宵う
鳩は焼いたら豆の様な味がすると言いますが、ならば烏は焼いたらどんな味がするんでしょうか。気になります。
『死体回収』。その単語に、ダイゴは一瞬唖然とするが、すぐに正気に戻り、急いでセアラに問う。
「し、死体回収!? そんな仕事があるんスか!!?」
セアラは答える。
「死体回収みたいな仕事自体は、現世にもあると思うよー。まあ、この世界じゃちょっと勝手が違うけど」
セアラの言葉にダイゴはまた問う。
「それは……、どういう事で?」
セアラはその問いを受け、少し考える仕草をした後、言った。
「ほら、現世だったら人は死んだらそこで終わりだろー? でも、この世界は人は死んでもDPという対価さえ払えば何度でも生き返れる。……ここまでは知ってる?」
そう言ってダイゴを見るセアラ。ダイゴはその言葉に、ばつの悪そうな顔をして返す。
「いや、知ってはいるんスけど、それが一体どう死界の死体事情に繋がるのか解んなくて……」
ダイゴのその言葉に、セアラは優しく笑って言う。
「まー、それもそっか。……じゃ、死者の蘇生の代金は死体の損傷具合で決まるって言うのは知ってる?」
「え!? そうなんスか!?」
ダイゴは正直に驚く。そんなダイゴの様子を見て、苦笑しながらセアラは言葉を紡ぐ。
「……じゃー、坊主君の今後の為に、少し蘇生に関する説明をしようか」
「オッス! お願いするっス!」
ダイゴは頭を下げ、セアラに薫陶を仰いだ。
それを確認して、セアラは説明を始めた。
「まず、死者の蘇生には特殊な機械がいるんだー。この機械のことを死界では『蘇生機』と呼んでいるよー」
「ああ、そういやマリオさんがそんな機械があるって言ってたっス!」
ダイゴはそう言って掌をポンと叩く。今時そんなリアクション、誰もしないのでは無いか。
セアラは説明を続ける。
「でー、さっき言ったけど、この『蘇生機』で死者を生き返らせる為にはDPが必要なんだー。でも、死者の蘇生には後1つ、無きゃーならないものが有ってね。何か分かる?」
「見当もつかないっス!」
ダイゴが何故か堂々と答える。
そんなダイゴにセアラは答えを与えた。
「それはね、魂の情報だよ」
「え? た、魂の情報?」
いまいち答えを飲み込めないダイゴ。どうやらバカと理解力の無さは死んでも治らないらしい。
頭上に疑問符を浮かべ、思考が漂流するダイゴに、セアラが助け船を出す。
「……念のため聞くけど、坊主君は死者の家でチップを受け取ったよね?」
「ああ、それなら受け取ったっスよ! 青いチップのことっスよね!」
「その通り。魂の情報ってのは、そのチップに入ってる情報の事だよ」
「ああ、成る程! やっと解ったっス! ……で、その情報が何で必要なんスか?」
「それが無いと、死者の肉体や精神の再構築が出来ないからだよ」
「再構築?」
ダイゴが首を傾げる。セアラは続けた。
「そー、再構築。例えるなら、魂の情報は死者の体の設計図みたいなもので、蘇生機はその設計図を基に死者を作る製造機。DPはそれを動かすための動力ってとこかな」
「な、成る程ー……」
ダイゴはその説明の意味を理解した。しかし、同時にその説明に寒気を覚えた。
(何つーか、どっか冷てぇな……。上手く言えねーけど、何か『命』がモノみてーに扱われてるみてーで……。いや、俺が生前の感性を引き摺りすぎてるだけだってことは、分かってるけどよ……)
そんなダイゴの心情には気付くこと無く、セアラは続ける。
「でもさー、やっぱり無いものを一から再構築するより、残った欠片から復元する方が安上がりなんだー。だから、死体の損傷が軽い、つまり死体を構成してた材料が多い方が、蘇生代も安く済むんだ」
「そ、そうっス、か……」
ダイゴは、目の前の青年に対して、言い様の無い恐怖すら感じ始めていた。
「? どうしたのー? 顔色が悪いみたいだけど」
セアラは心配そうにダイゴの顔を見る。その表情を見て、ダイゴは慌てて言った。
「い、いや、大丈夫っス! ど、どうぞ続けて下さいっス!!」
「そー? なら良いんだけど……」
セアラはそう言った後、言葉を続けた。
「俺達の仕事は、そんな死体の欠片をなるべく残さずに回収して、蘇生の代金を安く済ませるよーにすることなんだ。まあ、死体を早く片付けて、町の人の目に触れないよーにすることも目的の1つだけどね」
そこで一度言葉を切って、セアラは近くに居るゲイバーの店員を呼び止めて言った。
「ごめんけどさー、ワイン貰えない?」
「分かったわ。ちょっと待っててね」
店員はそう言うと、酒の置いてあるカウンターの方に行ってしまった。
それを見送ってから、セアラはダイゴに聞く。
「他に質問とかある? 何でも答えるよー。ってかずっと立ってて疲れない? 座りなよ」
セアラの言葉を受け、ダイゴはセアラの居るテーブルの椅子に座り、問うた。
「セアラさんって、これから仕事なんスよね? ……良いんスか? 酒なんか飲んで……。しかも、既に酔っ払ってんのに……」
セアラは赤い顔で笑って言う。
「大丈夫大丈夫! これくらい酔ってるうちに入んないから! ……それに」
セアラはそこまで言って、急に黙ってしまった。ダイゴは不思議に思って聞く。
「ど、どうしたんすか!? まさか、吐きそうとか!!?」
「……いや、何でもない」
「……?」
セアラの様子に、ダイゴは疑問を抱くが、丁度その時ワインが来た為、その事を追及するのは止めた。
ワインを飲み終わり、料理を食べ終わると、セアラは椅子から立ち上がり言った。
「それじゃー俺、そろそろ仕事だから」
「あ、……オス」
ダイゴも椅子から立ち上がり、丁度近くのテーブルで客と話していたベンに聞く。
「あの、セアラさんお帰りになるらしいっス」
「あら、解ったわ。じゃあカウンターに案内してあげて。この店では、そこでお勘定する事になってるから」
「了解っス」
ダイゴはそう言うと、セアラをカウンターに案内した。
セアラは勘定を済ませた後、ダイゴに言った。
「じゃあ今日はありがとーね坊主君。結構楽しかったよ。あ、そうだ。楽しかったついでに名前を教えて貰える?」
「え? ……お、大山大悟っス。以後お見知りおきを」
「解ったよ、覚えとく。じゃーね、バイバイ」
そう言って、セアラは店を出ていった。ダイゴは、その後ろ姿を見送ると、再びマリオに何をすれば良いのか聞きにいった。
セアラは、人の行き交う繁華街を歩きながら、ポツリと溢した。
「……それに、素面じゃあこの仕事、やってらんないから……」
その赤ら顔は、決して陽気を纏ってはいなかった。
「セアラ殿!」
そんな彼を、背後から呼ぶ声がした。振り返るとそこには、烏合の制服を羽織った男の姿があった。
身長は189センチ程で、体格はがっしりしている。しかし、それよりも、特徴的な点がその姿にはあった。
その格好は、袴にちょんまげ、腰には刀と、完全に武士のそれだった。しかし、道行く人々は誰もそんな武士男の事など、気にも止めず通りすぎて行く。どうやら、死界では珍しい事では無いらしい。
そんな武士男に対して、セアラは言った。
「カツノスケさんじゃないですか。奇遇ですね、職場に行く道中で会うなんて」
「本当でござるな! しかしセアラ殿、何度も申しておるが、拙者に対して敬語は不要でござるよ!」
「でも、カツノスケさんの方が死界歴長いですし」
「心配ご無用! 拙者の方がセアラ殿より現世で生きた時間は短いでござる!何より、セアラ殿は我らが烏合の副リーダーではござらんか!」
「それは、そうですけど」
そう答えるセアラに、武士男のカツノスケは笑う。
「さて、話していたいのは山々でござるが、そうしていたら夜が明けてしまう! 速く行くでござるよ!」
そう言うと、カツノスケは繁華街を走っていって行ってしまった。セアラは慌ててカツノスケに大声で呼びかける。
「カツノスケさん! 走ったら人にぶつかりますよ!」
遠くの方から声が聞こえてくる。
「なんの! これもまた鍛練でござる!」
セアラはその言葉を聞くと、酒臭いため息を吐いて、カツノスケを追って走り出した。
鴉が二羽、夜の町に消えていく。
そういえば子どもの頃、道端に落ちている紙屑を拾おうとして手を伸ばしたら、紙屑だと思っていたソレが実は鳥の糞だったということがありました。ちなみに触ってから気付きました。