「涙がちょちょぎれる」という言葉の「ちょちょぎれる」って部分が、なんか好き
他にも「おどろおどろしい」という言葉の響きも、なんか好きです。
「あら、じゃあダイゴちゃん今日死界に来たの?」
「そうなんスよ。だから、これから暫くは、死者の家で寝泊まりさせていただく予定ッス。……まあ、後でどれ程請求されるか、分かったもんじゃないッスけど」
現在ダイゴは、テーブルで一人のオネェさんと会話をしている。
セアラを見送った後、マリオに言われて、また料理をあるテーブルに運んだ時に、そこにいたオネェさんに呼び止められたのだ。
オネェさんは、黄髪のボブカットというヘアスタイルで、身長は168センチ程。周りのオネェ達と比べると、比較的細い体格をしていた。
そのオネェさんが、ダイゴに問う。
「でも、ダイゴちゃんママと同じ獄犬なんでしょ? だったらそのうち、稼ぎも増えてくるわよ」
「……それまでに俺、どんぐらいローンを貯め込むんスかね」
ダイゴは非常に沈んだ様子で言う。
「うーん、じゃあ稼ぎが出るまで、この店を家にすれば? ママ、良い人だから許可してくれると思うけど」
オネェさんはそう言ってダイゴを慰めようとするが、ダイゴを拳を握り締めて言った。
「……マリオさんが良い人だってことはよく知ってるっス。初対面の俺に仕事を紹介してくれて、更にこうして店に泊めてくれた。こんなに良い人、そう居ないっスよ。……だからこそ、その優しさにつけ込んでマリオさんの負担を増やすような真似だけは、したく無いんス……」
オネェさんは、そんなダイゴを見て、何かを考えた後、口を開く。
「……ダイゴちゃん。私ね、近々今住んでるアパートから引っ越す予定なの。ねえ、ダイゴちゃん」
「……? 何スか?」
オネェさんはダイゴを見つめて、言った。
「私が出ていった後の部屋に、住まない? 家具とか生活用品とかも、良ければ譲るわよ?」
少しの間、ダイゴは硬直する。が、すぐに調子を取り戻し、凄い勢いでオネェさんに問う。
「い、良いんスか!? そんなことしても!?」
「良いのよ。私のアパートの大家さん、寛大だし」
「いや、そうじゃなくて! ……その、家具とか生活用品とか、俺なんかに譲っても……」
オネェさんは笑って言った。
「その事なら大丈夫よ。だって私、結婚して相手の家に住むから」
その言葉を聞き、ダイゴは驚愕する。
「へ!?結婚!?ま、まさかアンタ、二刀流!?」
「違うわよ! ちゃんと相手は男の人よ!! 死界では同姓婚が認められてんの!!」
オネェさんは何故か必死で弁明する。てか、彼氏が居るのにこんな店に来て良いのか。
ダイゴは、問う。
「……ちなみに、彼氏さんはどこに住んでるんスか?」
「うーん、まあここからかなり離れたところ、『第十三地区』で暮らしているわね。ちなみに、そこで彼も獄犬をやっているのよ」
オネェさんのお相手は、この第一地区から随分と距離のある地区で、マリオ達と同じ獄犬として働いているらしい。獄犬、もとい獄番というのは、様々な価値観を持っている人間が働くことができる職業なのだなと、改めてダイゴは思った。
「へー、そうなんスか。……てか、ってことは遠距離恋愛ってことッスか? 大変ッスね」
「大丈夫よ。彼のところまで、一瞬で行けるから。死界の移動手段である『移動機』を使えばね」
移動機という単語に、ダイゴはあることを思い出す。
「移動機って、あれっスよね? 爪船のエジシュタインさんが開発した人を瞬間移動させるあの」
「あら、エジシュタインさんを知ってるの? ってそうよね、同じ獄番だものね」
オネェさんが納得した様に言う。
「え、エジシュタインさんを知ってるんスか!?」
目を丸くするダイゴに、オネェさんは答えた。
「知ってるも何も、エジシュタインさんは死界の技術を何百年も進めたと言われる程の大天才よ。まあ、生前は芽が出なかったから、無名だったみたいだけど」
「そ、そんなに凄い人だったんスか……」
ダイゴは衝撃で呆けた面をする。そんな彼に、オネェさんは続けた。
「本当に凄い人よ。彼の作った機械は今や死界に無くてはならないものばかりよ。例えば蘇生機なんかもその一つね。彼が作る前までは、死者を蘇生出来る心象を持つ人間がその役割を担っていて、その人達に対する死界の人口が多すぎたから、人手が足りなくてかなり大変だったそうよ」
「そうだったんスか!じゃあ、『認識機』もエジシュタインさんが?」
ダイゴは、死界に来た時に自分に心象を与えてくれた機械を思いながら言う。
しかし、オネェさんは首を横に振る。
「認識機は違うわ。あれだけは特別。あれは話によればこの死界に初めて人間が来た時から存在していたそうよ。……噂によれば、神様が作った物だとか」
「へ、へー。そりゃまた、オカルトチックっスね……」
ダイゴはそう言ってから、続けて言う。
「……でも、そんな移動機なんて言う便利な機械があるんなら、わざわざ引っ越さなくても」
そんなダイゴの問いに、オネェさんは、
「……ダイゴちゃんにもいずれ解る日が来るわ。愛する人と住む幸せが、ね」
と言って、ウインクをした。ダイゴは泡を吹いて気絶する。
「ちょっと! ダイゴちゃんどーいう事よ!」
オネェさんに胸ぐらを掴まれ揺さぶられるダイゴ。流石にいつぞやのマリオによるそれよりは威力が低かったらしく、すぐに目覚める。
「ハッ!? 顔にモザイクのかかった爺ちゃんが三途の川の向こうで手を振ってた! あぶねぇ渡りかけたぜ……」
「もう渡った後でしょうが……。全く、折角アパートを提供してあげようと思ってるのに……」
そう言ってため息を吐くオネェさんに、ダイゴは急に真面目な顔になって、静かに問う。
「……何で、初対面の俺に、そこまで善くしてくれるんスか……?」
オネェさんは少しきょとんとした後、すぐに笑って答えた。
「ダイゴちゃんが、ママのことを正当に評価してくれたから、かしら」
「え?」
良く分からないといった顔をするダイゴに、オネェさんは続けた。
「ほら、ママって見た目はかなりクレイジーじゃない? だから、初対面だと勘違いする子も多いのよ。……でも、ダイゴちゃんはそんなママのことをとても善く言ってくれた。私は、それが凄く嬉しいのよ」
「そ、そうっス、か……」(アレだ、初対面でマリオさんの顔見て気絶したことは黙っとこ)
オネェさんの言葉を受け、そんなことを考えるダイゴ。しかし、そんなことは知る由もなく、オネェさんは続ける。
「……ママには、凄くお世話になったわ。死界での身の振り方を、ママは私に教えてくれた。仕事の無い私を店員として雇ってくれた。……思えば、今の彼との出会いも、この店だったわ。出張でこっちに来た彼がこの店に来て、店員である私に一目惚れ。それから何度もアプローチされて、ついに交際が始まった。……その時も、ママにはデートの仕方とかを教えてくれたわ。……そして、先月遂に彼にプロポーズされて、結婚が決まった。……今、私とても幸せ。この幸せは全部ママのおかげなの」
そう言うオネェさんは、本当に幸せそうだった。
オネェさんのその台詞からは、オネェさんが歩いてきた死界での人生が滲んでいた。きっと、幸せばかりでは無かっただろう。不幸も確かに有っただろう。しかし、そんな七難八苦を乗り越えて、今オネェさんは幸せを掴んだのだ。てかオネェさん店員だったの。
そこまで考えてダイゴは、
「うぐ……! ひっぐ……っ!」
涙を溢していた。それを見て慌てるオネェさんを制止して、ダイゴは言う。
「良かったっス……! おっ、オネェさんがっ……幸せになれて……! 本当にっ……! 本当に良かったっス……!!」
ダイゴ、本日四回目の号泣である。どうやらこのハゲの涙腺はスペランカー先生より脆いらしい。
そんなダイゴの涙にオネェさんも感極まったのか、目尻に涙を浮かべて言った。
「ありがとう……ダイゴちゃん……! 私、幸せになるわ……!」
一応言っておくがこの二人、初対面である。なのにどうしてここまで涙を流すことが出来るのであろうか。
そんな二人の姿を見て、マリオがジェームスとの会話を中断して、ダイゴ達の居るテーブルに向かって来た。
「どうしたのよダイゴちゃんもバロックちゃんも……。泣いたりなんかして……」
オネェさん改めバロックは、マリオに言った。
「ママ、良い後輩が、出来たわね……!」
「え? あ、はあ……」
ダイゴは今一状況が飲み込めないマリオに言った。
「マリオさっん……! うっ……良いっ……店員さんを持ちましたね・・・!」
「だ、ダイゴちゃんまで!? てかあなた達どうしたのよ!? 別に今生の別れって訳でも無いのに!」
「ズビッ……へ……?」
マリオの言葉に、ダイゴは鼻を啜りながら反応する。そんなダイゴに、マリオが言う。
「だってバロックちゃん明日も店員としてこの店来るじゃない」
「ファッ!? そうなんスかバロックさん!?」
「そうよ? それがどうかしたの?」
「いや、俺はてっきりもうこの店には来ないもんだと……」
「なに言ってんのよ! 移動機さえ有れば彼の家からも一瞬で通勤できるわよ! それ以前に私がアパートを去るのは明後日よ! 明後日!」
「マジスか!? じゃあ俺は明日どこに泊まれば……」
動揺するダイゴにマリオが言う。
「……何なら明日もうち泊まる?」
「え……? ……でも」
「……人手が欲しいだけよ。ただ、それだけ。だから、気に病む必要は皆無よ」
「マリオさあああああああん!! 一生ついていくっスうううううう!!!」
そう言ってダイゴはまた号泣しながらマリオに抱きついた。
「ドワオ!!? ビックリした!!」
いきなりの事でマリオは更に野太い声を出し驚く。どうやら今までの野太い声もまだ声を作っていたらしい。地声はどれ程低いのか、見ものである。
その後、バロックがしばらく店で酒を飲んだり、ダイゴが泣いたり、マリオがダイゴに賄い飯をくれたり、ダイゴが泣いたり、ダイゴが皿運びをしたり、ダイゴが泣いたりしながら、夜が深くなっていった。
「ふぁあああ……」
「あら、ダイゴちゃん眠いの?」
客に皿を運んで帰ってくるなり大欠伸をかますダイゴにマリオが問う。もう時刻は1時を過ぎていた。
ダイゴは微睡みながら答える。
「オッス……。思えば、昨日夜が遅かったんで……ふぁあああ……」
再び欠伸をかますダイゴ。マリオは苦笑して言う。
「……カウンターの後ろに扉があるでしょ? その扉の向こうが店の子達の泊まる部屋だから、そこで寝て良いわよ」
「オッス……んじゃあ、おやすみなさい」
ダイゴはそう言って、カウンターの後ろの扉を開く。そこには布団が敷いてある部屋が広がっていた。
ダイゴは数多の布団の一つに潜り込み、眠りについた。
「ぐがぁ……、……ばあ……ちゃん……とう……ちゃ……ぐぅ……」
その夜、ダイゴは夢を見た。家族の皆や親友である駆と共に笑っているという、優しくて遠のいてしまった夢を。
関係ないですけど、僕は高校一年まで紆余曲折のことを「うきょくかいせつ」だと思っていました。恐らく、幼い頃に紆余曲折という字を見て思い浮かんだ誤った読み方を、そのままずっと信じ続けていたからだと思います。




