爪船
風邪が治ってきました。嬉しいです。
「え」
ダイゴが立ち止まる。ニゾウも立ち止まる。
「そ、そうだったんスか……。俺、てっきり見えてんのかと……」
ダイゴがそう思うのも無理は無かった。何故なら、それほどまでにニゾウの動きは滑らかであったからだ。
ニゾウが笑う。
「あはは〜。まあ見えなくても、空気の変化や音、気配や臭いで大体の事は解るからあまり困らないんだけどね〜」
(……それってかなりすげー事じゃ……)
「今儂の事を凄いと思ったね〜?」
「ウォエ!!? ……グ、グヘヘ……恐れ入りました」
心を再び読まれて、ダイゴは汗をかく。
「ど、どうやって俺の心を?」
ダイゴが恐る恐る問うと、ニゾウはカラカラと笑って言った。
「簡単だよ〜。とりあえず、ダイ坊の心拍数とか、驚愕で滲んだ汗の臭いとかを感じ取って、そこからダイ坊の思考を割り出しただけさ〜」
「成る程、分からん」
ニゾウの言うことが別次元過ぎたので、一瞬でダイゴは考えるのを止めた。
だが、頭を空にしたお陰で脳がかえってスッキリしたのか、ダイゴはある事を思い出し、ニゾウに問う。
「……んで、爪船の探検って、具体的に何するんスか?」
「それはね〜、研究所の中の見学とかだよ〜」
そう言うと、ニゾウは青一色の空間の、一ヶ所を指差した。
その方向を向くダイゴ。すると、そこには、
「……『爪船研究室』?」
そう書かれたプレートのはめてある、一枚の青い扉があった。
「そうだよ〜。ここで、爪船職員達は日々獄番の、ひいては死界の技術の発展に貢献してるんだ〜」
「なーるへそ……てか、良くこの扉が分かったっスね」
「扉の向こうから数人の人の気配がしたからね〜。あと、只の土地勘」
「後者しか理解できぬぅ……」
そう言った後、ダイゴはニゾウに問う。
「……ってか、この中に俺達入っても良いんスか?」
「ま〜、今は時間的に休憩だから大丈夫だよ〜」
そう言って、ニゾウが青い扉をノックする。
「ごめんよ〜。第四のニゾウだけど〜、お邪魔しても良いか〜い?」
すると、扉が開き、中から青みがかった白衣を纏った黒髪お下げの女性が出てきた。恐らくここの研究員であろうその女性はニゾウを見ると言った。
「あ、第四の隊長さんじゃないですか。す、少し待ってください今お茶の用意を」
「あはは〜、気を遣わなくて良いよ〜。研修生の見聞を広めるために来ただけだから」
ニゾウはそう言うと、ダイゴの方を向く。
研究員の女性は、ダイゴを見ると慌てて挨拶をした。
「あ……。こ、こんにちは始めまして。私、爪船で薬学について研究していますツルコです。よ、宜しくお願いします」
「い、いやこちらこそ宜しくお願いしますっス! えと、獄犬研修生やってるっス! 大山大悟っス!!」
ダイゴはそう言うと、研究員、ツルコに深々と頭を下げる。
そして、ダイゴのお辞儀が終わってから、ツルコが言った。
「で、では中にお入りください!」
「う、うす!!」
ダイゴはニゾウと共に中に入る。
研究室の中は、水色の机に、コバルトブルーの天井、群青色の床など、寒色一色だった。
机では、研究員と思われる人達がディスカッションをしていた。見れば、全員青白い衣を纏っている。
ツルコは、その研究員の中達の座る机の中で、縮れた黒髪短髪をした色黒な一人の男の居る机に座ると、ニゾウ達を呼んだ。
「あの、隊長さん達ー。えと、ここ空いてますよー……」
「そ〜かい? んじゃ〜お言葉に甘えて〜」
そう言うと、ニゾウはツルコ達の居る机の一ヶ所に座った。
ダイゴは机に座ると、何とはなしに、その色黒の男を見た。
瞬間、目が合う。
「あ……、えと、こんちは」
ダイゴは挨拶をした。すると、男は合掌してから、軽くお辞儀をして言った。
「ナマステー」
「え……? な、ナマステー……」
その男は、インド人であった。
「えーっと、……インドのお方……っスか?」
ダイゴは男を掌で示しながら、ツルコに問う。
「そ、そうです……」
ツルコはその質問に答えるついでに、男の紹介を始めた。
「この方は生前、インドで生活をしておられました……。えと、そして、今はこの爪船で薬品開発の指揮をとられています」
「し、指揮!? って事はかなり偉い人なんスか!!?」
ダイゴのその言葉に、男が反応する。
「そうデース。私、この爪船で薬品開発のリーダーやってマース。あ、自己紹介遅れマーシタ。私名前『ラオ』言イマース」
「あ、ラオさんっスか! 俺、獄犬研修生の大山大悟っス! 宜しくお願いするっス!」
「ハーイ。こちらこそ宜しくデース」
「……えぇと、なしてそんなに片言なんスか?」
「キャラ付けデース」
「身も蓋もねーなオイ!」
ダイゴはラオの衝撃の告白にシャウトした。
ラオが笑う。
「まぁまぁ、良いじゃアーリマセンカ。それにキャラ付けくらい理由は何であれ誰でもシテマース。ニゾウさんもそうデショ?」
「あはは〜、そ〜だね〜。この喋り方も、最初はキャラ付けで始めたし〜。ま〜、今は違うけど〜」
「に、ニゾウさんまで!?」
ダイゴ、まさかのニゾウの告白に今度はシャウトする気力すら湧かない。
そんなダイゴにニゾウが笑って言った。
「そんなにガッカリしないでよダイ坊〜。別に良いじゃないかキャラ付けしても〜。キャラ付け込みでその人の個性なんだからさ〜」
「うーむ、まあ確かに……でもなぁ……」
ダイゴは"キャラ付け"というフレーズから、ある人物の事を思い出していた。
(……親友さんは、その付けたキャラに自分を合わせようとして、苦しんでたしなぁ。まあ、そうしねぇとやってらんねーくらい追い詰められてたんだろうけどよぉ……。……周りの人に、助けを求めなかったのかな……)
親友・拾号はそのキャラ付けで自分を護ると同時に苦しめていた。そのやるせなさが、ダイゴの"キャラ付け"に対する印象を確実に下げていたのである。
「・・・ま〜、好きに捉えれば良いさ〜。考え方は人それぞれだしね〜」
ニゾウはそう言って"キャラ付け"の話題を終わらせると、ラオにある事を問う。
「ところでラオ坊〜。例の『精神的苦痛にも効く治癒香辛料』の話はどうなってる〜?」
「……いえ、まだ進展は無いデース。体の傷と違い、心の傷は錠剤一つで治るような、インスタントなものじゃあ無いデスカラ」
「……そ〜かい。分かったよ〜」
ダイゴは、そんな二人の会話を聞き、一つ気になる単語を見つけた。
「……治癒香辛料? それってあの」
「お? ダイゴさん治癒香辛料をご存知なんデースネ。開発者としてとても嬉しいデース」
「開発者!? え、ってことはあの薬は!」
ラオが胸を張って言った。
「そうデース! 何を隠そうあの薬は私が一から十まで作ったものナノデース! 驚きマシタ?」
「あの味、どうにかなんなかったんスか!? 俺あれのお陰で走馬灯見たんスよ!? 既に死んでんのに!!」
ダイゴは全力でクレームをつける。すると、ラオがはにかみながら言った。
「イヤー、すみマセーン。辛い方が皆さん飲みやすいかと思いマーシテ」
「ら、ラオさんは辛党なんですよ……」
横からツルコが全く要らない新しい情報をダイゴに提示する。ダイゴの頭に嫌な予感が過る。ダイゴ、その予感が気のせいであることを祈りながらラオに問う。
「……じゃあ、あの味による医学的なプラスは」
「無いデース」
ラオが即答した。ダイゴ、絶句する。
そんなダイゴにニゾウが言った。
「大丈夫だよ〜。獄犬の任務中に支給される治癒香辛料はあまり辛くないから〜」
「え? そんなもんが支給されるんスか?」
ダイゴは絶句から立ち直ると、ニゾウに聞く。
ニゾウは答えた。
「ほら〜、儂らの仕事って仕事の内容的にかなり危険だろ〜? だからその危険を少しでも減らす為に、辛くない小さな丸薬上の治癒香辛料が一人十粒、月に一回支給されるんだ〜。ちなみに更に追加で入手したい場合は、個人的にDPを支払わなきゃ駄目だよ~。……ま〜、ダイ坊にもその内配られるよ〜」
「そ、そうっスか? まあ、だったら楽しみにその時を待つことにするっス!」
ダイゴがそう答えるのと同時に、研究所内に何かの音楽が流れ始めた。驚くダイゴを尻目に、ラオが言う。
「それじゃ、休憩終了のチャイムが鳴ったんでこの辺でお別れデスネ」
「お〜、もうそんな時間かい〜? じゃあ儂らはお暇するよ〜」
ニゾウがそう答えると、ダイゴも
「あ、んじゃ俺もこれで」
と言って退出の意思を伝える。
「じゃ〜またね〜」
「は、はい。それでは、また……」
「ナマステー」
「オス! ナマステーっス! んじゃあまた!」
そう言って、ニゾウ達は研究所を後にした。
でもまだ少し鼻声です。




