手は届かせる、救ってみせる
あと一話投稿したら、書き溜めは尽きます。ホントすんません。
「がはぁ!?」
血を流し、反吐を吐き散らし、ラムドレーは後方に吹っ飛んだ。衝撃で刺さっているガラスが、殆ど肌から抜け落ち、宙に舞う。出血に対し、あまり深くは刺さっていなかったようだ。
「っぎぃい!!」
そんなラムドレーに対しダイゴは、ダイブの勢いで宙を駆けながら奇妙な呻き声を上げる。
何故攻撃した方のダイゴがそんな声を上げるのか。理由はその体にあった。
(やっぱ、痛ぇな・・・!)
心の中でそんなことを呟くダイゴのその腕や胴には、何本もガラスの破片が突き刺さっていた。先程の接触時、ラムドレーの体に刺さっていたガラスが、その体に入ってしまったらしい。その宙を舞う筋肉質な体は、赤一色の虹を描いていた。
しかし、そんなことよりももっと深刻なことが起ころうとしていることに、ダイゴは滞空しながら気付く。
(アレ、このままじゃあ俺落ちる)
ダイゴの体の向かう先。そこには先程ダイゴがガラスを破ったせいでポッカリと大穴が空いた、窓が待ち構えていたのである。
咄嗟に体をよじって向きを変え、転落を免れようとするダイゴであったが時既に遅し。その血の羽衣を靡かせる体は、滑稽なほどスルリと窓を抜け、地面の方に落下を開始した。
「っくぅ!コナクソォ!!」
しかし、ダイゴも重力に身を任せただ死を待つようなことはせず、代わりにそんな気合いの咆哮と共に、ギリギリ窓から出切って居なかった左腕で窓縁をむんずと掴み、間一髪空中で踏みとどまる、もとい掴み留まった。
しかし、そんなダイゴの視界に、あるものが映る。
(・・・ラムドレー)
そこには、背中を地面に向けながら落ちていく、ラムドレーの姿があった。
それを見て、ダイゴは反射的に、残った右手でラムドレーの左手を掴んだ。
瞬間、大柄なラムドレーの全体重が、ぐんとダイゴの右腕を通り、左手に伝わる。その負担は、現在かなりの重症を負っているダイゴにとっては、決して軽いものでは無かった。しかし、それでも、歯を食い縛りながら、体から血を噴き出しながら、決してダイゴはその手を離そうとはしなかった。
「な・・・何を・・・しているんだ・・・君は・・・」
そんなダイゴの行動に驚愕していたのは、ラムドレーであった。己の左手を伝うダイゴの血が、ラムドレーに事の異常さを嫌がおうにも理解させた。
この少年は、自らの体に穴を穿ちまくった男を、その穴だらけの体を酷使して助けようとしている。
その事実を理解した瞬間、しかしラムドレーは我が目を疑った。そして、その疑惑と戸惑いとに満ちた目で、ダイゴを見上げて叫ぶ。
「・・・君、馬鹿か!?今自分が何をしているのか分かっているのか!?君は私の左手を、このままの状態で心象を発動すれば、間違いなく君を爪で穿てるこの私の左手を掴んでいるんだぞ!!?」
確かにラムドレーの左手はダイゴの胴に爪先を向けていた。しかし、右手の方は糸が切れたようにぶらーんと下に垂れている。どうやら、先程の漢大武で背骨が折れた際、右手の神経も切れてしまったようだ。
そんなラムドレーのその言葉に対し、
「あ、マジだ!この手の位置やべぇ!!」
と今さら気付き慌てるダイゴ。しかし、それでもその右手は解かれない。
そんなダイゴにラムドレーは静かに言う。
「・・・そうと分かれば早くこの手を離しなさい。私にだって、・・・今までやってきたことに対する罪悪感はあるんだ」
だが、そんなラムドレーに対しダイゴは焦った様に言う。
「ば、馬鹿言ってんなよオッサン!アンタは下が見えてねえからわかんねえかもしんねぇけど、こっから下までスゲェ高いぞ!?落ちたら死ぬぞ!!?」
そう言うダイゴの視線の先には、かなり下に横たわる地面があった。先程まで自分達の居た部屋は二階に位置していた筈だが、階段が普通よりも段が多かったのか傾斜が高かったのか、とにかく実際の高さはビルの四階部分程は、地面から距離が空いていた。
しかし、そんな中でラムドレーは言う。
「知ってるよそれぐらい!でもそれで良いんだよ!私はどうせこのままだと逃走は無理だ!だから捕まる前に、一度自分でケジメをつけておきたいんだよ!!」
そんなラムドレーに対し、ダイゴは眉をひそめて叫ぶ。
「ケジメって、テメェ死ぬことがケジメになると思ってんのかよ!?」
そんなダイゴに負けじとラムドレーは叫ぶ。
「思わないさ!だが、こうでもしなきゃ私は自分の中の罪悪感に押し潰されてしまう!!つまるところ私は逃げたいんだよ!!!自分からね!!!」
「・・・・・・!!」
ダイゴは黙った。無論、目の前で展開されているのはとんでもない暴論だということは分かっている。しかし、目の前で必死に叫ぶ男の姿があまりにも哀れに見えたため、ダイゴは何も言うことは出来なかった。
沈黙するダイゴに対し、ラムドレーは今度は諭すような口調で言う。
「・・・私の言っていることが、筋の通らない事だというのは、十分承知だ。・・・分かったかい?私は、こんな世迷い言を吐く程どうしようもない男なんだ。・・・だから、早く手を離しなさい。こんな男と共に心中するなんて、君だって嫌だろう」
その瞬間のその言葉に、ダイゴはハッとした。
「・・・アンタ、俺を死なせたくねぇのか」
刹那、ラムドレーの表情が強張るのを、ダイゴは見逃さなかった。
ダイゴは続ける。
「・・・考えてみりゃ、アンタ今まで俺を爪でぶち抜く時、必ず急所以外のところぶち抜いてたよな」
ダイゴがラムドレーに筋肉固めをかまそうとして無防備な状態になった時も、ラムドレーは頭ではなく腕を貫いていた。やろうと思えば、あの時勝負を決められたのにも関わらず。
「それになにより、アンタ急にキャラ変わりすぎだ。何だよ罪悪感って。何だよケジメって。・・・もしかしたら、アンタの心に本当にそんな思いも有るかもしんねえけど、でも今まで捕まるまいと足掻いてた人間が、急にそんなことを言い出しても、違和感有りまくりだぜ」
そのダイゴの言葉に対し、ラムドレーは少し顔をしかめてから、叫んだ。
「うるさい!!こ、これ以上掴んでたら、本当に左手の爪を伸ばすぞ!!そうしたら私だけじゃなく君も死ぬ!君がどんな選択をしようと、私の死は絶対だ!!」
「じゃかあしいんだよ馬鹿野郎!!伸ばしたきゃ伸ばしやがれ!!人を見殺しにするよか、体に物刺される方が慣れてんだよ俺は!!!」
だが、ダイゴの右手はその叫びに対し、更にぎゅっと掴む力を強めただけであった。
そんなダイゴに対し、ラムドレーは目を見開き、口も呆けたようにポカンと開いた。しかし、その顔を数秒続けた後、彼の口許には薄く笑みが滲んでいた。
僅かにつり上がった口の隙間から、ラムドレーは言う。
「・・・参ったな。私が心象で伸ばせるのは、右手の人差し指の爪"だけ"なんだけどな」
刹那ダイゴの脳裏に浮かぶのは、先程のラムドレーとの戦い。確かに、彼は一度も右手の人差し指以外の爪は伸ばさなかった。左手の人差し指も、向けて牽制するだけで、実際に爪を伸ばすことは無かった。
つまり、今までの脅しは全てハッタリだったのである。
「な、何だよ脅かしやがって・・・」
全てを理解したダイゴはホッとしながら言う。
そんなダイゴに対し、ラムドレーは返した。
「・・・賭けだったんだ。君の手を離させて、私を殺して君を助ける為のね。でも、結果は私の惨敗。君は私の脅しに屈せずに、私を助けようとする。・・・・・・本当に君は馬鹿だ」
そう言ってラムドレーは軽く笑う。そんなラムドレーに対し、ダイゴも若干笑って言う。
「どうやらオッサンも知らねえみたいだな、あの言葉を」
「あの言葉?」
聞き返すラムドレーに、ダイゴは言った。
「『愚者にも一得』って言ってな・・・」
その時だった。
ズルリ、とダイゴの掌が、汗と血のせいで掴んでいる窓縁から滑り出し始めた。
「うおわっ!?やべぇ!!」
咄嗟に心象により握力を強化するダイゴだったが、若干滑る速さが落ちただけであった。
そんなダイゴの様子を見て、ラムドレーは何が起こっているのかを察し、静かに言った。
「・・・ダイゴくん、だったかな。・・・離しなさい、私の手を。そうすれば両手で窓縁を掴んで、そのまま部屋に戻ることだって可能になる。第一、私は本当に死にたいんであって、と同時に君を死なせたくないんだ。更に言うならば死界ではDPを払えば何度でも復活出来るんだから、今敢えて私を助ける必要はどこにも」
「うるせぇ!生きろ!!」
ラムドレーの言うことは、死界では通用する正論であった。だがしかし、それでもダイゴは、右手を離すことは出来なかった。
だが、運命は時に残酷だ。必死でラムドレーを助けようとするダイゴの左手は、一向に滑ることを止めず、そして遂に、
ズルッ!
という音と共に、二人はそのまま高所から、転落したのである。
「・・・まさか、これを見越して?」
「・・・いや、忘れてた」
次の瞬間大気を揺らしたのは、下一面に積もる泥濘がクッションとなったお陰で一命をとりとめた、ラムドレーとダイゴの声であった。
泥濘に、少年と中年が倒れている。
「・・・空が青いなぁ・・・オッサン」
大の字になって泥濘に寝転がりながら、ダイゴが言う。その体にはガラスの破片が刺さったままだ。幾らか止まっているとはいえ、幾つもの血液の筋も流れていた。
「・・・そうだねぇ」
同じく大の字になって空を見上げながらラムドレーが言う。その体は、ガラスは先程の漢大武で殆ど抜け落ちて無くなってはいるものの、未だに背骨骨折という重篤な状態にあった。
片や出血多量、片や脊椎損傷という互いに満身創痍な状態で、しかし二人は共に穏やかな表情で空を見上げていた。まるで、殴り合いの喧嘩をした青春真っ只中の親友同士がする様に、二人は青空に目を奪われていた。
「・・・久しぶりだなぁ、空を見上げるのは」
ラムドレーが、ポツリと呟く。
「・・・え、何でだ?」
空を見上げたまま、視線を変えずにダイゴが問う。
同じく空を見上げたまま、視線を変えずにラムドレーは答えた。
「・・・そりゃあね、私犯罪者だからね。・・・こんなに汚い目と心で、こんなに綺麗な空と太陽を見るのは、気が引けたのさ」
「・・・ふーん」
ダイゴは一言そう漏らしてから、ふと青空の中に虹を探し始める。しかし、勿論そんなものはとうに無い。大方、ダイゴが気絶してから目を覚ます迄の間に、空に滲んで消えたのだろう。それを確認して、一息吐き、そしてダイゴは言った。
「・・・アンタ、本当に人殺しなのか?」
「・・・・・・・・・」
黙って空を見つめるラムドレー。その口は閉じられたままだ。
「・・・まぁ、良いさ。どっちにしろ、アンタは逮捕されちまうからな」
そう呟くダイゴの瞳が僅かに揺らいだのは、一体どんな思いがその脳を横切ったからなのか。
そんなダイゴの言葉が発せられてから、三十秒程経った後。
「・・・なぁ、ダイゴくん。青空のBGM代わりに、私の自分語りを聞いてもらえないかい」
ラムドレーの口が、開いた。
「・・・自分語りを聞くのは嫌いじゃねぇ。良いぜ、望むとこだ」
ダイゴは一言、そう返した。
「・・・物好きだな君も」
「・・・自分語り聞かねーぞコノヤロウ」
ラムドレーの軽口に、ダイゴは先の闘いで切れた唇を吊り上げて、笑った。
そんなダイゴの反応に対し、ラムドレーも釣られたように笑ってから、青空に目をやったまま、ポツリ、ポツリと話始めた。
※
女の子よりも先に中年男性を助ける主人公が居ても良い。自由とはそういうものだ。




