一日の終わり
あれですよね、グミって美味しいですよね。
「……っ! ……っ! ……ぐふぅうううっ……! ッゼェッ、ハァッ……! ……も、無理っ……ス……!」
息も絶え絶えにそう言うと、ダイゴはバーベルを床に置いて、大の字になって寝転がった。
「あら、バーべルスクワットはもう良いの?」
マリオがそう言ってダイゴを見下ろす。
「さ、流石に1日で限界重量のバーベル担いで、スクワットを20セットはキツイッスよ……。あー、下半身が満遍無く痛ぇ……」
「あら、大丈夫? 病床に行って、治癒香辛料の粉でも処方してもらう?」
「そ、それは遠慮しときます! あれは、多分頻繁に飲むと痔になる類のやつだと思うんで……」
死んで直ぐに肛門の病を患いたくはない。そんなことを考えながら、ふとダイゴは時計を向いた。
「あ、七時だ」
「あら、本当ね」
時計は夜の7時を示していた。ダイゴはマリオに問う。
「……そういやあ、獄犬の勤務時間って何時までなんスか?」
「そうねぇ。今回の私達みたいに朝から出勤していれば、普通なら夕方七時には帰って良いわ」
「へ? んじゃあ、もしも七時以降に通報があったらどうするんスか?」
助けを求めて電話を掛けた時、獄番がもぬけの殻ではいたたまれない。すると、マリオが答えた。
「ああ、それなら心配無いわ。七時以降は夜勤の子が出動するから」
「なーるへそ……。……ってことは俺達はもう帰っても良いってことっスか?」
「良いわよ。まあ勤務時間終了後もこうしてトレーニングしたりする為に居残っても良いけれど」
「そうっスか……。マリオさんはどうするんスか?この後居残って筋トレするんスか?」
「んー、どうしようかしら。……そうね、今日はもう帰ることにするわ。ダイゴちゃんは?」
今度はマリオがダイゴに問う。ダイゴは答えた。
「んじゃあ、俺も帰らせていただくッス。取りあえず今日は、死者の家に泊まれるんで」
ユキタカ曰く、そのついでに晩御飯も食べさせてもらえるらしい。勿論、後で宿泊代や食事代を要求されることにはなるのだが。
「あら、そうなの? それは残念ね。ダイゴちゃんが良ければ、うちの店に泊まらせてあげようと思ったんだけど」
「……え? マリオさんの店ッスか?」
ダイゴは首を傾げる。と同時に、興味も湧いてきた。そんな彼に、マリオが口を開く。
「そうよ。私、この獄番のある繁華街で、お店やってるのよ。料理とかも出してるから、何ならダイゴちゃんにも食べさせてあげようって思ってたんだけど」
「な、成る程……」
その言葉に、ダイゴの心が揺らぐ。何故なら、死者の家に泊まることは有料であり、そこでご飯を食べることもまた有料だからである。ならば、無料でマリオの店に泊まらせてもらった方が、良いのではないだろうか。
(……いやいや! 待て待て俺! マリオさんにこれ以上世話になんのは、流石にいかんだろ! 仕事先を紹介して貰って、昼飯まで奢ってもらったのに……)
変なところで義理堅いダイゴに、しかしマリオが笑う。
「ついでに、少しだけ店の手伝いもしてくれれば嬉しいんだけど。丁度今くらいから私の店、忙しくなるのよ」
その言葉に、ダイゴは思った。これは、恩返しが出来るチャンスなのではないかと。それが単なる大義名分であるのには気付かないふりをして、ダイゴはマリオに言った。
「お安いご用っスよ! 俺、ガキの頃から婆ちゃんの手伝い良くしてたっスから、手伝いに関しては定評があるんス! ……だから、泊まらせてもらっても、良いッスか?」
(手伝いに定評ってあるのかしら……)「あら、頼もしいわね!じゃあ、早速うちに来て貰いましょうか」
マリオは微笑みながら答える。それから、二人は鍛練室の片付けを終わらせた後、部屋を出た。
「ただいまニゾウさん」
待機室の扉を開けて、マリオが言う。マリオとダイゴの荷物が置いてある方のソファーとは、また別のソファーには、ニゾウが腰掛けていた。
「おや〜? 鍛練はもう良いのか〜い?」
ニゾウは今の今まで待機室で寛いでいたらしい。見れば近くには“獄牢饅頭”書かれた、中身が既に無い破れたビニール袋があった。
「……あ、そうだ忘れてた。ニゾウさん、アッシュさんが今日はもう帰るって5時間ぐらい前に言って、5時間ぐらい前に帰られたっス!」
5時間も前のことを今ニゾウに報告するダイゴ。てか忘れてたのかお前。なんて奴だ。
「あ〜、その事なら4時間ぐらい前にサレ嬢が報告しに来てくれたよ〜」
ダイゴの時間差報告には触れずにニゾウは答える。その言葉にマリオが問う。
「あら? サレムちゃん帰って来てたの?」
「そうだよ〜。どうやら5時間前には既に獄番に帰って来てたらしいね〜」
その言葉にダイゴが反応する。
「え? んじゃあサレムさん帰って来てから1時間何してたんスか?」
帰って来ていたのが5時間前で、ニゾウに報告したのが4時間前。その間の空白の1時間に、ダイゴは疑問を持った。
「……多分、病床でカウンセリングを受けてたんじゃ無いかしら」
マリオが静かに言う。しかし、その様子は何処か暗かった。
(不味いこと聞いちまったみてぇだな……)
ダイゴは、自分が触れてはならない所に触れてしまったと思った。
「……じゃ〜、あの後サレ嬢も帰ってしまったし、マリ坊とダイ坊も今から帰るってんなら、儂も帰るとするかね〜」
そう言いながら、ニゾウはビニール袋を近くのゴミ箱に入れ、錫杖を杖にゆっくりと立ち上がった。
「それじゃ〜ダイ坊もマリ坊もさようなら〜」
「……オッス! お疲れ様っス!」
「さよならニゾウさん。また明日」
ニゾウが部屋から出た後、マリオが口を開く。
「……それじゃあ、私達も帰りましょうか」
「ウス!」
ダイゴはそう返事をした後、服の入った袋を手に持って、マリオと共に待機室から出た。
待機室から出て、エレベーターを使い一階に降りるマリオとダイゴ。
すると、そこにはヒーカンとミールの姿があった。
「お、マリ姉さん達も今帰りですかい?」
ヒーカンがマリオ達に気付き、話しかけてくる。
「そうよ。貴方達も?」
マリオの言葉にヒーカンが言う。
「俺達は今からどっかで飯でも食おうかと思ってんですけど……。どうですかい? マリ姉さん達も一緒に行きやせんか?」
「そうですよ! 飯も人数が多い方がうまいですし」
ヒーカンの誘いにミールも続く。
しかし、マリオはその誘いに対して苦笑しながら答える。
「うーん、そのお誘いは嬉しいんだけど……。私達今から帰って店の仕事をしないといけないのよねー……」
「私達? マリ姉さんだけじゃあねえんですかい?」
ヒーカンがマリオに聞いてくる。マリオはダイゴが今日店に泊まることを二人に話した。
その話を聞いたヒーカンは、マリオに対して何処か恐々としながら問いかける。
「……マリ姉さんのやってる店の内容、ダイゴは知ってるんですかい?」
「まだ知らないわよ。教えてないから」
「マジですか……」
「? ヒーカンさんはマリオさんの仕事のことを知っているんですか?」
ミールはマリオの店について知らないらしく、ヒーカンに問う。しかし、ヒーカンはミールに対し、
「……そのことは、飯食いながら教えてやらぁ」
と言うと、背を向けてそそくさと玄関から出ていってしまった。ミールはそれを見て、慌ててマリオとダイゴに別れを告げてからヒーカンの後を追った。
二人が玄関から出るのを確認してから、ダイゴはマリオに問う。
「マリオさんの店って、何やってんスか? ヒーカンさんは何か知っておられるみたいでしたけど」
「フフ、それは着いてからのお楽しみよ」
そう言ってマリオは玄関に向かい歩いていく。ダイゴもそれに続いた。
獄番を出た後、ダイゴはマリオに歩きながら聞いた。
「ところでマリオさんの店ってどこにあるんスか?」
マリオは歩きながら答える。
「結構近くにあるわよ。歩いて五分くらいね」
ダイゴはマリオのその言葉に、若干食い気味に言う。
「マジスか! じゃあ歩きながらカップラーメンとかも作れちまうっスね!!」
「た、例えが独創的ね。というか五分もかけてカップラーメン作ったら麺ぐずぐずになるでしょ……」
「新感覚っスね!」
「私にとってはその返しの方が新感覚なんだけど……」
そんな会話をしている内に、どうやら件の店に着いたらしく、マリオが立ち止まった。
「着いたわ。ここが私の店よ」
「……えーと、なんつーか、……すげえ『ピンク』ッス……ね?」
その店は、外装はピンク一色で包まれており、所々にピンク色の光を放つ蛍光装置が設置されていた。気のせいか繁華街一帯の雰囲気を、この店一つで変えている感じがする。
嫌な予感がする。ダイゴは本能的にそう思った。
そんなダイゴの心情を知ってか知らずか、マリオはすこぶる楽しそうに自らの店の名を謳った。
「此処が私の城、ゲイバー『MARI』よ!」
「……わーお、危機感」
ダイゴのその呟きは、繁華街の喧騒と、目の前の牙城の妖しいネオンに、呑まれて、消えた。
ぼくはグミに関して言えばハードな奴が好きです。肉に関して言えばゴムみたいな奴が好きです。