ブドウが酸っぱいならブルーベリーを食べれば良いじゃない
ジャムの中ではブルーベリージャムが一番好きです。
「すんまっせんしたあああああああああああああああああああああ!!!」
あの後、目を覚ましたダイゴは、覚醒と同時にマリオに土下座をしていた。
「ま、まあ失敗は誰にでもあるし、良いわよ別に。火だってあの後消したしね。だから顔を上げてちょうだい」
マリオはダイゴの土下座に若干引きながらも、これを許す。
それを受け、ダイゴは顔を上げたが、その目からは涙が迸り、鼻からは鼻水が迸っていた。
「マ"リ"オ"さ"あ"あ"あ"ん"!! な"ん"て"良い"人な"ん"だ"あ"あ"あ"あ"!!」
「ひえっ!? ば、化け物!!?」
お前が言うな。
その後、何とか落ち着きを取り戻したダイゴにマリオは問う。
「ねぇダイゴちゃん? 何でさっきフライパンから炎が吹き出してたの? もしかして、フライパンに食用油と間違えてガソリンでも敷いた?」
「いや、ガソリンでは無かったと思うんスけど……、油と間違えて何か別のもん入れた可能性は大いにあるっスね……」
ダイゴは正座しながら、申し訳なさそうな表情で言った。
それを聞くと、マリオは自分の顎を手で撫でて少し考えてから言った。
「一回、ダイゴちゃんが使った油見せてもらえる?」
「オス……」
ダイゴはマリオをキッチンに案内すると、自分の使った透明な液体の入った瓶を見せた。
「これがその油っス」
「……それ、油じゃなくてウォッカよ」
「ファッ!? ウォッカ!!? いや、でも別段酒の臭いはしなかったっスよ!?」
ダイゴがそんなことをほざく。
「ウォッカは臭いがあまりしないお酒なのよ」
マリオがそう言うと、ダイゴは、
「へぇーそうなんスかー! 初めて知ったっス!」
と少し感動する。おい反省しろよ。
そんなダイゴに対して、マリオが言う。
「でも、数あるお酒の中でも度数が高いウォッカを選ぶなんてねぇ。もしかしたらダイゴちゃん、ある意味でお酒に関して、セアラちゃん並みに持ってるのかも?」
セアラ。その人物の名前を聞いて、ダイゴは昨日出会った何処か不気味な青年を思い出した。
ダイゴが口を開く。
「……あの、マリオさん」
「ん? どうしたのダイゴちゃん?」
「セアラさんって、どんな人なんスか?」
「どんな人って、あの通りお酒の大好きな子だけど……それがどうかした?」
マリオが訝しげな表情を作る。
そんなマリオに、ダイゴは続けた。
「いや……、何つーか……、あの人が死者の命について語ってた時に、寒気を感じたっつーか、どこか虚ろに感じたっつーか、……手く言えないっつーか……」
ダイゴは、自分がセアラに抱いた印象を上手く説明することが出来ない。語彙が貧しいから。
しかし、マリオはそこから何かを察したのか、ダイゴに対し言葉を紡ぎ始めた。
「ダイゴちゃんは、昨日の親友ちゃんが泣きながら言っていたこと、覚えてる?」
「え? ……はい。覚えてるっス」
ダイゴはいきなり親友の話題を出してきたマリオに戸惑いながらも、答える。
マリオは続けた。
「あの娘、言ってたわよね? 『自分に、自分はロボットだと言い聞かせていた』って」
「……そうっスね」
ダイゴは頷く。しかし、まだマリオの真意を図りかねていた。
「……セアラちゃんもね。同じなのよ」
「……え?」
マリオの静かな言葉に、思わずダイゴは聞き返す。
「それって、つまり……どういうことっスか……?」
マリオが、少しダイゴから視線を外し、天井を見つめる。ダイゴは、次にマリオから語られる言葉を待った。
マリオが、口を開く。
「……セアラちゃん、たまに言ってわ。『死体の欠片を丁寧に拾い集めて、それらを届けてDPを貰う。そして、たまに町でその欠片だった奴が少しばかりの継ぎ接ぎも無しに元気に動いてるところを見たりする。ねぇマリオさん。俺達って、死者って、何なのかな。生きてんのかな。それとも、死体が意思と暖かい体持って動いてるだけなのかな。俺、分かんないよ』って。……ねぇダイゴちゃん」
マリオが再びダイゴの方を向く。
「はい。何スか」
ダイゴは、自ずと背筋を伸ばしながら答える。
「死者ってね。自分が耐えられない事があると、自分の心を守るために、"防衛機制"っていうものを働かせることがあるのよ」
「防衛機制……?」
マリオは、ダイゴの言葉に頷き、続けた。
「……『合理化』って言ってね。『理屈をつけて、自分の行動を正当化する。例えそれが、端から見れば理に叶っていない暴論でも』という働き。……今セアラちゃんがやっているのもこれね。」
「合理化、っスか……」
ダイゴが呟く。
マリオは続けた
「セアラちゃんは、合理化によって、親友ちゃんと同じように、自分に言い聞かせてるんじゃないかしら。『死体も命も所詮モノ。深く悩む必要は無い』ってもっともらしい理由を付けて、ね」
"自分を守るために、自分を欺いている"。ダイゴは、合理化に対して、そんな印象を抱いた。
マリオは、そんなダイゴに対して、問う。
「……ねぇダイゴちゃん、これって悪いことだと思う?」
「え……合理化がっスか……?」
ダイゴの問いに、マリオは頷いて言う。
「そうよ。この言い訳に等しい『合理化』が、悪いことだと思う?」
ダイゴは、それを受けて、黙って俯いた。それから、考えた。考えた末に、彼は言った。
「……分かんないッス。その嘘のお陰で、気が楽になるんなら、それは悪いことじゃないと思うんスけど……。……それやって、でもそれでも心のどっかで苦しいって思うんなら、……それはやめたほうが良いんじゃないかって、思います」
「……やめるのが怖くて、嘘を吐き続けるしか出来なくなっていたら?」
マリオが問う。確かに、自分に嘘を吐かねばならない状況に陥った時、人は健やかな精神状態にあるとは言い難いだろう。故に、湧き上がる不安は増幅し、現実の恐怖も色が濃くなる。それが再び、彼や彼女に嘘を吐かせる。無限ループは、こうして完成するのだろう。
「その時は、……やっぱり周りの奴が支えてやるのが、良いんじゃないッスかね」
ダイゴは、そんな答えを出した。今までの日常の常識と照らし合わせて、それが一番理に適っていると思ったからだ。
一方マリオは、その言葉を聞いて少しだけぽかんとしていた。しかし、直ぐに正気を取り戻すと、少しだけ苦笑した。
「……そう、ね。……それが、一番効果的な筈なのよね」
「え?」
真意を測りかねるダイゴに、マリオは苦笑を軟化させて、言った。
「……ダイゴちゃんは、ちゃんと支えてもらおうとして頂戴」
「……? ……ウッス」
やはり、マリオの言いたいことが分からないダイゴは、ただ一言そう答えて、視線を宙に泳がせる。何だか、理解できないことに対して、罪悪感を感じたからである。
しかし、その行動が功を奏した。
「マリオさん」
ダイゴはある地点に視線を釘付けにしながら、言った。
「 何? ダイゴちゃん」
「……俺達って、いつ出勤スか?」
「え? ……今日は水曜日だから、八時に出勤して五時に終業ね。それがどうかしたの?」
ダイゴは、指を震わせながら、マリオの後ろの方を指差した。マリオは、そっちを見る。
そこには、八時十五分を示しているピンクの時計があった。
「……遅刻だあああああああああ!!」
マリオが絶叫する。
「研修二日目で遅刻とか……全く洒落になんねぇ……」
ダイゴ、青ざめる。
「ダイゴちゃん、気を確かに! 精神統一をしながら着替えを済ませるのよ!」
「……俺もう着替えてるっス……」
ダイゴ、今日は緑の乙Tシャツだ。相も変わらずこのハゲはファッションが乙ってる。オトモアイルーも見放すレベル。
「じゃあ先に行っててちょうだい! 私は少し髭そ、乙女の戦いをしなきゃだから!」
その戦いは始まる前から負けてる気がする。
「わ、分かったっス! じ、じゃあお先に!!」
そういうと、ダイゴは店を飛び出し、心象『強力』を認識する。
「うおおおおおお!!脚筋強化超ダッシュウウウウウウウウウ!!」
そのまま脚力を強化し、超スピードで獄番に向かって走り出した。
走りながらダイゴは考えた。
(しかし、セアラさんのプライバシーに関わりそうなくらいの情報だったな。俺なんかが聞いて本当に良かったのか?)
ダイゴの思考は続く。
(セアラさんも、色々背負ってたんだな。……それも知らずに俺はあの時、セアラさんに恐怖を抱いちまってたのか。……チキショウ、何が『大悟』だ。何にも分かっちゃいねぇじゃねぇか。これじゃあ、父ちゃんに申し訳が立たねえよ。俺の馬鹿野郎)
ダイゴは、後悔と向き合いながら、脚の筋力を更に強め、スピードを上げた。
倫理の教科書に出てくる人の中では孟子が一番好きです。フロイトは普通です。




