夜は未だ明けない
今日はもう一度投稿します。理由は特にありません。
※
午後11時。ここはある人物の住むアパートの一室。
室内は綺麗に整頓してあり、住人の真面目な性格が伺える。
カーテンやカーペット、ソファやベッドやテレビといった家具類は黄色やオレンジ等の明るい色で統一されている。
しかし、綺麗で明るい色合いのその部屋の中は、まとわりつく沼のように、引き込む深淵のように、暗い雰囲気で覆われていた。
その原因は、部屋の住人にあった。
「・・・・・・・・・」
部屋の住人、サレムは、黄色いパジャマを着ながら、山吹色のベッドの上で体育座りをしていた。その目にはうっすらと隈が出来ており、疲労が伺える。
それもその筈、サレムは昨日から一睡も出来ていないのである。しかも、寝ていない上にサレムは今日まだ何も食べていない。では何をしていたかというと、ずっとこのベッドの上で寝転がったり体育座りをしたり、とにかく何も生産的な活動をせずに、ただひたすらに徒に時間を消費していたのである。
「・・・・・・・・・」
サレムの青い瞳が動き、黄色い壁に掛かっているオレンジの時計を見据える。
「・・・もうこんな時間・・・・・・」
呟くサレム。どうやら、時間の流れすら、その沈んだ感覚では知覚出来なかったようだ。
サレムは体育座りを解き、徐にベッドから降りると、再び黄色いカーペットの上に力無くへたりこんだ。その目には昨日の様な輝きは無く、安っぽい青色のガラス玉の様であった。
「・・・・・・辛い」
ポツリとサレムの口から、感情が零れ落ちる。
それが切っ掛けになった様だ。
「辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い」
苦痛の念が堰を切ったように口から溢れる。その姿は壊れかけのラジオの様だ。いや、もしかすると半分サレムの心は壊れているのかもしれない。ここまでの感情の激流を喉の奥から吐き出しながら、サレムの表情は加工されたように全く動かなかった。
サレムの無機質な慟哭は続く。
「天番に行くのが辛いマリオさんやニゾウさんに心配をかけているのが辛いアッシュちゃんに何もしてあげられないのが辛い病床の人達に負担をかけているのが辛い犯罪者と戦うのが辛い獄犬に勤めるのが辛い獄番で働くのが辛い生きるのが辛い」
その慟哭は少し続いた後、その成分を変えた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい弱くてごめんなさい役立たずでごめんなさいお荷物でごめんなさいこんな心象でごめんなさい獄番で働いててごめんなさい生きててごめんなさい生きててごめんなさい生きててごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
謝罪。何に対してという訳でも無く、誰に向けてという訳でも無い。ただ、自分を責めるだけの謝罪がそこからは溢れていた。
そんな謝罪を続けながら、サレムは唐突に立ち上がる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
フラフラとその足は歩を進め、ヴァーミリオンのカバーがしてある引き出しからサレムは、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい消えれなくてごめんなさい」
黄色い柄のカッターナイフを取りだし、直ぐに手首に当て、そのにび色の刃を滑らせた。
「・・・」
急に無意味な謝罪が口から止み、代わりに沈黙が閉じられた唇から放たれる。
その白くて細い手首には、赤い血の線が走っていた。薄く滲んだそれは、しかし直ぐに再生された。
その様子を見た後、サレムはポツリと呟く。
「・・・・・・治癒力が早いとリスカの痕が直ぐに無くなるから助かるなぁ。生前はこうはいかなかったよ」
どうやら彼女のリストカットは衝動的な一回限りのものでは無く、生前から続いているものらしい。
「・・・・・・・・・」
カッター片手に再びフラフラと立ち上がり、歩を進めた後ベッドに倒れ込むサレム。
「・・・・・・私何してるんだろ・・・」
生気の無い瞳で自嘲気味にそう呟いた後、サレムは仰向けになって天井を見上げる。そして、流れるような動きでカッターナイフを自分の頸動脈に当てた。
「・・・このまま少し力を入れて、少し横に引けば、楽になれるのかなぁ」
何の感情も籠っていない様ながらんどうの言葉を呟いた後、再び自嘲気味に笑って言った。
「・・・あはは、そんなことしても直ぐに生き返って蘇生代損するだけだよね。それに、こんな情けない死に方したせいで、皆に心配かけたくないし。・・・まあ、私なんか生きてるだけで皆に迷惑かけてるから、今さらって感じだけどね」
虚空を見据える虚ろな目を携えて、少女は言霊を続けて発する。
「・・・気持ち悪いなぁ、私。何のためにリストカットなんかやってんだろ?・・・まあスッキリするからなんだけどね。終わった後に自己嫌悪に陥るのが珠に傷だけど。・・・この独り言も気持ち悪いなぁ・・・あはは」
何度目か分からない自嘲の後、サレムはカッターナイフを無造作に投げ捨て、体を丸めた。睡眠を取るためである。しかし、目は冴えてしまっており、まんじりとも出来ない。その呼吸は肺がストレスで圧迫されている為に浅く、その瞳は精神的衰弱のせいで濁っていた。
「どうして死人って最期が無いんだろ」
健康で瀕死の明るく暗い少女は、死後の世界で死を願った。
第三章・悪人 終
今唐突に思いついた単語をここに書きます。三角刀。




