筋肉式☆この距離ならバリアは張れないな!
仮面割れの格好良さを、僕はダディの勇姿に教えてもらいました。
※
「・・・」
ダイゴは無言のまま、切り裂かれた自分の頬を知覚する。
(左頬に横一閃・・・結構痛ぇが、致命傷じゃねぇ。・・・だが、)
汗と血を滴ながら、ダイゴは前方を見据える。そこには、現在進行形で右手の人差し指の爪を伸ばし、ダイゴの頬に切れ目を入れながら壁を穿っているラムドレーの姿があった。
ラムドレーは、ダイゴと同じように無言のまま立っていた。その姿は、背後のガラスから差し込む光で影となり、妙な威圧感をダイゴに与えていた。
一瞬その姿に身震いしかけるダイゴだったが、直ぐに歯を食い縛り震えを止める。
(・・・ビビってんじゃねえぞ俺!この程度で怯んでたらお話になんねぇんだ!気張れ男大山大悟!!)
そう決めてから、ダイゴは浅く呼吸して気持ちを整え、そして次の瞬間爪から頬を離し、ラムドレーに向かって踏み出した。
(取り敢えず"漢大武"だ!一気にすげえ勢いで突っ込みゃ、弾みで勝てるかもしんねぇ!)
なんともお粗末な考えを抱きながら、足に力を込めて一気に加速しようとするダイゴ。しかし、あまりにもそれは愚策であった。
「させないよ!」
次の瞬間、駆け出すために身を低くしようとするダイゴの左掌に、白い爪が突き刺さっていた。
「ぎゃっ!?」
完全な体勢に入る直前で左掌を貫かれた為に、勢いを殺されて必殺技が不発に終わってしまうダイゴ。しかもその爪により発生している激痛のせいで、ダイゴはそのまま棒立ちになってしまう。
苦悶の表情を浮かべたまま、身動きが取れないダイゴに対し、ラムドレーは汗を流しながら言う。
「"おとこダイブ"とかいう技を全力で放たれたら、さっきみたいな奇跡でも起きない限り私の身体能力では避けることは不可能だからね。だから君が飛び出す前に、動きを封じさせてもらったよ」
その言葉に対し、ダイゴは激痛で目を白黒させながら言った。
「こ、この程度で俺の動きを封じただとぉ・・・!?馬鹿言うんじゃねぇぜオッサン!うぉらああああああああ!!!!」
そんな咆哮と共に、ダイゴは掌を貫通させたまま、ラムドレーに向かって駆け出した。血が潤滑油になり、滑るようにラムドレーの爪はダイゴの掌に出来た穴を通り抜けていく。無論伴う痛みも半端ではなかったが、そこは気合いで耐えるダイゴであった。
そんなダイゴに対し、ラムドレーは焦る。
(な、何て無茶なことを!!この少年には痛覚が無いのか!?くそっ、取り敢えずここは爪を抜いて距離を取ろう!!)
刹那、目にも留まらぬ速さで爪がラムドレーの右人指し指の指肉の上に収まるように戻る。
しかし、それはダイゴにとって好都合であった。爪が左掌の中から外れることで、左腕を自由に使える様になったからだ。
「おっしゃいくぜぇ!!ウィィィィィ!!!」
ダイゴは走りによる勢いそのままにラムドレーに飛びかかり、左腕による上からの降り下ろしラリアットを繰り出した。
「うわっと!」
しかしその攻撃はあまりにも大振りだった。ラムドレーはそのラリアットをしゃがむことによりギリギリで回避、ダイゴはラムドレーの後ろに存在していた空間に落っこちた。
「でぃぃえすっ!?」
間一髪体を捻ることで脳天からの落下を回避するダイゴだったが、その代わりに背面から床に激突し、背骨に走る痛みに声を出した。
「ちっきしょお・・・・・・」
そんな言葉を漏らしながら立ち上がるダイゴ。何だか今日は勢い余っての自爆が多い気がする。
しかし、その時ダイゴの頭にある考えが浮かんだ。
(そうだ!ゼインの時のナイフみたく、敢えて体に刺さして直ぐに筋肉固めて捕らえれば良いんじゃね!?)
良くない。
しかし、ダイゴは思い立ったが吉日とばかりに立ち上がると、いきなり両腕を広げラムドレー目掛けて叫んだ。
「おいオッサン!俺は逃げも隠れもしねぇ!!だから思う存分に打ってこい!!」
「わ、分かった」
ラムドレーは戸惑いながらもダイゴの左上腕に向かって右爪を伸ばし、ブスッと貫いた瞬間に爪を戻した。
「はいタンマ!!!」
敵に対し何故かそんな鬼ごっこの最中に捕まりそうになった子どもが鬼役の友人に言うような台詞を吐くダイゴ。危機感を母の胎内に置いてきたのかこいつは。
(うん無理だこの作戦!!なんだあの伸縮スピード!?銃で筋肉ぶち抜かれたかと思ったわ!!?てか良く考えたら今の攻撃でヘッドショット食らってたら詰みじゃねぇか!!馬鹿か俺は!!!)
馬鹿だお前は。
(何だ彼は・・・!?一体何がしたいんだ・・・!?あまりにも不可解な行動が多すぎるぞ・・・!?ハッ、まさか!!私を何らかの罠にかけようとしているのか!!?)
しかし、そんなダイゴのあまりの無鉄砲ぶりに、ラムドレーはありもしない罠を疑い、追撃の爪を放てずにいた。世の中何が功を奏すか分からないものである。
そんなラムドレーの心理は露知らず、ダイゴは奇跡的にゲット出来たシンキングタイムで、足りない脳味噌を必死こいて絞っていた。
(どうする!!?筋肉固めは駄目だし、しかも今回もゼインの時とは違ってポケットに飛び道具になりそうなもんは無い!!・・・何とかして、距離を詰めねえと勝負にもなんねぇし・・・!だが距離を詰めるためにはあの爪ん中掻い潜ってかねぇといけねぇし・・・!!・・・そうだ!!)
そこまで考え、ダイゴは再びラムドレーに向かって駆け出した。
「ひえっ!?糞、来たか!!」
ラムドレーはおっかなびっくりしながらも、ダイゴに対し右の人差し指を向けようとした。
「回避ぃ!!」
しかし、ラムドレーの右指がそちらを向いた時には、既にダイゴはその指の射線上から離れたところに、サイドステップで移動していた。
(指がこっちを向くまでに回避すりゃ、爪に当たるこたぁ無いって寸法だぜ!!我ながら名案だ!!!)
そんなことを考えながら、若干ドヤ顔を浮かべるダイゴ。しかし名案というにはあまりにも身体能力任せでは無いだろうか。今回もお得意の筋肉理論かこの脳筋。
しかしそんな腹立たしいドヤ顔の時間は長くは続かなかった。回避を終えたダイゴに対し、ラムドレーが間髪入れず左人差し指を向けたのだ。
「おわっ!?あっぶね!!」
咄嗟にサイドステップでその指先から逃れるダイゴ。しかし、それを待っていましたとばかりに、ラムドレーはその回避先目掛けて右指を向けた。
「どわぁっ!!」
横っ飛びによりその右指先からも逃れる。そんなダイゴの視界端が、先程まで自分の左肩があった空間をラムドレーの右人差し指の爪が貫いているのを捉えた。そして、ラムドレーの左人差し指が自分の方を向こうとしているのも。
その後、暫く同じことが続いた。ラムドレーが右人差し指をダイゴに向け、それをダイゴがかわし、そこにラムドレーが左人差し指を向け、それをダイゴがまたかわし、そこに再びラムドレーが右人差し指を向けるといった、そんなことが。
10分後。
「ぜぇっ・・・!はぁっ・・・!」
ダイゴの体は汗だくになっていた。そして体の端々には、避けきれないことで付いた数々の爪痕が刻まれていた。
対しラムドレーは緊張による精神的な負担からくる冷や汗以外に、何の汗もかいていなかった。それもその筈、慌ただしく動かねばならないダイゴに対し、ラムドレーは両手の人差し指を動かせば良いだけだったからだ。運動の差は、疲労の差に直結する。現在二人の間には、かなりの疲労感の隔たりがあった。
「・・・どうだい。このまま諦めて、私と娘を見逃してはくれないかい」
「ぜぇっ・・・!!ぜぇっ・・・!!・・・へへっ、残念だがオッサン、まだまだ足掻かせて貰うぜ・・・!!!・・・げほっ・・・!!」
肩で息しながら不敵気取りに笑うダイゴ。しかし、その身から滴る汗が、ダイゴの多大な疲労を如実に表していた。
だが、疲労の差だけがダイゴにとっての悪条件ではなかった。
長い距離を易々と貫く爪を持つラムドレーと、力任せに突っ込むしか距離を潰す方法の無いダイゴ。リーチの差は無論歴然。
一応、リーチの差を覆して勝利した『対ゼイン戦』という経験も、ダイゴにはある。しかし、今回の相手はゼインの時よりも格段に速く、尚且つ今回の自分はゼインの時よりも格段に備えが無い。
ダイゴにとってこの勝負、あまりにも分が悪かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ダイゴの血と汗が床に滴る音だけが、空間に響く。その小さな水温が、室内の沈黙を輪をかけて寂とさせていた。
「・・・漢大武!!!」
その静寂を先に破ったのは、案の定悪くなっていく状況に痺れを切らしたダイゴだった。ダイゴは己の技名を叫び自らを鼓舞しながら、ラムドレー目掛けて加速する。
しかし、度重なる疲労により、その技は最初の様な鋭さは無くなっていた。
「くぁっ・・・!!」
速さが足りない漢大武は、只の直線的な体当たりだ。故に己の体力にあまり自信が無いラムドレーでも、ギリギリ避けることが出来た。
回避と共に、ラムドレーはダイゴのダイブ開始地点に移動する。と、同時に、
カシャアンッ、という音を立てながら、ダイゴがさっきまでラムドレーの居た場所にあったガラスに頭から突っ込み割った。ダイブの勢いが殺せなかった故に起こったことであった。
「いっつつ・・・」
破片が飛び散った床に倒れながら、ダイゴは額に痛みを感じて呻く。そっと触れてみれば、ヌルリとした暖かい何かを指の神経が感知した。
血だった。
ダイゴは、割れたガラスによって額を深く切っていた。
「チキショウ・・・!」
しかし、額から血を流しながらも、ダイゴはフラフラと立ち上がる。そこで倒れていたのでは、次の瞬間にでも体を爪で貫かれてしまうかもしれないからだ。
「・・・酷い怪我だな、君」
何故かダイゴが立ち上がる間に攻撃を仕掛けなかったラムドレーが言う。その声からは、心配の感情も薄く滲んでいた。
だが、それには気付かずに、ダイゴは言う。
「額の傷は男の勲章だ。父ちゃんが言ってた」
「そ、それは中々・・・雄々しいお父さんで」
この状況で普通ならまず言わない様なボケたことを抜かすダイゴに、ラムドレーは若干引きながら言った。しかし、その後直ぐに何かを考えるように、視界の端でダイゴの姿を監視し続けながら目を伏せた。
そんなラムドレーを見て、ダイゴは思う。
(戦闘中に考え事かよ、随分余裕かましてくれんじゃねえかチキショウ。・・・だが、その余裕すら何らおかしくねえくらいこっちが不利なのもまた事実だ。・・・どうする)
と、その時、ダイゴの額から血が垂れ、左の視界に赤い幕がかかった。忌々しげに目に入った血を擦り落としながら、ダイゴは思考に雑念をいれる。
(クソッ、勲章いてえなチクショウ!身体中に付いたどの傷よかザックリいっちまったみてぇだ!どんだけガラス鋭利なんだよ!!・・・ん?)
その時、雑念の中に輝く、一つの発想をダイゴの脳味噌は見つけ出した。
「おいオッサン!!」
「ひょえっ!?な、何!!?」
考え事から覚めるように肩を震わせて、その目覚まし時計代わりとなった声の方を向くラムドレー。その視界には、
「これで互いのリーチはイーブンだぜ」
両手の人差し指、中指、薬指、小指の隙間に、それぞれナイフのように尖った形状のガラスを挟み、白い歯を剥き出しにして笑うダイゴの姿が映った。
「食らいやがれぇ!!!」
そんな声と同時に、ダイゴは両手のガラスを、腕を振りながら指を離すことでラムドレー目掛けて投擲した。
そのガラスの刃は風切り音を立てて飛行し、そして、
パリンッ、という音を立てて、ラムドレーの後ろの壁に、全段命中した。つまり、
「は、外したぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」
まあ、今のダイゴの悲鳴通りである。
「・・・君、誰かに馬鹿だと言われたことない?」
「名前よりもその単語の方が、投げ掛けられた回数では圧倒的に上だぜ!」
ラムドレーに言われた質問に対し、何故か堂々とそんな台詞を吐くダイゴ。何だこのハゲ。
だが、その言葉によってラムドレーが若干呆れたその刹那。
「今だぁ!!」
そんな声を上げながら、ダイゴがポケットからラムドレーが余所見している間に素早く隠していたガラスの破片を取り出して右手に持つと、ラムドレーに飛びかかった。
「ば、馬鹿の一つ覚えだな君は」
しかし、そんなダイゴに対してラムドレーはそんな言葉を発しながら、しかし冷静に右人差し指爪を伸ばして、その左肩を貫いた。
「ギャッ!」
そんな声を上げ、空中で串刺しにされて、ラムドレーから1mほど離れた地点で止まるダイゴ。
だが、その時ダイゴは薄く口角を上げた。
「この距離なら外さねぇよ!!」
瞬間、その右手に有ったガラスのナイフは、心象によって強化されたダイゴの投力により、凄いスピードでラムドレー目掛け放たれた。
ザクゥッ、とその透明な刃がラムドレーの左肩に刺さる。この戦闘が始まってから、初めてのダメージがラムドレーに加えられた瞬間であった。
「う・・・ぐぅ・・・!?」
いきなり肩に発生した痛みに呻くラムドレー。しかし、直ぐに歯を食い縛り、ラムドレーはダイゴを貫いている右爪を、後ろの壁に叩き付けた。
「がはっ!?」
口から空気を漏らすダイゴ。だが、その右爪はダイゴを突き刺しながら、グイグイと壁にその身を押し付けた。どうやら離す気は無いらしい。
だが、ダイゴだってそのままでは終わらない。その押し付けられた爪をはっしと掴むと、そのままそれを上に動かし、己の左肩の肉ごと引き剥がした。
「・・・君、もしかして本当に痛覚無いの?」
肩から鮮血を吹き上げながら着地するダイゴにラムドレーは問う。しかし、ダイゴは言った。
「滅茶苦茶いてぇ!!だが気合いで耐える!!」
至って真面目な顔でそう言ってのけるダイゴに対し、ラムドレーは呆けた顔をする。どうやら、ダイゴの根性論に呆気に取られたようだ。
その時、ラムドレーに再び隙が出来た。
隙を感じ取ったダイゴは、すかさず地面に落ちている、先程己が叩きつけて砕き今程己が血を掛けて赤く染めた細かなガラス片の数々を右手で掬い上げると、
「今だぁ!!」
という先程と全く同じ台詞を吐きながら、それをボールを投げるように全力で投げつけた。
先程のガラスとは違い、比較的コントロールが安定しやすい投げ方で放たれたそれらは、散弾のような速さでラムドレーに向かい、
ザクザクザクゥッ!
刺さりまくった。
「う、があああ!!!?」
全身に走る激痛に叫ぶラムドレー。その体のあちらこちらから、ダイゴの様に血がドクドクと流れ出す。
そして、その痛みは更なる隙をラムドレーに生んだ。
「・・・今度こそ当てるぜ」
ダイゴは、そんな言葉をポツリと床に血や汗と共に転がしてから、両足の筋肉に力を溜めた。そして、
「必殺ゥ・・・!!」
足に圧縮された渾身の力を解き放ち、ズドンッという大砲のような床蹴り音を響かせて、ラムドレー目掛けて風を切った。
《漢大武》
空気をぶち抜き、間合いを抉じ開け、筋肉の砲弾と化したその全身が、ラムドレーの腹にぶち当たる。
「ごはぁっ!!!?」
ラムドレーの腹から入った力のベクトルは、いとも容易く背骨に届き、それをベキリとへし折った。
ちなみに、もずくは好きでも嫌いでもないです。




