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死後(デッドイン)  作者: 糞袋
第四章・断罪
85/113

パニクると色々な記憶が頭から吹き飛ぶ

 そんな時は深呼吸深呼吸。

「んぐぅぅぅぅっ・・・ふしゅっ!!ぬぅぅぅぅぅっ・・・ぐふぅっ!!」

 そんな暑苦しい呼吸音と共に、ダイゴは60kgのバーベルを用いてベンチプレスを行っていた。背中に敷いてある台を汗が伝い、床に水溜りを作っている。とてもバッチい。

 しかし、フグが自分の毒で死なないように、ジャイアンが歌っている最中は自分の歌を下手だとは感じないように、ダイゴもまた、己の汗を汚いとは思わないようで、構わずそれを肌に張り付けながらバーベルを上げ下げしていた。

「ん・・・ぐぅ・・・も・・・無理」

 しかし、ベンチプレスの回数が20回を超えた頃、ダイゴは限界を感じて、バーベルを元の位置に戻そうとした。だが、運悪くその時汗で掌が摩擦を失っていたらしく、薄皮ごとバーベルがダイゴの体に落ちてきた。

「ぐぶへぇっ!?」

 落ちてきたバーベルは、そのままダイゴの胸筋にめり込んだ。筋肉を通して肺を圧迫され、たまらずダイゴは口から空気を吹き出した。

(やべぇスゲェ苦しい!!ちょ、どうにかして退かさねぇと・・・)

 ダイゴは体を捩りバーベルを床に落とそうと考えたが、どうやら奇跡的なバランスでそれは乗っかっているらしく、彼は体を満足に動かすことが出来なかった。

(アカンこれじゃ俺が死ぬぅ!!)「・・・だ、・・・誰か・・・助け・・・」

 助けを呼ぼうと口を開いたダイゴであったが、胸を押しつぶされている為に思うように声が出せない。

(現実は非情である)

 いよいよ万事休すかと、ダイゴが思ったその時であった。

「大丈夫ですかダイゴさん!?」

 そんな声と共に鍛錬室の扉が開き、サレムが急いで入ってきたのである。サレムは素早くダイゴの元に駆け付けると、バーベルをひょいと退かしてしまった。大した力である。

「ぐほぇっ!!ごふぇっ!!・・・ふぅー、死ぬかと思ったぁ・・・」

 九死に一生を得たダイゴは、涙目で溜め息を吐くと、素早くサレムの方に体を向け頭を下げた。

「サレムさん、ありがとうございますっス!!ラムドレーさんに続き、俺まで助けて貰っちまって!!」

 ダイゴの礼に対し、サレムは笑って言った。

「いえいえ、礼には及びません。でも、何で心象を使って退かさなかったんですか?」

「え?・・・あ、そっかぁ・・・」

 どうやらこのハゲ、突然の事でパニック状態に陥り、心象のことを忘れてしまっていたようだ。いよいよ救い難い。

 しかし、そんなダイゴに対して、サレムは馬鹿にすることも無く、笑ってこう言った。

「あはははっ、面白い人なんですねダイゴさんって」

「マジっスか!そう言って貰えると、何か嬉しいっス!!」

 ダイゴもアホ面をグヘヘと歪めて笑い、そう言った。どこに照れる要素があったのか。

 しかし、ダイゴは何かにふと気付いたようにそのゲス笑いを引っ込めると、こう続けた。

「でも、何で俺が死にかけてるってことに気が付いたんスか?」

 その言葉に対し、サレムは少々ばつが悪そうに言った。

「いや・・・実はその、・・・ダイゴさんに用事が有ったので鍛錬室の前に来たんですけど、ちょっとした出来心で室内の思念を覗いてしまいまして・・・。・・・すみません」

 そのサレムの言葉に対し、しかしダイゴはプライバシーの侵害だと咎めることも無く、代わりにこんなことを問うた。

「サレムさんが俺に用事?一体、どういったご用件っスか?」

 その問いに、サレムは履いているズボンのポケットから、銀色に光る鍵を取り出した。

「あの、これ。ダイゴさんがさっきまで着ていたズボンのポケットに入ってたんですけど・・・。・・・衣服の方は損傷が激しくて処分してしまいましたが、これだけは一緒に処分する訳にもいかないということで、病床の方から私に渡されていたんです。でも、渡すタイミングを昼は逃してしまったので、今渡そうと思って・・・」

 サレムの白い手に握られた銀色の鍵に、始めダイゴはピンとこなかった。しかしそれから3秒後、ダイゴは漸くその鍵が朝マリオに渡されたものであるということを思い出した。そのことをサレムに伝え、ダイゴは鍵を受け取った。

 その時、ダイゴの汗だくになった腕が痙攣しているのが、サレムの瞳に映ったように思われた。

「・・・ダイゴさん、もしかして昼からずっと今までトレーニングをしていたんですか?」

「?そうっスよ。取りあえず、胸筋を鍛えるための筋トレを出来る限り」

「胸筋を、ですか?」

「そうっス。ビックリしたっスよ、死んでも今まで死界で培った筋力が無駄になるようなことが無くて。んで、俺思ったんス。この世界では筋肉は鍛えるたびに強くなる。だから我武者羅に鍛えれば、いつか銃弾にも貫けねぇような丈夫な胸筋が出来上がるに違いねぇ、って」

 そう言いながら、ダイゴはマリオが心象を使うことも無しに銃弾を弾き返していた光景を思い返す。人体の可能性を、マリオは彼の前で証明してくれた。故に、ダイゴは生前ならばまず立てなかったであろう無謀な目標を掲げ、先程まで鍛錬を積んでいたのである。

 そんなダイゴに対し、サレムは少し黙った後、

「・・・それって、やっぱりさっきのことが・・・」

 と言って、そこで何かに気付いたように口を閉じ、頭を下げた。

「す、すみません!無神経でした!ごめんなさい!」

 そんなサレムに、困ったようにダイゴは言う。

「いや、大丈夫っスよ。それに、サレムさんの予想は当たってるっス。いつか、アッシュさんの銃弾を止めれるぐらいにまでは、鍛えたいんス。・・・まぁ、まだほど遠いっスけど」

 そうなれば、アッシュと対等に意見をぶつけ合えるような気がした。そうすれば、互いに互いを理解できるような気がした。ダイゴは先程のニゾウとの問答を通し、アッシュとも分かりあえるようにならなければいけないという考えを持つに至っていた。その考えを実現するために、筋肉の鍛錬に走ったのである。流石に脳筋が過ぎる。

 そんなダイゴの思いを見通してか、サレムは少し目を丸くした後に、こう聞いた。

「・・・アッシュちゃんを、許してくれるんですか?」

「・・・うす」

 そうしなければ、自分の名前や自分が決めた『逃げない』という信念に対し、顔向けが出来ないような気がした。だから、ダイゴは自分を殺したアッシュを許すつもりでいたのである。

「・・・ありがとうございます」

 そう言って、サレムは申し訳無さそうに笑った。しかし、その笑顔は本当に嬉しそうであった。その笑顔を見て、ダイゴは自分の選択は間違ってはいないと思った。ダイゴは単純だった。

そんなダイゴに対し、サレムは少し喜びを噛み締めるように黙った後、こう言った。

「・・・そろそろダイゴさんは帰宅した方が良いでしょう。もう終業時刻ですから」

「え?・・・あ、本当だ」

 ダイゴは鍛錬室の時計に目をやり、そこで初めて終業時刻になってから10分ほど経過していることを知った。


 床の汗を拭き鍵を持ってから、ダイゴはサレムに別れを告げた。それから一度待機室に寄り、中で饅頭を頬張っていたニゾウに帰宅する旨を報告した。それら全ての行程を終えて獄番を出て直ぐ後に、オレンジ色の光が彼を包んだ。夕日が町の向こう側で建物に刻まれているのが、ダイゴの瞳に映った。その美しさに、ダイゴは少しの時間足を止め、目を奪われた。

 しかし、何時までも獄番の手前で突っ立ってるわけにもいかず、ダイゴはそそくさと移動を始めながら、同時にこんなことを考えていた。

(・・・一先ず、マリオさんの店に行かねぇとな。アパートへの行き方を教えてもらわねぇとならんし、着替えも取りにいかねぇとなんねぇし)

 そこまで考えた直後、ダイゴの腹の虫が鳴いた。よく考えれば、彼は昼から何も口にしていなかった。

(・・・その前に腹ごしらえしとくべきかなぁ。いつまでもマリオさんに料理を振る舞って貰う訳にもいかねぇし。・・・あ、そうだ。飯を食った際に手に入ったお釣りをマリオさんに献上しよう。世話んなったし、そんぐらいのお返しはするべきだろ)

 そう頭の中で今後の予定を決めて、それに沿って行動するために、ダイゴはいつかマリオと行った『喰多張』を、記憶を頼りに探し始めた。

「んーと、こっちだったかな」

 そうぶつぶつと呟きながら、ダイゴは町を歩く。その喰多張探索の道中にて、次のような男の声がダイゴの耳に届いた。

「あれ、ダイゴ。何してるんだお前」

 その声に、ダイゴは聞き覚えがあった。声の方向を向くと、そこには朝出会ったマイティとナックルの二人組の姿があった。

  

 


 

 クールダウンって大事です。本当に。

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