ギターの弦って結構痛くない?
僕は「遠き山に日は落ちて」の一部分しか弾けません。
「お! もう獄番が見えてきやがった! やっぱ心象使うと速さが違うな!!」
猛スピードで走るダイゴの目前に、巨大な黒い正方形の形をした建物、獄番が現れ始めた。様々な建物が立ち並ぶ街に、一つだけどっしりと構えているそれは、ある種の荘厳ささえ感じさせる。
「うっし! もうちょいで到着ゥ!」
ダイゴはスピードを更に上げようとする。が、
「ってあらああああ!?」
それと同時に足首を挫き、凄まじい勢いで転倒した。
「アダダダダダダ!!」
その勢いを保ちつつ、顔面を地面で擦るダイゴ。その運動は十五メートルほど続いて、丁度獄番の玄関の十メートル手前で止まった。
「いでででで……、足首と顔が同時に激痛を発してら……。しかも痛み同士が相殺とかせずに、互いが互いを高めあってやがる……理想のコンビネーションだよやってらんねぇ……」
そう言いつつ立ち上がったダイゴは、足を引きずりながら獄番の扉に向かう。しかし、全身がヒリヒリとしてたまらない。ダイゴは奥歯を噛み締め、今日も治癒香辛料のお世話にならねばならぬのか、と憂鬱な気分になっていた。
だが、そんな沈んでいるダイゴの前で、急に獄番の自動ドアが開いた。
「ん?」
ウイーンという機械音に顔を向ければ、そこには少年が立っていた。身長は172センチ程で、容姿は黒髪のオールバックに耳ピアス、服装はドクロのTシャツにダメージジーンズ。そのどろりと眠たげな目には、しかし光が宿っていた。
(うお!? な、何かすげえパンクな奴だな……。こいつも獄番職員か?)
そう思った時、ダイゴは少年と目があった。ダイゴは慌てて会釈をする。すると、
(おう!? こ、こっち来た!?)
少年がいきなりダイゴの方に近付いてきた。その足取りはかなり早い。ダイゴは緊張でその場に固まってしまう。喧嘩でも売られるのか、と思ったのだ。人を見た目で判断し過ぎである。
「……おいオメー」
「ヘァッ!? な、何スか!?」
ダイゴの前で止まると、少年はおもむろに話しかけてきた。緊張でおのずと直立不動になるが、何とか声を絞り出して受け答えをする。
「その髪型さぁ」
「ひゃ、ひゃい!!?」(髪型!? ぼ、坊主の事か!? 坊主の事だよな!!?)
ダイゴは心の中で固唾を飲みながら、少年の次の言葉を待った。
「・・・すげえロックだな!」
瞬間、ダイゴはポカーンとなった。
「お? どうしたんだオメー? おーい、カムバーック」
少年がダイゴの眼前で手をヒラヒラと振った。それにより、ダイゴが正気に戻る。
ダイゴは少年に食い気味に問う。
「ろ、ロック!? 俺の髪型がっスか!?」
「おう! その髪型から、俺はオメーの魂を感じた! 魂はそれ即ちロック! つまりオメーの髪型はロックだ! 何の矛盾も無いぜ!」
少年はサムズアップをして言った。すると、
「は、初めて坊主のことを褒められた……!」
ダイゴが嬉しさの余り、いつものように涙を流し始めた。
「あ痛だだだだ!? 涙が顔の傷口にスゲェ染みる!!」
塩水が傷に入ったことによる激痛に、ダイゴはその場でのたうち回る。何だこの滑稽な生き物。
そんなダイゴを見て、少年が慌てる。
「お、おい大丈夫かお前!? 待ってろ今助けるぜ!」
そう言って、少年は左手を目の前に翳した。
刹那、少年の掌が、何も無い空間にて、『何か』を掴んだ。
ダイゴはもがきながらも、その様子を見ていた。ダイゴの目は捉える。少年の掌の中に在るものが、何なのかを。
「さあ行くぜマイソウル!俺達のステージの幕開けだ!」
少年の掌の中に在ったもの。それは、紫と黒のコントラストに彩られた、一本のエレキギターだった。そのボディーは縦長の五角形を内側にやや歪めたような形状で、どこか鋭い印象を与える。
しかし、そのギターには通常のエレキギターと比べて、決定的に違う点があった。
そのギターには、アンプに繋ぐための穴が無かった。
しかし、少年はそのギターを持つと、ピックでは無く、指で六弦全てを弾いた。瞬間、ギャイイイイイン!!!! と、大迫力の音が放たれた。アンプが無いのにも関わらず。
少年は満足そうに頷く。
「うしうし、今日も調子良いじゃねぇの! んじゃあ本番行くぜえええ!!」
少年は叫びと共に、ギターを掻き鳴らし始めた。その響きは、激しくもどこか優しいものだった。
ダイゴは地面に横たわりながらも、少年の演奏に聞き入る。
(すげえ……! すげえ……!! このギター音、魂に来やがる……! この人、とにかくすげえぞ……! ……ん?)
その時、ダイゴは気付いた。自分の傷が、いつの間にか癒えている事に。
「……! もしかして、傷を治すのが、貴方の心象の効果……!?」
「あってるけど違うぜ!」
ダイゴの呟きに、少年はギターをギュインと鳴らして演奏を締めた後、答えた。そして続ける。
「この治癒効果は俺の心象の曲の一つによるもんに過ぎねぇ!!」
「何ぃ!? じゃ、じゃああんたの心象は!?」
少年はギターを肩に担いでから、サムズアップをして言った。
「俺の心象は『俺響』! 音を使って色んな効果を発動出来るすげえギターを生み出す心象だぜ!! こんな風にな!」
そう言うと、少年はギターを再び掻き鳴らす。次の音は、アップテンポな疾走感溢れるものだった。
ダイゴは問う。
「こ、これはどんな効果をもたらすんスか!?」
「それはな! こんな効果だぜぇ!!」
次の瞬間、少年が宙に浮いた。呆気に取られるダイゴを尻目に、少年は空を自由に飛び回りながらギターを掻き鳴らす。
しばらくして、少年が地面に降り立つ。それと同時にダイゴが目を輝かせながら少年に問う。
「すっげえええええ! それもあんたの心象の効果によるもの!?」
「その通り! んで、さっきの治癒効果や今回の飛行効果にはな、名前があるんだぜ!」
「名前!? そんなんがあるんスか!?」
「あたぼうよ!名前を付けることで曲に愛着が沸く! それにより、その曲を弾く際テンションが上がる! テンションが上がれば良い魂気が出て心象が強化される! ロックだろ!」
少年が胸を張り答える。
ダイゴが問う。
「じ、じゃあその曲名教えてほしいっス!」
「良いぜ!俺のネーミングセンスに惚れんなよ!」
そして、少年は曲名を声高らかに叫んだ。
「治癒効果の曲名は『楽園の布団』! 飛行効果の曲名は『俺達は翔べる』だ!」
そのネーミングセンスは、埃を被っていた。
「かっけー!! マジかっけーっス!!!」
ダイゴが本心から、その曲名に感動する。どうやらこのハゲの感性も埃被っているらしい。
少年が満足そうに頷きながら言う。
「だろ!? かっけーよなこの曲名!! なのに何でか周りの奴にダサいって言われるんだぜ!? 信じられっか!?」
「マジっスか!? 信じられねぇ!!!!」
「だよな!? いや、オメーとは気が合いそうだぜ! なあオイ! オメー名前何てんだ!?」
少年の問いにダイゴが答えた。
「俺はダイゴ! 獄犬研修生のダイゴっス!」
「オメー獄犬だったのか! だからここに居たんだな! にしても、ダイゴか! ロックな名前だな! 俺は獄犬第三部隊のキーオだ! 宜しく頼むぜ!」
「オッス!宜しくお願いするっス!」
「バッキャロー敬語なんざ要らねぇよダチ公!!」
「ダチ公!!? 良いんス、良いのかよ!?」
「当たり前だろ! 俺の曲を聞いた! ダチになる理由なんてそれで十分過ぎるぜ!!」
そう言って、白い歯を光らせながらキーオは笑った。それにつられて、ダイゴも笑う。
「グヘヘヘ!! 全くその通りだなぁオイ!! よっしゃあじゃあ今から俺達はダチだ!! 改めて宜しく頼むぜキーオ!」
「こっちこそだぜダイゴ!!」
「「ギャーハッハッハッハ!!!!!!!!」」
二人の笑い声が木霊する。
ダイゴが自分が遅刻していることを思い出すまで、あと一分。
ちなみにギターは高1の時に9800円で買いました。若い時って、一時のテンションに任せて行動してしまいますよね。




