馬鹿、キッチンに立つ
僕が初めて自分で作った弁当の具材は、レタスとはんぺんと白米でした。色合いが目に優しかったです。栄養が胃に優しかったです。友達の評価がやけに厳しかったです。
「何で鼻ぶつけた後は、あのえもいわれぬツーンとした感じがするんスかねー?」
ダイゴはそう言うと、鼻を擦りながら立ち上がった。
同時に、ダイゴはあることに気付く。
「……お? ……スゲー、鼻血がもう止まってる」
ダイゴの鼻からは、もう血は流れておらず、ただ血の痕が残るだけになっていた。この治癒力も、あの活性薬によるものなのだろうか。
そんなことを考えているダイゴを見て、マリオが問う。
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
その表情はどこか心配そうだ。ダイゴは慌て答える。
「い、いや、別に何でもないっス! ってか、勝手に掃除用具出しちまったっスけど、良かったっスかね?」
「え? あ、ああ別に良いわよ! むしろ助かったわ! ありがとうねダイゴちゃん!」
「グヘヘ、照れるっス」
頬を赤らめて、頭をガシガシと掻きながら笑うダイゴ。正直、ダイゴの様な大男がそんな動作をやると、とても気持ち悪い。
「そういやぁ他の店員さん達は? まだ寝てるんスか?」
思い出したかのようにダイゴはマリオに問う。
「ええ。昨日は夜遅くまで皆頑張ってたから、今はまだ熟睡中よ。……というより、仕事の性質上、どうしても昼夜逆転になりやすいのよね」
そう答えるマリオにダイゴが言った。
「え? んじゃあマリオさんは昨日は早く寝たんスか?」
マリオは首を横にふる。
「いいえ? 普通に三時まで働いてたわよ?」
「なのに六時起きっスか!?」
「大袈裟ねぇー、現世の高校生も三時間睡眠くらい、普通にするでしょうに」
「んなソルジャーみてぇなこと誰もしねぇよ!!……多分」
強く否定しようとするダイゴだったが、若干身に覚えがあるため、最後に不安定な言葉を付け加えてしまった。そのせいで、全体的に中途半端な感じになる。竜頭蛇尾とはこの事だ。
そんな禿頭蛇尾なダイゴに対して、マリオは聞く。
「そんなことより、そろそろ朝御飯でも食べない? お腹減ってるでしょ?」
「あ、じゃあ俺が朝飯作るっスよ!」
ダイゴがマリオの言葉に食い気味に答えた。
「あら、ダイゴちゃん料理出来るの?」
マリオの質問にダイゴは自分の胸を叩いて、堂々と返す。
「任せて欲しいっス! これでも俺、高一の時の家庭科の成績は、10段階評価で5だったんスよ!」
「え? それ微妙ってことじゃ」
マリオの表情が陰る。が、マリオは直ぐに思い直した。
(……でも、昨日の言葉は嘘じゃなかったし……今度こそ信じてみようかしら)
マリオはそこまで考えると、口を開いた。
「ま、そこまで言うんなら、作っても良いわよ」
「あざっす! んじゃあ、キッチン借りるっスね! あ、食材はどこっスか?」
ダイゴがキッチンからそんなことを聞く。マリオは言った。
「そのキッチンの近くにあるのがそうよ。解るかしら?」
「えーっと、あ! これっスね! んじゃ、とりあえず中の食材使って飯作るんで、マリオさんはテーブルで待ってて欲しいっス!」
「分かった。じゃあ朝刊でも読みながら待つことにするわ」
そう言うと、マリオは店の鍵を開けて外に出て、店の扉の横に設置されている郵便受けに入っていた新聞を取り出した。何故ここに郵便受けがあるかというと、単純にこの店がマリオの自宅も兼ねているからである。
マリオが新聞を持って店に入って来たのと同じくらいの頃、ダイゴはキッチンで透明な液体の入った瓶を持って悩んでいた。
「えーと、これがいわゆる食用油ってやつか? 正直調理実習以外で料理なんてしたことねぇから分かんねーや。ま、多分食用油だろ」
ダイゴはフライパンの上にその食用油的なものを注ぐ。
「さてさて、朝っつったらやっぱ目玉焼きだろ! っつーことで卵を投入だ!」
ダイゴはフライパンの上で二個の卵を割り、勢い良く入れる。
その時、卵の殻がコンロの近くにパラパラと落ちたが、ダイゴは気付かない。
「おっし! んじゃあ焼くぜー、超焼くぜー」
そんなことを言いながら、キッチンのコンロを使い、火をつけるダイゴ。
瞬間、コンロ周りの卵の殻が、その拍子で跳ねて、ダイゴの目に向かって飛んできた。
「あがひゃっ!?」
驚いてダイゴがフライパンを大きく揺らす。そのせいで、フライパンから透明な液体が少し垂れ、コンロの火に触れた。
瞬間、垂れた液体の上を炎が走り、そのままフライパン上の液体に着火する。
「おわあああああああ!!? やべぇぇぇええええええ!!!」
フライパンから吹き上がる火炎にダイゴは動転する。そして、次に何を思ったのかフライパンの中の卵を救出しようとフライパンに手を突っ込んだ。
「熱ヂヂヂヂヂヂぢぢぢぢぢ!! って何やってんだ俺落ち着け俺クールになれ俺ぇ!!!」
自分にそう言い聞かせた後、ダイゴはフライパンを持ってテーブルで新聞を読んでいるマリオの方に走る。
「マリオさあああん!! ヤバイっス!! フライパンの上で地獄が展開されてるっス!!」
「え、ちょ!? 何があったのダイゴちゃん!? 全く事態が飲み込めないんだけど!?」
「わかんないっス!! 目に何か入ったと思ってフライパンから目を離した次の瞬間には既にフライパン・オブ・インフェルノ状態でした! はっ、もしやこれは機関からの攻撃!? エルプサイコングルゥ!!?」
「ちょ、現実逃避しないで!このままじゃフライパンコンガリィよ!!?」
「飛べよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ダイゴちゃんの頭のネジが既にテイクオフしてるから!! てか落ち着け!!」
マリオがそう言いながらダイゴの首筋に当て身を食らわせる。
「べほいみっ!!」
断末魔を上げながらダイゴは気を失い床に倒れそうになる。そのギリギリのところでマリオはダイゴの手からフライパンを奪い取り、店に火がつくという最悪の事態を防いだ。
マリオがほっと一息つくのと、ダイゴが床に倒れたのは、ほぼ同時であった。
その年のとある友達からの僕への誕生日プレゼントは、料理本でした。あとなんかよく分からない小さなマネキンも他の友達から貰いました。翌日、更に別の友達から酢昆布2000円分を貰いました。




