ある罪人の死後 その壱
ねーちゃん!いつかっていまさッ!
「・・・ん?」
目を覚ませば、そこは闇だった。
「・・・私は、死んだのか?・・・とすれば、ここは死後の世界?」
なにやら柔らかな感触を背面に感じながら、ラムドレーはそう呟く。そして、視線を広がっている闇に投げながら、思案する。
(・・・死後の世界は、何も無い闇の世界だったのか)
「グッドモーニング!」
「へぁっ!?」
眼前の闇の外からの声によって、思考をぶつ切られたラムドレーは、そんな素っ頓狂な声を上げた。その反応のワンコンマ後、ラムドレーの眼前の闇の中に、色の白い中年の男の笑顔が入り込んできた。
目を丸くするラムドレーに対し、中年男はそのU字に曲がった口を開いて、言った。
「ようこそ死後の世界、死界へ!歓迎しますよラムドレーさん!!」
「デ、死界?・・・いや、それより貴方は何故私の名前を?」
そう問いかけるラムドレーに対し、中年男は答えた。
「それは私がこの施設、”死者の家”の職員だからですよ!ここの職員は、貴方の様な死界に来たばかりの人にこの世界の事を教えるという役目を担っていて、そしてその役目の遂行をよりスムーズにするために、その人の名前を事前に知っているんですよ!」
「は、はあ・・・」
まだ状況を完璧に把握できていない状態のラムドレーは、困ったように視線を男から闇へと逸らす。その時初めて、その闇が只の黒い壁であることに気付いた。
その後、その中年男に死界についての説明をしてもらい、他の死者の踏むべき行程を全て踏んだラムドレーは、死者の家のエントランス部分に居た。
(・・・しかし、心象かぁ・・・。どうやら、死後の世界のシステムは、現世の人間の想像の斜め上を行っているらしい。・・・でも、爪が伸びる心象とはねぇ。あれかな、死ぬ間際に凄く爪が伸びていたからかな)
そんなことを考えながら、自分の爪をまじまじと見つめるラムドレー。
そんなラムドレーを、呼ぶ声がした。
「パパ・・・?」
「ん?って、リムード!?」
ラムドレーの視線の先には、先程の彼の様に目を丸くした、愛娘の姿があった。
「パパぁ・・・。良かった、会えた・・・」
そう言うと、リムードは目を潤ませて、ラムドレーの胸に飛び込んできた。その体を、ラムドレーは優しく抱きとめて、微笑んだ。
「・・・ああ。パパも、お前に会いたかったよ、リムード」
「こっ、これからもっ、ずっと一緒にっ・・・、暮らそう・・・ね・・・!!」
「ああ。勿論だ。ママやお婆ちゃん、お爺ちゃんも一緒にな・・・」
ラムドレーのその言葉に、リムードは腕の中で小さく頷く。が、少ししてからひょこっと顔を上げた。
「・・・でも、ママ達って今どこに居るの?死界って広いんでしょ?・・・職員の人に聞いたら、分かるかな?ちょっと、聞いてくるね」
そう言うと、リムードは近くに居た黒い髪をした女性職員の方へ行き、少し話してからラムドレーの方へ帰ってきた。
ラムドレーは問う。
「どうだった?」
「事情を話したら、『データベースに情報があるだろうから、ちょっと調べてきます。5分くらい待ってて下さい』って言って貰えたよ!」
リムードが嬉しそうにそう答えるのを聞いて、ラムドレーも顔を綻ばせた。
それから少し経ってから、その女性職員が帰ってきて、二人に調べた情報を提供した。その情報によると、リジッド達はそれぞれ、かなり遠くの土地で生活しており、会いに行くには多額のDPが必要になるらしかった。それを聞いた後、二人は女性職員に礼を言ってから、再び話し始めた。
「どうする?私達今、無一文だよ?」
リムードのその問いに対し、ラムドレーは答えた。
「この施設の中にハローワークがあるらしいから、そこで働き口を見つけよう。なるべく早くから働けるようなところを」
ハローワークには、30代程の女性職員が一人いた。他の職員達の姿は無い。昼食でも食べに行ってるのだろうか。だが、幸いなことに他の客は居らず、長い行列の中待たされるようなことは無かった。リムードが少し離れたところから見守る中、ラムドレーは用意してある椅子に座り、軽い挨拶をした後、事情を職員に話した。
「そうですねぇ・・・、今従業員を募集しているようなところは・・・ここぐらいでしょうか・・・」
ラムドレーに対し、女性職員はそう言って、とある企業名が書いてある紙を見せた。
「成る程成る程、店主による面接の後その場で合否判定をして、合格ならば翌日からでも勤務可能か。それは良い。そこにします」
その紙の内容を見てそう言ったラムドレーに対し、しかし何故か女性職員は浮かない顔で囁いた。
「あのう・・・紹介しといてこんなことを言うのもなんですけど・・・ここは止めておいた方が良いかもしれませんよ」
「えぇ?そりゃまたどうして?」
ラムドレーがそう問うと、女性職員は囁き声で答えた。
「実はこの職場、あんまり評判が良くないんですよ。何でも、店主の人柄が悪いみたいで・・・」
「ひ、人柄が悪い?・・・うーん、でも・・・仕事が無いと娘を食わしていくことが出来ないし・・・」
そう言って少しばかり黙り込み考えるラムドレーだったが、すぐに女性職員の方を見て、言った。
「・・・・・・一応、面接だけでも受けてみます。そうすれば、その店主の人格が少しは分かるかもしれませんし」
「・・・そうですか。・・・分かりました。・・・では、面接に必要な履歴書の紙をお渡しします」
そう女性職員が言った時であった。
「すみません。その履歴書を、私も貰えませんか?」
それまでずっと黙って傍観を貫いていたリムードが、口を開いたのだ。
そんなリムードに対し、ラムドレーは驚いて言った。
「ちょっ、リムード!お前にはまだ労働は早いよ!もう少しこの世界で経験を積んでからでも・・・」
しかし、リムードは首を横に振って言った。
「・・・でも、このままパパの脛を齧っていたんじゃ、私自分で自分を許せないよ。ね、パパ、お願い。私に、パパの手助けをさせて?」
「リムード・・・」
娘その言葉に対し、少しの間ラムドレーは口を噤んでから、吐き出すように言った。
「・・・仕方ないな。・・・でも、無理はしちゃ駄目だよ?私は、お前が一番大切なんだから」
「・・・えへへ、分かってるよパパ。・・・ありがとう」
その『ありがとう』は、仕事を許してくれたことに対してのものなのか、それとも自分を愛してくれていることに対してのものなのか。真相はリムードにしか分からなかった。
記入すべきことが全て記入された履歴書を持ち、二人は件の店を目指し町の中を歩いた。アポは既にあのハローワークで取ってある。後はもう面接を受けるだけであった。
歩きながら、ラムドレーはリムードに問いかける。
「でもお前、良いのか?面接先の店の店主は人柄が悪いって、さっきの職員さんは言ってたけども」
「大丈夫だよ。パパの生活を助ける為なら、そして、ママと再会する為なら、私はどんなことだって我慢するよ」
その言葉に、ラムドレーは口元に微笑を浮かべて、言った。
「・・・本当にお前は、良い子だねぇ・・・。私には過ぎた娘だよ、全く・・・」
「・・・えへへ、そう言われると、何か照れくさいな・・・」
そういって、リムードは赤くなった頬を掻いた。
それから4分ほど会話をしながらの歩行を続けた後、二人は目的地である店に着いたのであった。
店に入ったラムドレー達の目にまず最初に入ってきたのは、様々な種類の文房具であった。いや、正確には文房具が並べられた棚であろうか。ニスを塗ってあるのか、その棚は茶色であるにも関わらず、綺麗に輝いていた。そして、その美しい褐色が、その上に置かれている文房具の数々の魅力を一層際立たせている様に見えた。
「あんた達か。今日面接に来たっていうのは」
それらの光景に目を向けている二人の耳が、陳列棚とは別の方向から発せられた声を捉えた。そちらを見れば、そこには黒い髭を生やした小太りの男が立っていた。その小さな黒子が近くにある若干垂れ気味の目が二人をしげしげと見つめ、その髭の濃い口元が動く。
「付いて来い。面接してやる」
男はそんな言葉と共に二人に背を向け歩き出した。
「わ、分かりました」
ラムドレーはそう言うと、その男の背中を追った。リムードもラムドレーを追う形で後に続いた。
陳列棚の向こうにあるレジの、そのまた更に向こう側にある鼠色の扉の前で、男は立ち止まる。そして、そのドアノブをガチャリと回し、扉を開いてから言った。
「この扉の向こうで面接をやる。入れ」
「し、失礼します」
「・・・失礼します」
ラムドレーとリムードはそう言うと、中に入った。男は彼らが室内に入るのを確認してから、自らも中に入り扉を閉めた。
室内には、二脚の少し錆びついたパイプ椅子と、一脚の上等な革製の黒い椅子、そしてそれらの椅子に挟まれるように、机が一台置かれていた。
「座れ」
男は上等な方の椅子に腰かけてから、見るからにボロっちいパイプ椅子を顎で示して、二人に命令口調でそう言った。その態度に若干リムードはムッとするが、ラムドレーが言われた通り椅子に座るのを見て、込み上げる負の感情を何とか抑え込み自分も椅子に座った。キィ、という椅子の軋む耳障りな金属音が響いた。
それを確認すると、男は口を開いた。
「よし、じゃあ今から面接を始める。取りあえず履歴書を見せろ」
「どうぞ」
ラムドレーはそう言って、履歴書を男が読みやすいように向きを変えてから、机の上に置いた。
「・・・」
リムードは無言のまま、履歴書を机の上に置いた。心中穏やかでは無かったが、父を見習ってその向きはちゃんと変えた。
「・・・」
男は黙ってそれを手に取り、目を通す。文字列に沿って視線を横に横にとスライドさせる。だが、その一定の速さで横へと移動していた目の虹彩が、ピタリと止まった。
「・・・『長爪』に、『射爪』か」
男の口からそんな小さな呟きが漏れる。その呟きを耳に受け、ラムドレーは疑問を抱いた。
(・・・?・・・今、この人が口にしたのって、私たちの心象の名前だよな・・・?・・・気になったのかな・・・この店の業務に、心象が必要になるとは思えないけど・・・)
そんなことを考えるラムドレーであったが、しかし別段重要なことではないと判断し、気にすることを止めた。
再び男の虹彩が動き始めてから、二十秒ほど経ってからのことであった。
「・・・おい、アンタ等」
突然、男が顔を上げて言葉を発した。
「?何です?」
ラムドレーがそう問えば、男はこう言った。
「アンタ等の死因、自殺なんだって?」
「・・・はぁ、そうですが・・・それが何か?」
ラムドレーが再び問い返すと、男は口元を僅かに歪めて、言った。
「・・・自殺するような軟弱者を、うちの店で雇う訳にはいかねぇなあ」
その言葉に、呆然とするラムドレー。何故なら、
「・・・待って下さい。死界では、死因による就職差別は禁じられている筈です」
リムードが言った。そうである。その様な説明をあの後ハローワークで受けていた為に、ラムドレーは男の言葉を受け、唖然としたのである。
しかし、そんなリムードの言葉を受けても、男は余裕綽々といった様子で返した。
「そのルールが適用されるのは、天番の保護を受けてる仕事だけだよ。この店はそんな保護下の店とは違って、俺が立ち上げて俺が切り盛りしてるから、そんなルールに従う必要は無ぇんだ。まあその代わり、売上が悪くなっても天番から補助金を貰うことは出来ねぇから、何かあったら即生活に困っちまうけどな」
「そ、そんな・・・」
リムードはショックからそんな弱々しい言葉を漏らす。
「分かったらとっとと失せろ。腑抜けが移る」
しかし、そんなリムードに対して男は容赦ない言葉を放つ。性格が悪いという前情報は、やはり間違っていなかったようだ。職人肌の人間から真っ直ぐさを引いたような男であった。
しかし、そんな悪辣な態度を前に、ラムドレーは言い返すこともせずに立ち上がり、言った。
「・・・帰ろう、リムード。これ以上ここに居ても仕方が無い」
「・・・うん」
父の言葉に、リムードは少しだけショックが抜けたのか、そう頷いてから立ち上がった。そして、二人は男を一瞥することも無く、部屋を後にした。
はい。今度こそ書き溜めが尽きました。それでは皆様またいつか。




