油断は禁物
雨でしたね。
※
「じゃあママ、私引っ越しの準備があるから帰るわね」
「分かったわバロックちゃん。じゃあまた明日ね」
ピンクアフロのマッチョなオネエ、マリオは、イエローボブの細身なオネエ、バロックをそう送り出してから、朝の店の掃除をしている坊主頭の筋肉質なノンケ、ダイゴに言った。
「ダイゴちゃーん。そろそろ出勤の時間よー」
店のピンク色の時計は8時50分を示している。本日の勤務時間は9時から18時まで。ちなみに今日は木曜日なのでマリオは休みである。
「うっす!んじゃ、行ってきますっス!!」
ダイゴはそう言うと靴を履いて店を出ようとした。
しかし、そんなダイゴをマリオが呼び止める。
「あ、ちょっと待ってダイゴちゃん。これ、忘れてるわよ」
そう言うと、マリオはダイゴに何かを投げた。
「うおっと!」
ダイゴは慌てて両手でそれをキャッチし、見てみる。
手の中には、銀色の鍵があった。
「?・・・なんスかコレ?」
首を傾げるダイゴに、マリオがずっこけそうになりながら言う。
「いや、貴方もう忘れたの!?今日からダイゴちゃんはバロックちゃんの住んでいたアパートに代わりに住むことになるのよ!?そして、それはそのアパートの鍵よ!」
「ファッ!?そうだった!・・・んじゃあ、俺バロックさんにお礼言わねえといけないっスね!!今から走れば追い付けるっスよね!?」
「うーん、まあ追い付けるでしょうけど、わざわざ今から言わなくても、明日バロックちゃんうちに来るから、その時にダイゴちゃんも来てお礼を言えば良いんじゃない?二人の引っ越し祝いに、晩御飯もご馳走してあげるわよ」
「うおおそれは妙案!!そして、ご馳走して下さるなんて何て慈悲深いお人だ!マリオさんは本当に仏やでえ!!」
感激しながらそんなことを口走るダイゴに、マリオは微笑んで言った。
「ふふふ、そのくらいの事ならお安いご用よ。ダイゴちゃんは掃除も手伝ってくれていたしね」
「ま、マリオさん・・・」
目をうるうるさせて感動するダイゴ。今日も今日とてこのハゲのリアクションは気持ち悪い。
しかし、時間も差し迫っているので、ダイゴは目を潤ませながら言った。
「んじゃあ、短い間っしたけど、お世話になったっス!!人手に困った時は何時でも呼んでくださいっス!男大山大悟、マリオさんの頼みとあらば直ぐに馳せ参じるっス!!」
「うふふ、それは頼もしいわね。じゃあ、その時はお願いね。それでは、いってらっしゃい」
「オッス!んじゃ、今度こそ行ってきますっス!!」
ダイゴはそう言うと、店から出て、そして獄番目掛けて歩を進め始めた。
MARIから獄番までは徒歩で五分かかる。昨晩や一昨晩はマリオと話ながら帰ったり、アンドロイド少女、親友・拾号のことで悩みながら帰ったであまり気にならなかったが、その距離は黙って一人で歩くにはいささか長く感じられた。
「・・・でも、夜が明けた時にゃ雨が止んでて良かったぜ!」
そう言って空を見るダイゴ。そこには鮮やかな虹が架かっていた。その虹がとても綺麗だったお陰で、現在ダイゴの気分は爽やかなものになっていた。心"だけ"は爽やかになっているダイゴは言葉を発する。
「いやあ、でも朝からあんな見事な虹見れっとは、幸先良い一日のスタートだよな!何か今日は良いことがありそうな気がするぜ!!」
その矢先の事であった。
「・・・ん?あれは・・・」
30mほど前方に、ダイゴはある人物を見つけた。
直ぐに顔見知りだと確信したダイゴは、その人物の名を呼びながら駆け寄った。
「セアラさーん!!」
「んー?あー、ダイゴじゃないかー」
そこには、白い烏の刻まれた黒いコートを纏った青年、セアラの姿があった。今日もその顔は赤く、今日もその身は酒気を帯びていた。
そんな朝から酔っ払っているセアラに、ダイゴは言った。
「今仕事中っスか?ってか、また飲んでるんスか!?すげえ酒臭いっスよ!?」
「あははー、まあ俺にとってアルコールは酸素みたいなもんだし。ところで昨日は行けなくてゴメンねー、今日朝から仕事だったから、夜遅くまで飲む訳にはいかなかったんだー」
「ああ、昨日来られなかったのにはそういう訳が・・・って、夜遅くまで飲むのはNGなのに、なんで朝早くから飲むのはOKなんスか!?」
「アルコールは酸素みたいなもんだし」
「それしか言えんのかこの馬ッ鹿ス!」
そんな突っ込みを入れた後、ダイゴは改めて聞く。
「・・・って、仕事中なのにこんなとこに突っ立っていて良いんスか?セアラさんの仕事は・・・あの・・・」
「死体探し、だよ」
急に歯に物がはさがったような口調になるダイゴに対し、セアラは別段気にする素振りを見せずはっきりとそう言った。
「うぐ・・・」
少しばかり言葉に詰まるダイゴ。未だに死体という単語に抵抗があるらしい。
だが、そんなダイゴにセアラは言った。
「・・・まー、俺がここに突っ立ってんのには、ちゃんと理由が有るんだけどね」
「・・・理由?」
ダイゴがそう聞き返すと、セアラは小さく頷いて、その身を動かした。すると、今までセアラの体によって死角になっていた場所が、ダイゴの前に姿を現した。
そこには、『右肩から左骨盤までを"切断"されている死体』があった。
その視覚的情報を得ると同時に、ダイゴの先程まであまりの酒臭さに機能停止をしていた嗅覚は、漸く機能を取り戻して酒臭さの中に濃密な血肉の匂いを感じ取った。
「・・・ッヴゲエォエエェエエェエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」
次の瞬間、ダイゴはその場で嘔吐していた。虹に心洗われた、僅か一分後の出来事であった。
「うおっ!?ちょ、大丈夫!?」
セアラが気遣ってそう声をかけるが、ダイゴは激しく咳き込みながらその場に踞ってしまう。
その背中をセアラは優しく擦るが、ダイゴは中々回復せず、ただ体を震わせるだけであった。
「・・・そう言えば君は死界に来てあんまり時間が経ってないんだっけ」
セアラの言葉に、ダイゴは体を依然微振動させながらも辛うじて頷いた。
それを確認すると、セアラは頬を掻きながら言った。
「そりゃ、死体に慣れてなくて当たり前か・・・。・・・でも、だったら覚悟しておいた方が良いかもね」
「・・・ぐっ"、・・・な"、何をっスか・・・」
セアラの言葉に、ダイゴは若干えづきながら聞き返す。その直後だった。
「・・・何やってんだ、ダイゴ」
背後から、声が聞こえた。ダイゴはその声に聞き覚えがあった。
「・・・マイティさん?・・・と、・・・えーと・・・」
振り返るとそこには、上半身には白いTシャツを着、下半身には青いジーンズを履き、首元には黒いチェーンをブレスレットの様にぶら下げているマイティと、キャラメル色の髪を頭のパイナップルの様に縛った、身長160cm前半程の少女の姿があった。服装は動きやすそうな赤色のノースリーブのシャツと黒いスパッツで、その鼻には絆創膏が張られている。
「ああ、そういやお前はコイツに会ったことは未だ無かったな」
見知らぬ少女に戸惑っているダイゴの心情を察したのか、マイティは少女の紹介を始めた。
「コイツは俺と同じ第八部隊に所属しt「アタシの名前は"ナックル"だ!宜しくな!!」・・・だそうだ」
突然説明に割り込んできた少女、ナックルに少々・・・というより大分げんなりした様子でマイティはそう言葉を締め括った。
そんなマイティに対し、ナックルが注意する。
「おいマイティ元気が無いぞ!お前はアタシの"バディ"なんだから、しっかりしてくんなきゃ困るんだよ!!」
「分かった分かった分かったからいちいち突っかかってくんな」
「むぅ!何だその言い種は!・・・ははーん、分かったぞ!反抗期だな!!」
「そうでーす反抗期でーす盗んだバイクで毎晩走ってまーすこれで満足かカシマシナッポー」
「ぬがぁああ!腹立たしい受け答えをしおってからにぃぃ!!」
プンスカと憤然するナックルを涼しい顔で受け流すマイティ。その姿を見て呆然としているダイゴに、セアラが言った。
「まー気にしなくて良いよ。二人ともいつもこんな感じだから」
「いつも?セアラさん、今までもマイティさん達と会ったことあるんスか?」
「多少はねー」
そんな会話をする二人を見て、マイティはナックルをいなしながら、怪訝そうな顔をしてダイゴに問う。
「・・・お前、烏合の副リーダーと面識があったのか」
「へ?・・・副リーダー?誰がっスか?」
マイティに負けず劣らずの怪訝そうな表情で聞き返すダイゴ。
「いや、俺だけど」
そんなダイゴに、セアラは何でも無いような口ぶりでそう言った。
一瞬硬直した後、ダイゴは、
「・・・・・・そ、そうなんスか・・・」
としりこ玉を抜かれたような口調で言った。どうやら、なんの前触れもなくいきなり度肝を抜かれた為に、リアクションすら取れない状態に、今のダイゴは陥っているようだ。
その唐突な衝撃の真実や、死体の事もあり、朝から精神的に満身創痍なダイゴだったが、その状態でマイティにあることを問うた。
「・・・ところで、何でマイティさん達はここに居られるんスか?パトロールっスか?」
「いや、違う。俺達はただ獄犬の仕事で死体を引き取りに来ただけだ」
そうマイティが答えると、ダイゴは「獄犬の・・・仕事・・・?」と首を傾げた。
そんなダイゴにセアラが助け船を出した。
「実は烏合と獄犬は協力関係にあってね。もしも俺達烏合の職員が、事件性有りと明らかに判断できる死体を見つけた場合、見つけた職員が獄番に電話して、その時動ける獄犬隊員がその死体を引き取りに来るって事になってるんだ」
「・・・そう・・・だったんスか」
ダイゴが納得したように呟くのを見てから、セアラは更に言葉を続けた。
「・・・だから、もしダイゴが獄犬隊員としてやっていくのなら、今のこの人達みたいに死体を引き取りに来なくちゃいけない時もある訳。故に、さっき俺は君に覚悟しておいた方が良いって言ったんだよ」
つまり、死体を見たぐらいで嘔吐しているようでは、獄犬の仕事は勤まらないという事を、セアラは言いたいのだ。そう考えたダイゴは、
「・・・ウス」
と小さく言って、項垂れた。
そんなダイゴをちらりと見た後、マイティは死体に歩み寄った。
「・・・ん?・・・コイツは」
その時、マイティは何かに気付いた様に呟いた。
「知ってんのかマイティ?」
頭上にクエスチョンマークを浮かべながらそう問いかけてくるナックルに、マイティは「・・・ハァ」と溜め息を吐いて言った。
「お前なぁ!コイツは今俺達獄犬が探している、転生者グループ"六道組"のリーダーだった男だろうが!!今週月曜日にヒクソン隊長が『この男を逮捕するのだ!!!!出来れば今月中!!!!』って言ってたのもう忘れたのか!!」
「お?・・・そう言えばそんなこと言われていたような気もしないでもない訳でもない」
「いや納得しろよ!終いにはそのナッポー引きちぎるぞ!!」
「そ、そんなことは許されないぞ!?っていふぁいいふぁいいふぁい!!!」
自分のナッポーを両手で庇いながらそう叫ぶナックルの頬をつねるマイティ。そんなマイティにおずおずとダイゴが問うた。
「あのう、お取り込み中のとこ申し訳無いんスけど、・・・六道組ってなんスか?」
ダイゴの問いを受け、マイティはナックルの頬をつねりながら答える。
「六道組ってのは、昇る太陽とかと同じ"転生者"の一つだ。・・・まあ、勢力としては昇る太陽の足元にも及ばないような矮小な組織だったんだがな」
そのマイティの物言いに、ダイゴはある違和感を覚え、それに言及する。
「・・・組織"だった"ってことは、今は違うってことっスか?」
「・・・ああ。今じゃもう殆ど、てか全く活動はしてねぇ。・・・まあ、活動しなくなった理由は、粗方見当はついてるんだがよ」
「・・・理由っスか」
「ああ」
マイティは頷くと、ナックルの頬から指を離してダイゴの方に体を向けた。
「・・・実はな。ここ最近、この男みたいな悪人が殺されるって事件が増えてきてんだよ。その六道組の組員も何人か既に殺られてる」
「・・・えーっと、・・・それと組織の活動が無くなるのとがどう関係してるんスか?」
持ち前の物分かりの悪さを発揮するダイゴに、マイティは言った。
「・・・犯罪者が良く殺されるご時世に、ダイゴ、お前は犯罪を犯したいと思うか?」
「え!?いやいやいや、そんなの自殺行為じゃあ無いっスか!!仮にどうしても悪事を働かなきゃなんなくなっても、絶対そんな時代にはしないっス!!」
ダイゴがそう答えると、マイティも頷いて言った。
「だろ?それと同じこと考えて、組員達は活動を止めたんだよ。つまり、皮肉なことだが、殺人っつう犯罪行為によって生まれた恐怖により、他の犯罪行為が抑圧されてるって事だ」
「・・・なんか、嫌な話っスね」
ダイゴがそう言うと、マイティも再び深く頷いた。
そんな会話を二人がしていると、ナックルが横から口を挟んできた。
「マイティ!そんなことよりも先ずは目の前にある死体だ!このまま放っておいたのでは、色々とマズイ!」
「ん、それもそうだな。じゃあそろそろ引き取るか。副リーダーさん、後で烏合には獄番から金が振り込まれるから、今後とも宜しく」
その言葉にセアラが了解の意を込めて頷くのを確認した後、マイティはズボンのポケットから何やら横側に赤と黄と青の3つのボタンのついた、7cm程の正方形の箱を取り出した。
「・・・?そいつは?」
ダイゴの問いに対し答える代わりに、マイティは赤のボタンを押す。すると、白い箱が3m程に拡大した。
(・・・昨日のヒーカンさんのヤツもそうだったけど、この世界じゃ質量保存の法則があんまり息して無ぇよな・・・)
そのようなことを考えながらダイゴはその白い箱を見つめる。
そんなダイゴに見せるように、マイティはその箱の黄色のボタンを押す。すると、今度は箱の上部分がびっくり箱のようにパカッと開いた。見れば、中には何も入っていないようだ。
ここまでやってから、マイティは漸く口を開いた。
「・・・こいつは『回収機』と言ってな。この様に、三色のボタンを押すことで操作することが出来る機械だ。ちなみに、赤は『サイズ変更』、黄は『蓋の開閉』、青は『目的地に瞬間移動』だ」
何やら、青もオーバーテクノロジーな機能を持っている様だ。そうダイゴは思った。
そんなダイゴを尻目に、ナックルは死体をその回収機の中に入れようと掴み、持ち上げる。
しかし、死体は切断されている為に、綺麗に作業が終わることは無かった。
持ち上げられた瞬間、重力に身を任せるように、その切断面から血液や臓物が、
ボドボドボドッ!
と地面にこぼれ落ちたのである。
「うおっ!おいナックル!!犯罪者とはいえ、仏さんは大切に扱いやがれ!!」
「わ、悪い」
そう言いながら、死体を回収機にまず入れた後、地面の臓物を拾い始めるナックル。しかし、そのうちの一片がダイゴの足元に落ちていた為に、ナックルは言った。
「おい坊主頭!お前の足元の臓器取ってくれ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい、聞いてるのか!?」
いつまで経っても反応しないダイゴに痺れを切らし、ナックルは声を上げる。
その時、ナックルは気付いた。
ダイゴが、目の前で起きた臓物スプラッシュのショックにより、立ったまま白目を剥いて意識を失っていることに。
そろそろ梅雨でしょうか。




