ある罪人の死後 その参
久しぶりに今日モンハン3Gをやってみたんですが、怒り喰らうイビルジョーにヘッドをモグモグされて乙りました。とりあえず、ソロだったんで何の躊躇いも無く3DSの電源を切りました。
「ただいまー」
「あ、パパ!お帰りなさい!」
リムードが明るい部屋の中でラムドレーを出迎える。その手にはおたまが握られていた。
「・・・今日はビーフシチューか」
玄関先で、鼻を少しひくつかせてからラムドレーが言う。その鼻腔を通り抜けた良い香りは、彼のすきっ腹をグウと鳴かせた。
「パパ、ビーフシチュー好きだったでしょ?だから、今日は久しぶりに作ってみたんです!」
エッヘンと胸を張りそう言う娘の姿に、ラムドレーは愛しさのあまり口元を綻ばせた。しかし、同時に彼は、娘に隠し事をしているという罪悪感に、その心をチリチリと焦がしていた。
ラムドレーが六道組に入ってから、既に一ヵ月が経っていた。その一ヵ月の間に、彼はかなりの収入を得た。基本的に見張りぐらいしかしてはいなかったが、それだけでも組織はDPをくれた。絶対数が少ない分、一人一人に与えられる報酬は大きいのだろうと、ラムドレーは常々考えていた。
しかし、見張りをするだけとは言っても、その仕事の最中に時々視界に入ってくる、覆面をしたダニーやレンブが誰かに暴行を加えてDPを毟り取っている様子は、ラムドレーの精神に大きな負担を与えた。それによるストレスのせいか、彼は得た収入のおかげで娘と共に良いものを食べることが出来るようになったにも関わらず、体重がホームレスの時代よりも減っていた。
だが、そうは言っても彼には父として娘を養わなければならないという義務感があった。故に、彼は得たDPを使ってアパートを借り、二人で住み始めた。風雨を凌げる現在の環境は、以前のことを考えればとても素晴らしいものであり、汚いDPを使って得たものとは言え、ラムドレーはとても気に入っていた。無論、父している仕事のことなど知らないリムードも、手放しで現在の住居を喜んでいた。
ラムドレーが来ているスーツと持っている鞄を所定の場所に戻す―ラムドレーは、リムードに怪しまれないように毎日スーツを来て外出し、六道組のアジトで着替えている。その際の着替えと、顔がばれないようにする為の覆面を入れてあるのが、この鞄である―と、リムードが毎日自分たちが使っている机の上に、ビーフシチューの入った二人分の皿と、同じ数だけのサラダとパンの入った皿を置いた。ラムドレーは机の前に置かれた椅子に座ると、それに向かい合う形でリムードも椅子に座る。その状態で、リムードは言った。
「パパ、お仕事お疲れ様。今日は一段と大変だったでしょ?」
「へ?一段と?何で?」
ラムドレーがそう問えば、リムードは首を傾げて言う。
「えぇ?だってパパ、昨日『明日は職場で大事な仕事があるから、朝早くから出なきゃいけないんだ』って言ってたじゃない」
「・・・あ、・・・えっと、・・・いや、意外と簡単な仕事だったから、ぴんと来なかっただけだよ!」
慌ててラムドレーはそう返し、その場を取り繕う。ちなみに、ラムドレーが今日いつもより早く家を出たのは、アジトの中で朝から大事な情報通達があると、前日の段階で知らされていたからである。
(・・・まあ、その情報の内容というのも、『無限大蛇との合併式の日時』っていう、私の様な下っ端とは関係のないものだったんだけどね。式に出るのはボスと、私たち以外のもう一人の組員らしいし。・・・でも、その組員の顔を私は未だに知らないんだよな)
ラムドレーがそんなことを考えている時に、リムードがこんな言葉をこぼした。
「・・・でも、何かごめんねパパ。私、何にも仕事してなくて。一応バイトを探してはいるんだけど、今になってもどこも募集してないみたい」
「いや、リムードは家事をしてるじゃないか。それだって、大事な仕事の一つだよ。気に病むことはないさ」
ラムドレーがそう返せば、リムードは微笑して、
「・・・うん、ありがとう」
と小さく言った。
「じゃ、今日はもう寝ようか」
「うん」
夕飯を食べ終わり、風呂も済ませた二人は、そんな会話を一言二言交えた後、ベッドに移動した。あの心中の日以来、二人はこうして一緒に寝るようになっていた。
ベッドに入った後、リムードはラムドレーの方を向き、言った。
「・・・ママ、今何をしてるんだろうね」
「・・・早く、一緒に暮らせる日が来ると良いな」
ラムドレーは、六道組から貰った報酬の何割かを移動資金として貯金していたが、しかし未だに目標の額までには達していなかった。
(・・・あわよくば、リジッドの居る遠くの地へ移動して、それきり六道組とは縁を切りたいんだがな・・・)
そんなことも、ラムドレーは貯金しながら思っていた。
「・・・じゃあ、おやすみなさい。パパ」
リムードがそう言って布団を被り、ラムドレーの視界から消えた。
「おやすみ」
そう言い、ラムドレーも目を瞑り、深い眠りへと入っていった。
朝になり、ラムドレーは家から出て、六道組のアジトである、バラック小屋に来ていた。
「来たか、ラムドレー」
アジトに入ると、真っ先にボスの姿が彼の目に映った。ちなみにラムドレーはボスの名前を知らない。どうやら自分以外の組員も知らないらしく、故にいつもボスのことをそのまま『ボス』と呼んでいるようであった。しかし、彼の名前や素性は分からなくても、その外見からラムドレーはボスがアジア系の人間であると見当をつけていた。
「お早うございますボス」
ラムドレーはそう言うと、いつも自分が使っている場所に行き、そこで着替えを済ました。
しかし、着替えが終わった後、脱いだスーツを鞄に入れる際に、ラムドレーはあることに気付いた。
「あ、弁当忘れた」
ラムドレーは、毎日リムードの作った弁当を昼食として食べていた。しかし、その弁当が入っている袋を、今日は家に忘れてきてしまったらしい。
(・・・まあ、一日くらい昼食を抜いたところで、そこまで健康を損なうことは無いだろう)
そう考えて、ラムドレーが鞄を持ってアジトの共同スペースに着替えから戻った時であった。
「おっさん、客人だぜ」
玄関から歩いてきたレンブが、ラムドレーにそう言ったのだ。
「私に、客人?」
首を傾げながらも、ラムドレーはレンブに案内されるままに、玄関の方へ歩いて行った。
次の瞬間、ラムドレーは玄関のと呼ぶには些か粗末な鈍色の扉の前で、凍ったように動けなくなっていた。
「・・・パパ。これは、一体どういう事?」
手に弁当箱を持ったリムードの姿が、そこには在った。
「リ・・・ムード・・・」
この場に居る筈がない、否、この場に居てはいけない娘の姿に、ラムドレーの声が凍り付く。
そんなラムドレーに対し、リムードは引き攣った顔で問いかけた。
「こ、ここは何?真っ当な職場には、見えないけど・・・」
「そ、その、えっと・・・」
おろおろしながら言い訳を探すラムドレー。しかし、そんなラムドレーの耳に、彼と同じくらい動揺したトーンの第三者の声が聞こえた。
「ラ、ラムドレー・・・お前、娘が居たのか・・・」
その第三者とは、六道組のボスであった。彼は何故か、ラムドレーが子持ちであったことに、ひどく衝撃を受けているようであった。
「おい、ダニー。これは一体どういう事だ。俺はこんなこと聞いていないぞ」
ボスはそう言いながら、自分の背後にあるキッチンで遅めの朝飯を食べているダニーの方を、振り向いた。その顔つきは険しいものであった。
しかし、ダニーは別段動揺する様子も見せず、淡々と言った。
「ラムドレーに娘が居ることを言えば、貴方は彼の加入を認めなかったでしょう。違いますか?」
「・・・それがどうした」
依然としてボスは険しい顔のまま、いやむしろ更に顔を険しくさせて返答した。
そんなボスに対し、ダニーは淡々と続けた。
「組の総人数が五人では、この先にある無限大蛇との同盟にも支障をきたす恐れがあります。奴らにはまだ我々の具体的な人数のことは言っていませんからね。同盟の話が白紙に戻れば、六道組の存続は危うい。そうなれば、ボスの・・・」
「・・・・・・分かった、もう良い」
ボスはダニーの話をここで遮り、ラムドレーの方をちらりと見る。そしてすぐに視線を外し、リムードの方を向いた。
「な、何ですか」
ボスの視線に気づき、リムードはたじろぐ。
「・・・」
咄嗟にラムドレーはリムードを庇うように、ボスの前に立った。
しかし、そんなラムドレー越しに、ボスはリムードに言った。
「・・・ここで見たことは忘れろ。お前は弁当箱を届けに、父親の職場に来た。ただそれだけだ。このまま、父思いの娘がそうするように、父親に応援の一言でもかけて、家に帰れ。そうすれば、お前の日常が壊れることは無い」
その言葉にラムドレーは目を見開く。この組のボスである人間が、そのようなことを言うとは思っていなかったからだ。故に、おずおずと彼はボスにこう言うのであった。
「い、良いんですか?」
その言葉に、ボスが首を縦に振る。
「駄目だ」
しかし、ボスのその行為を塗りつぶすように、ダニーがそんな言葉を吐いた。
「・・・ダニー。お前、俺の決断に口挟むってのか」
凄むような低い言葉と共に、ボスはダニーを睨み付ける。
しかし、ダニーはボスに言った。
「例えここでどの様な口約束を交わしたところで、その女が我々のことを獄犬に絶対に言わなくなるとは限りません。・・・ですから、口約束よりももっと効果的な手段を用いるべきです」
「へぇ、そりゃあどんな手段だ。気になるぜ」
レンブが横から会話に入り込む。そんなレンブに対し、ダニーが言った。
「この女に俺達の仕事の片棒を担がせる。そうすりゃあ、こいつも簡単には獄犬にはタレ込めねぇだろ」
共犯者にしてしまえば、我が身可愛さに通報しなくなる。つまり、そういうことであった。
「そ、そんなこと、リムードにさせれる訳ないだろ!!」
「どこの馬の骨とも分からん娘に、俺達の仕事をさせる訳にはいかねぇなあ。下手すりゃ尻尾掴まれて、芋づる式に組織ごとしょっぴかれるかもしれないからよ」
ラムドレーとボスが交互に言う。しかし、ダニーは言った。
「安心して下さいボス。この女にやらせるのは、ラムドレーと同じように見張りだけです。しかも一回っきり。それなら良いだろ、ラムドレー」
「わ、私が言っているのはそう言うことじゃ・・・」
ラムドレーが尚も反論しようと口を開いた、その時であった。
「私、やるよ」
リムードが静かにそう言った。
「リ、リムード!お前、何言って」
ラムドレーは激しく動揺するが、しかしリムードはそんな父親に対し真っ直ぐな目を向けながら言った。
「パパは、今まで私を養う為にこんなことをしていたんだよね。そして、私に気付かれないように、私に心配かけないように、一人で抱え込んでこんなことをしていたんだよね。だのに、私はこの世界に来てから、パパの為に何もしてあげられてない。昨日だって、いつものようにバイトの面接拒否られちゃったし・・・。・・・だから、私がその人の言葉を承諾することで、パパがその人と揉めることを防げるのなら、・・・私、やるよ」
ラムドレーがこれ以上食い下がれば、ダニーは彼を痛めつけてでも自分の要求を通そうとするかもしれない。少なくとも、目の前のオレンジ髪の男は、そんなことを平気でする雰囲気を纏っていた。故に、リムードは父が傷つくのを防ぐために、そう言ったのである。
そんなリムードの決断に、ラムドレーはたじろぐ。そんな彼を尻目に、ダニーはボスに言った。
「本人がこう言ってるんです。良いですよね、ボス」
「・・・好きにしやがれ」
そう言ったっきり、ボスは口を閉じた。
そんなボスの行動を確認してから、ダニーは自分の服のポケットから写真を取り出すと、ラムドレーとリムードの方へ向けて、こう言った。
「今日の標的はこいつだ。テメェらにはこいつから俺達がDPを毟り取ってる間、見張りをしてもらう」
その写真に写っていたのは、二人を愚弄したあの文房具店の店主だった。
※
「・・・すまない、リムード。こんなことに巻き込んでしまって」
「パパのせいじゃないよ。私は私の意思で此処に居るんだもの」
裏路地に出来た黒い影の中で、ラムドレーとリムードは小声でそんな会話をしていた。二人は現在黒い覆面を被って居るため、傍から見れば首なしの身体が二つ、無い口を動かして話をしているようであった
。
「おいテメェら、静かにしやがれ。ターゲットに気付かれんだろうが」
そんな二人に対し、ダニーは声を低くしてそんなことを言った。彼は二人とは違い覆面をしておらず、そのオレンジ色の髪は影の中には全く溶け込んでいなかった。
現在、ラムドレー達三人は、あの店主が経営している文房具店の近くにある路地裏にいた。現在時刻は午前九時。ラムドレーとリムードが写真を見てから、僅か二十分後である。
ダニーは二人に写真を見せてから、件の店主が毎日九時過ぎに出勤することを教えた。文房具店の開店時刻は九時半ではあるが、朝の雑務は全て他の従業員に任せているため、店長が三十分前に店に顔を出しても全く店の経営には支障が出ないらしいということも、ダニーは付け加える形で二人に言った。
「店主は毎日この路地裏の前を通って出勤するってことが既に分かってる。だからその店主がこの路地裏を通り過ぎる瞬間にこっちに引き込み、ぼこぼこにして身ぐるみを剥ぐ。幸いにもここらへんの路地は、この時間帯だと人が少ないから、他人に見られる危険性は低い。だが、万が一ってこともあるから、テメェらは路地の影から周りを伺え。良いな」
「・・・分かった」
静かな路地裏で速やかに事前の打ち合わせを済ませた後、再びラムドレーとダニーは黙り込む。そんな二人の姿を見て、リムードも沈黙した。
それから、一分も経たない内に、路地裏に靴の音が聞こえてきた。
「・・・」
ダニーは息を殺し、姿勢を低くして、路地の向こうを覗いた。そして、すぐに路地裏に身を隠すと、微かな声で二人に言った。
「店主だ。今から作戦を実行する。テメエらは影に隠れとけ」
その言葉を受け、二人は路地裏に存在している一際深い影の中に、身を浸した。
そして、店主のあの不愛想な横顔が、路地裏の彼らの視界に入った瞬間、ダニーは行動を開始した。
まず始めに、ダニーは無言で店主の口を素早く塞いで、路地裏の方へ引きずり込んだ。
「んむっ!?」
店主は突然の出来事に、くぐもった音を口から、正確にはダニーの五指の隙間から漏らすが、その音はダニー達三人の耳以外に拾われることはなかった。
誰からも見られることなく獲物を路地裏に引き込むことに成功したダニーは、続けて肘鉄を店主の顔面目掛けて振り下ろした。
「ぐぅっ」
骨が折れる嫌な音と共に、鼻から血飛沫を上げる店主。咄嗟に悲鳴を上げようとするが、口を押えられているため、それは叶わなかった。
「っ・・・!」
目の前で起こる暴行に、ラムドレーは目を逸らす。今まで仕事の中で、何度もそのような行為は目にしたことはあったが、しかし彼は未だにそのバイオレンスな光景に慣れることは出来ずにいた。
「・・・」
そんな父とは対照的に、リムードは食い入るように目の前で起こる暴行を見つめていた。その眼は爛々と輝いている様にも見えた。
「・・・リムード?」
娘の様子に気付き、ラムドレーは言い知れぬ胸のざわめきを感じて、リムードに話しかけた。
「え?・・・あっ、・・・ごめん」
リムードはラムドレーのざわめきに気付いたのか、そう言って口を噤む。しかし、目は依然として暴行に釘付けになっていた。
そんな会話を二人が続けている間にも、ダニーによる暴行は続いていた。店主の顔面にあの後二回ほど続けて肘を打ち込んで、額を割ったり歯を折ったりしてから、彼は今度は店主の腹部に鋭い膝蹴りを沈ませた。
「おぶぇっ・・・」
たまらず、口から歯の破片と共に胃液を吐き出す店主。歯が何本も折れている為か、口から洩れた苦悶の呻きも不明瞭なものであった。故に、ダニーはもう声を出させても大丈夫だと感じたのか、はたまた胃液に触れたくなかっただけなのか、店主の口から手を放していた。
「うぅ・・・」
腹を押えて蹲る店主。その両膝は、己が滴らせた汚物と血にまみれた地面に着いたせいで、汚らしく変色している。
そんな店主を見下ろす形で、ダニーがやっと口を開いた。
「おいオッサン。DP出せ」
その口から放たれたのは、至極単純な脅迫であった。しかし、それだけで相手を震え上がらせてしまうような凄みが、その短い言葉には存在していた。
「ゲホッゴホッ・・・い、いくらだ・・・?」
むせながら店主はダニーを見上げる。そんな店主の視線に合わせるようにダニーはしゃがみ込んで、こう言った。
「テメェの財布の中に入ってるだけ頂く。とっととそのゲロまみれの懐から血まみれの財布取り出せや」
ダニーの言葉を受け、店主は目を見開く。
「ぜ、全部・・・!?そ、そんなこと・・・」
「あ?」
瞬間、ダニーは店主の右手を己の両手で以て掴むと、その小指を何のためらいも無くへし折った。
「ぎっ」
悲鳴を上げようと口を開く店主だったが、その舌をダニーの右手に掴まれたため、声を出すことは出来なかった。
明らかな怯えを顔に浮かばせる店主に対し、ダニーは静かに言った。
「早く出せ。さもなきゃ舌を引き千切るぞ」
だらだらと冷や汗を流しながら、店主は震えに震える手で懐から黒い革製の財布を取り出すと、ダニーに差し出した。
ダニーは左手でそれをひったくると、店主の舌を掴んでいる右手を放し、間髪入れずその右手で思いっきり店主の横っ面を張った。
「ぐぇっ」
最早叫ぶ体力すら無いのか、店主は弱々しくそう呻いて地面に転がった。
そんな店主を尻目に、ダニーは財布の中身をチェックすると、その口元をにやりと歪めた。
「・・・へぇ、結構たんまり入ってんじゃねぇか。これでしばらく遊んで暮らせるぜ」
そこで一旦言葉を切り、財布をポケットに閉まった後で、ダニーはラムドレー達の方を向いて言った。
「目的は果たした。人が来る前にとっととトンズラすんぞ」
「わ、分かった」
ラムドレーもそう答えながら頷く。リムードも同様に無言で頷いた。
二人の反応を確認した後、ダニーは裏路地の中を足音を殺しながら歩き始めた。その後を、ラムドレーとリムードが追う。
ダニーの背中を追いかけながら、ラムドレーはこんなことを考えていた。
(・・・何はともあれ、これでリムードは六道組から我が家へと帰れる。今は、それで十分だ)
「・・・今の声、ラムドレーか?」
しかし、ラムドレーのそんな思考は、背後から聞こえてきた店主の声で、霧散してしまった。
「・・・黒い覆面で顔隠してても、テメェだって分かるぞ・・・。その意志薄弱がにじみ出てる情けない声でよぉ・・・」
忌々しげにそんな言葉を吐き連ねる店主。その声はやはり不明瞭ではあったが、ラムドレーを馬鹿にしているということだけは、トーンで察することが出来た。
「・・・」
無言を貫くラムドレー。しかし、そんなラムドレーとは対照的に、店主は雄弁に言葉を続ける。
「テメェ今こんなことやってんのかよ。・・・けけっ、やっぱり俺の目は間違ってなかった。テメェを雇わなくて良かったよ本当に・・・」
その口調は聞く人間に不快感をもたらすような、意地の悪さが溢れ出ているようなものであった。だが、そんな店主の言葉に対しても、ラムドレーは沈黙を貫いていた。
(・・・彼が言っていることは正しい。私は、あの時コンビニで万引きしてしまったから此処に居るんだ。挙句の果てに、娘まで巻き込んでしまっているんだ。・・・私は、本当に駄目な男だ・・・)
内心で、自分を責めながら。
「あの時雇ってたら、テメェは絶対店の売り上げをかっぱらったりした筈だ・・・。いや、かっぱらったに決まってる!こんなどうしようもねぇことをする奴は、例えどこで生きていたって悪事に手を染めずにはいられねえもんだからなぁ!特に、テメェみたいな意志薄弱の屑野郎なら尚更よぉ!!」
自罰的な精神状態に陥っているラムドレーに対し、店主は畳みかけるようにそう叫んだ。その身体は興奮により、上体だけ僅かに起き上がっていた。その瞳は興奮により、禍々しく充血していた。目の前の覆面の男を馬鹿に出来ていることに対する歓喜のようなものが、その全身から感じられた。
しかし、その充血した目が、次の瞬間消えていた。
「え」
短い声を上げる店主。突然目が見えなくなったことからくる動揺が、彼にそんな声を上げさせたのだろう。だが、それっきりであった。それっきり、店主の声は途切れた。
彼の後頭部から、鮮血と脳漿が噴き出していた。その後頭部には細長い切れ目の様な穴が穿たれており、その穴は彼の眼窩から続いていた。何者かに、店主は頭部を抜かれていたのである。
瞬間、ラムドレーは青ざめた顔で、その眼窩へと続く射線上に居る人間の方を向いた。
「誰のせいで、・・・誰のせいでパパがこんなことやってると思ってんだよ!!この塵屑野郎がぁ!!!」
そこには、人差し指で店主の体を指さしながら、憤怒のあまり顔を青黒くしているリムードの姿があった。リムードは、殺しても尚腹の虫が収まらないらしく、唾を飛ばしながら血をシュルシュル吹き上げている死体に罵声を浴びせ続けた。
「糞がっ、糞がぁっ、糞がああっ!!!壁蝨野郎が蛆野郎が!!!テメェのせいでパパは今やりたくもねぇ汚れ仕事に手ぇ出してんだろうが!!!テメェがあの時パパを死因で差別したから、今こうしてこんな薄汚ぇ路地裏に立ってるんだろうが!!!それなのにテメェまるでパパが根っからの悪者みたいにぐちゃぐちゃとほざきやがって!!!そんなんだから死ぬことになんだよ!!!ギャハハハハ!!!!殺してやった!!!!殺してやったぞ!!!!私が殺してやったんだ!!!!!ざまぁみろ!!!!ざまあみろよ!!!!!謝れ!!!!パパに謝れよ!!!!!喉が腐って舌が強張って口に蛆が湧く前に、そのくっせぇ脳漿と血で汚れまくった頭地面に擦り付けて許しを請えよ滓がぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!」
半狂乱。その言葉程今のリムードに当てはまる言葉は無かった。怒りで顔をひきつらせながら、しかし口元には哄笑を浮かべて、汚物と化した死骸に罵詈雑言を吐き掛けるリムードの姿は、悪魔そのものであった。
自分が父の役に立てていないことへの無力感や、父に犯罪に手を出させてしまっていたことへの罪悪感、そして、そんな父の苦労も知らずに、のほほんと彼の脛を齧っていた自分への嫌悪感が、凶暴で残虐な狂気となって彼女の全身から噴出していた。
「リムード・・・」
優しかった娘の豹変。それを目の前にして、ラムドレーはただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
そんなラムドレーに対し、今まで沈黙を保っていたダニーが横から静かに言った。
「・・・死体は俺が何とかする。だから、あの女をアジトに連れて帰ってくれ。危なっかしくて見ちゃいれねぇよ」
ラムドレーは力無く頷くと、未だに死体を詰りながら、それに留まらず蹴りまで入れているリムードに、歩み寄っていった。
しかし、ダニーももう少し上手くやれないんでしょうか。




