに対し、ダイゴは笑って言った。

「・・・何つーか、あれっスね。やっぱ、人はやり直せるんスね」

 その言葉に連動して、ダイゴは己の脳裏にラムドレーの姿を浮かび上がらせた。しかし、同時にダイゴの胸に、ある重い疑問がのしかかった。それを吐き出すように、ダイゴはゆっくりとマイティに聞いた。

「・・・マイティさんは、逮捕する時にそいつを、・・・殺したんスか?」

 再犯率は、死の恐怖を植え付けることで格段に下がると、アッシュは言っていた。それは、殺された悪人のほうが更生する確率は高いということと同義だろう。故に、ダイゴはその更生した人間も殺されたのではないかと、そう思ってしまったのである。特に、マイティはダイゴに対し『犯罪者を殺す勇気があるか』と聞いてきた人物だ。だから、その悪人を殺していても、なんらおかしくは無いように思われた。無論、仮にそうであったとしても、ダイゴにはマイティ咎める道理も、非難する正当性も無いのであるが。

 そう思いながら、ダイゴはマイティに問うた。すると、マイティはこう答えた。

「いや、殺さなかったよ」

 瞬間、何故かダイゴは安堵した。そんなことは知る由も無く、マイティは続ける。

「まだ、その時は俺も今のお前みたいに青くてな。そいつを殺さなくても、そいつは更生すると信じてたんだ。・・・もっとも、それから10年以上獄犬として働く中で、そういった選択が必ずしも最善のものになるとは限らねぇってことが、分かっちまったがな」

 そう言って苦笑いするマイティに、しかしダイゴはこう言った。

「でも、マイティさんのそん時の選択は、最善だったんスよね」

 マイティは、今度はしっかりと笑ってこう言った。

「最善かどうかは分からねぇ。・・・でも、その時の自分の青い選択を、今でも俺は誇りに思ってる」

 そう言うマイティの瞳は、どこか輝いていた。そう、ダイゴには感じられた。

「あ、今マイティ格好付けただろ」

 そんなマイティに対し、ナックルが今までのお返しとばかりに茶々を入れた。

「何か言ったか」

「あ痛だだだだだ!!!やめろォ!!アタシのアイデンティティを引き抜こうとするなぁぁ!!!」

 マイティにパイナップル頭の髪束の部分を引っ張られて悲鳴を上げるナックルを見ながら、ダイゴは胸中でこんなことを思っていた。

(雉も鳴かずば撃たれまい)

 


 

「随分と楽しそうじゃねぇか、マイティよお」




 その時。このまま喰多張に行こうと誰もが思っていた、その時。そんな男の声が、ダイゴ達の耳に届いた。

「んあ?」

 抜けた声を上げて、ダイゴが声の方向を向けば、そこには三人の人間の立ち姿があった。

 一人は、身長190センチ程の茶髪の男だった。その服装は、茶色いTシャツに脛まで捲られた青い長ズボン。露出している腕は、筋肉で盛り上がっていた。

 もう一人は、身長150センチ位の黒髪の少年だった。服装は、赤い半袖のフード付きパーカーと青色の短パンといったもので、その体格は男とは違い痩せっぽちだった。

 最後の一人は、身長170センチ位の人物だった。性別は分からない。何故なら、その顔は口元を残して殆ど赤いフードに隠れてしまっていたからだ。しかし、体格から見て、男だという可能性の方が強いように思われた。その服装は上が長袖の赤いフード付きパーカーで、下が橙色の長ズボンであった。

「久しぶりだな、マイティ」

 先程と同じ声が、筋肉質な茶髪の男から聞こえてきた。どうやら、先程の声の主はこの男だったらしい。そんな男に対し、マイティが少し驚いたように言った。

「ゴッツさん・・・それにマドルも・・・。いや、奇遇ですね」

 敬語を使っているマイティに、ダイゴが小声で問う。

「誰っスか?この人達」

 マイティはその問いに対し、少し沈黙した後に、こう答えた。

「・・・この茶髪の人がゴッツさん。んで、この黒髪のガキがマドル。・・・さっき言ってた、俺とナックルがそれぞれ初めて相手にした人だ」

 マイティがそう言い終わる前に、ナックルが少年、もといマドルに対し嬉しそうに言った。

「うぉ、マドルお前!何だ、元気そうじゃないか!いや、安心したぞ!!」

 親しげなナックルの言葉に、しかしマドルは答えない。その表情も、心なしか硬いように思えた。

 ダイゴは、そんな少年の反応に気付かなかった。何故なら、頭に新しく浮かんだある疑問に気を取られていたからだ。

(・・・ゴッツ”さん”?)


「ところで、その人は誰ですか?」

 そんな疑問を抱くダイゴを尻目に、マイティはフードを被った男らしき人物を見ながら、ゴッツに言った。すると、ゴッツはこう答えた。

「そうだなぁ。まぁ、簡単に言えば上司だ」

「上司?」

 マイティが声を僅かに高くした。

「ゴッツさん、新しい仕事に就かれたんですか?」

 マイティの問いに、ゴッツは笑って答える。

「おう。ある目的のためにな。・・・でも、その目的は今達成されそうだ」

 浅い笑いを浮かべてそう言うゴッツに、マイティは聞いた。

「?一体、どのような目的で?」

「目的の内容かぁ。それはな」


 瞬間、ゴッツが今まで笑みを浮かべていた口が、裂けた様に大きく開いた。恐ろしい哄笑が、その顔に浮かび上がった。


「テメェを殺すことだ」


 ギャザザザザッという硬いものが何かを擦る様な音がダイゴの耳に届いた。疑問に気を取られていたダイゴが即座にその方向を見れば、そこにはゴッツの右拳を左腕で軌道を逸らしたまま動かないマイティの姿があった。

「ダイゴ」

 突然のことに言葉を失うダイゴの耳に、マイティの声が届いた。

「周囲の一般人を避難させろ。今すぐにだ」

 そんな言葉を漏らすマイティの左腕から滴る液体が、下のコンクリートを赤く濡らしていた。

 勿論、必ずしも良いものだという訳では無いです。

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