手は届かない、救えない
浦安鉄筋家族という漫画が、小学生の頃大好きでした。特に夏休み篇が。
鈍色の廊下を、青い髪を揺らしながら機械少女、親友は歩いていた。廊下の道中には、何人か白衣を纏った人間達が居た。ここの職員だろうか、何やら書類を持って会話をしている人間達もいた。
親友は、そんな彼らに一瞥しながら、ただただ廊下を歩く。その道筋は、全て明るい電灯で照らされている。なのに、彼女の胸の中には、光は差さない。それを認識していないふりをしながら、親友は歩き続けた。
それから、ある扉の前で足を止めた。
そこには、『天番技術部』と記されている。親友は扉をノックした。
「親友・拾号です。ただいま戻りました」
扉の向こうから女性の声が聞こえた。
「あ、拾号? 今戻ったの。どうぞ入って」
「では失礼します」
親友は扉を開ける。その目の前には、様々な機械が置いてある空間が広がっていた。そのスペースはかなり広い。
そして、そんな広々とした空間の中心に、パイプ椅子に座って机の上のパソコンを弄る、焦げ茶色の長髪をした、赤い眼鏡の女性の姿があった。側にはパソコンに繋がれたアイスカプセルのような機械が置いてある。
女性は入ってきた親友の方を向いて言った。
「どうだった拾号? 仕事の方は?」
「本日も問題は有りませんでした、シュワルト博士」
親友がシュワルト博士と呼ぶ女性は、満足そうに笑った後、言った。
「分かった。じゃあ拾号、今日はもう休んで良いわ」
「了解しました」
拾号はそう言って、着ていたスーツを脱いで、一糸纏わぬ姿になる。
それを見て、シュワルトは言った。
「……やっぱり拾号は完成度高いわよね。人間の女の子と変わらない。……まあ、私が作ったんだけど」
そう言ってまた笑うシュワルトに対し、親友は少し悲しそうな顔をするが、すぐに元の無表情に戻る。
「では博士、お休みなさい」
そう言って、親友はシュワルトの近くにあるアイスカプセルに向かい、スイッチを押す。すると、カプセルの蓋が開き、中から鉄で出来たベッドのようなものが現れた。丁度親友と同じ大きさの人型の白いラインが引かれており、手足の部分には、開いた拘束具が、頭の部分には、開いたヘッドギアが取り付けられていた。
親友がそのベッドの上に寝転がる。すると、それらが作動し、親友の体をベッドに固定した。
それを確認して、シュワルトがカプセルを閉じようと、スイッチに手をかけた時だった。
親友が、シュワルトの方を見て、聞いた。
「シュワルト博士。私の『親友』という名前には、どんな理由が込められているんですか?」
手を止め、シュワルトは親友の方を見る。
「……どうしたの? そんな詩人みたいなこと聞いて」
「……今日出会った少年に言われたんです。私の名前には何か意味が込められている筈だって」
親友は、死者の家でダイゴに言われた言葉を思い出していた。
「そして、親友と言う名には、何か特別な意味が込められている筈」
「無いわよ。そんなもの」
「……え」
思わず聞き返す親友。しかし、その水色の瞳に人影が入った瞬間、彼女の中に不安が宿った。それは直ぐに後悔となり、彼女の中の鉄を掻きむしる。
彼女の視界の中にいるシュワルトは、能面のような顔をしていた。
「いいかな、拾号? 貴女はアンドロイド、つまりロボットなの。貴女の名前は只の型番に過ぎないわ。何の意味もない、記号みたいなものよ」
その言葉に、親友の顔は絶望に染まる。しかし、その顔を見てシュワルトは嫌悪の表情を浮かべた。
「何よその顔。まさか、貴女また自分のことを人間だと勘違いしていたの?」
「ち、違います! 私はただ」
「あーはいはいもう良いわ。とりあえずまたバグが発生したみたいだから、原因発見の為に今日の分のメモリーを覗くわねー」
そう言ってシュワルトはパソコンを弄る。すると、画面には親友が今日見た映像が写し出された。様々な人間の表情や肉体が、彼女の視点の中で動作する。
それを見てシュワルトは、わざとらしく感心する。
「へー、ちゃんと今日もロボットらしく振る舞えてるわね、偉い偉い。……ん?」
シュワルトが口を閉じ画面を見つめる。そして、呟いた。
「へー、『ロボットだろうと何だろうと、親友さんは親友さん』かぁ」
「!?」
親友が大きく動揺する。その様子を見て、シュワルトは顔に嘲りを浮かべる。
「あはは、何? 拾号ったらこんな手垢の付きまくったベタな台詞に心揺らされたのかしら? 馬鹿みたい。実存が本質に先立つのは人間だけだって、理解していないの?」
「……で、でもダイゴさんは……。私を、人間と変わらないって……」
自分を保つために、自分を守るために、親友は少年の耳障りの良い言葉を、頭の中で反復する。だが、そんな彼女に対して、涼しい顔でシュワルトは言った。
「あーあー、すっかりこんなハゲに騙されちゃってー。多分このハゲ、心からそんな言葉言ってないわよ? 最初に拾号の胸触ろうとしてるし、絶対体目当てよー。きっと適当な事言って拾号の心をものにして、あわよくば付き合いたいとか思ってたに違いないわよー」
シュワルトの言葉に、親友の心は大きく傷つけられていく。
「でもさー、このハゲも好き者よね。だってー」
「……もう、止めて」
親友は最早涙を流していた。しかし、そんなことはお構いなしに、シュワルトは止めの一言を言い放つ。
「貴女の本質なんて所詮、只の機械なのに」
「あ……ああ……」
もう、親友に何かを言い返す気力は残っていなかった。シュワルトはその姿を確認すると、パソコンを弄り、カプセルを通じて親友の意識を断ち切った。そして、カプセルのスイッチを押し、蓋を閉じた後、再びパソコンを弄り始める。
「……このハゲの記憶邪魔ね、消そう。あ、でもこのハゲの接客をした記憶自体は残すか。そうしないと後々齟齬が起きそうだし。じゃあ、このレストランでの記憶と一緒に部分的に消そう」
そして、しばらくパソコンを弄った後、
「これで良し! じゃあ削除開始!」
と言って、パソコンのエンターキーを押した。
「はー、にしてもあのハゲ、獄番かー。ってことはサレムと同じじゃない! あはは、あの金髪モルモットも大変ねー、あんなハゲと一緒の職場で。私なら自殺しちゃうわよー。全くもって獄番って」
不快ね。
そんなシュワルトの言葉を掻き消すように、室内に機械音声が響く。
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メモリー、部分初期化完了。
第二章・番犬 終
現在の自分の出せる全てをレポートに注ぎ込む関係上、来週の木曜日まで更新が無いかもしれません。なんかスンマセン。




