その牙の意味
なんかサブタイトルが真面目になってしまいましたね。反省してます。
「おい、間違っても吐くんじゃねぇぞ。これ以上汚ねぇもんを見るのは御免だ」
ダイゴが吐き気を催していることに気付いたアッシュが、顔をしかめながら言う。
「……何で」
何とか吐き気を堪えて、問う。
「……何で殺したんスか?」
「はぁ? んなもん決まってんだろ。屑だからだ」
問いの意味が理解できない、とでも言うように、アッシュが答えた。
「……殺さざるを得ないくらい、スゲェ追い詰められたんスか……?」
その問いに、ダイゴは僅かな希望を託していた。仮にそうだとするならば、まだ彼のいた世界の定規で、測ることが出来るから。
「いや。余裕過ぎて欠伸を噛み殺しながらぶっ殺したぞ」
アッシュが軽く答えた。何でもないように答えた。希望を打ち砕かれ、ダイゴの顔が困惑で染まる。
「な、何でそんなに平然としてられるんスか!?」
人を殺したのだ。確かに、この世界の人間は、何度でも生き返ることが出来る。それは情報として知っていた。それでも、そう簡単に割り切れるものなのだろうか。傷は治るからという理由で、人を半殺しにするのに抵抗が無い、ということにはならないように。やはり、人を殺した時に、薄暗い感情を抱くものなのでは無いのだろうか。ダイゴはそう考えていた。否、盲目的に信じていた。人が人を殺すことに、何ら抵抗を抱かないというアンダーグラウンドが、何でもない真昼間の目の前に、存在しているとは思いたくなかった。
「逆に何でテメェはそんなに動揺してんだよ? 気持ち悪ぃな」
しかし、アッシュが不愉快そうに言う。ダイゴの乳臭い倫理観など、知ったことかとでもいうように。どうしようもないギャップを感じながら、それでもダイゴは恐る恐る言葉を紡ぐ。
「……悪人だって、人間っスよ? ……何か、悪ぃ事をしなけりゃなんねぇ、どうしようも無い理由とか、あったんじゃないんスか……?」
「……だから何だ」
「え?」
アッシュはダイゴを睨んだ。その瞳に、ダイゴにとって都合の良い事実など、これっぽっちも宿ってはいなかった。
「理由ありきの悪だろうと、悲しき悪だろうと、必要悪だろうと、悪は悪だ。獄犬の仕事はな、そんな悪共の喉笛を噛み切る事なんだよ」
その時、ダイゴは初めて、獄犬という組織の抱える『過激』を、垣間見たような気がした。同時に、その実感は本能的な恐怖へと変わり、彼の瞳を揺らした。
「……チッ、下らねぇ」
瞳の揺れを悟られないよう、黙って俯いてしまったダイゴに、アッシュは吐き捨てる。
「俺はこのまま帰るからよ、そのことニゾウさんに伝えとけ」
「……取り調べとかは良いんスか」
「ああ? ……現行犯だから必要無ぇよ。後のことは全部、獄牢が適当にやる」
そう言い残して、アッシュはダイゴに背を向けて、去っていった。その赤色の後ろ姿を見ながら、ぽつりと溢す。
「……何も、言えなかった」
もしも、彼に豊富な語彙と優れた人心掌握術があるならば、彼女の理論を打ち崩して、あわよくば甘い価値観に引きずり込むことが出来たのかもしれない。しかし、ダイゴには無理だった。何故なら、馬鹿だから。何故なら、弱いから。
「……俺が、甘ったれてんのか? ……俺が、間違ってんのか?」
その呟きに答えてくれる者は、何処にも居ない。ただ彼は、揺らいだ。
「あら、ダイゴちゃんお帰りー。……どうしたの? 大分沈んでるみたいだけど……」
帰ってきたダイゴの様子の変化に、心配そうな表情をするマリオ。
ダイゴは、マリオに対し問う。
「……マリオさん。……アッシュさんって、どういう人なんスか……?」
その問いに対し、何かを察したのか、マリオは静かに答える。
「……アッシュに会ったのね。犯罪者を、殺した後の」
「……ウス」
小さな溜め息が一つ、紅の塗ってある唇から洩れる。そこに含まれた感情が何なのかは、ダイゴには分からない。
「……あの娘は、『悪』というものを異常な程憎んでてね。……今までも、何人もの悪人を殺してきたのよ。……獄犬では、犯罪者の殺害は禁止されてないから」
「……そうっス、か」
悪人の死を、獄犬は認めている。それによって発生するメリットは、甘ったれたダイゴには分からない。故に彼はそのルールに、衝撃を受けた。
そんなダイゴを見て、マリオは少しのしじまの後、再び口を開いた。
「……“悪をこの世から消滅させる”」
「……?」
ダイゴは、マリオの顔を見た。それを確認してから、マリオは続けた。
「獄番の存在理由であり、最終目的よ。その為に、この広い死界に分布している様々な獄番の全ては、日々活動しているわ。……獄犬隊員も、この目的を自分なりに達成する為に奮闘してる。……アッシュも、その内の一人よ。あの娘は悪人を皆殺しにすることでそれを達成しようとしている。……ねぇダイゴちゃん?」
「……何スか?」
「ダイゴちゃんなら、どうする?」
「俺、なら」
質問に対する、明確な答えは思いつかなかった。しかし、
(……父ちゃんなら、答えれるんだろうな……)
診察室で甦った過去の記憶。そこに居た父ならば、あるいは。
そんなことが頭を過った。
「……まあ、急いで考えても仕方ないわね! とりあえず今出来ることをしましょう!」
マリオが明るく言う。ダイゴはその言葉に無言で頷き、今度は自分の限界ギリギリの重量のバーベルを担いで、スクワットを始めた。
アッシュは病床の一階に、エレベーターで降りてきていた。
病床に限らず、獄番の全ての棟の一階には、それぞれ玄関が設けられている。アッシュは外の光に向かって、歩を進める。
そして、自動ドアの前に着いた時。
「あれ? アッシュちゃん?」
急に後ろから呼び止められたのだ。アッシュは振り返って声の主を確認する。
そこに居たのは、同部隊に所属する少女。と同時に、彼女のバディであるサレムだった。
「あ、やっぱりアッシュちゃんだ。……今から帰るの?」
「……おう。ニゾウさんに言っといてくれ。じゃあな」
そう言ってアッシュは出ていこうとする。しかし、
「……また、殺したんだ」
どこか悲しげな口調で放たれたサレムのその言葉に、アッシュは立ち止まった。
「……何か文句でもあんのか?」
アッシュは振り返らずに言う。その言葉からは、静かな苛立ちのようなものが感じられた。
そんなアッシュに、サレムは懇願するように言う。
「……アッシュちゃん、生前の事で悪人を憎むのは分かるけどさ……! でも」
「五月蝿ぇよ」
そう言って、アッシュは左手でサレムの胸ぐらを掴み、持ち上げた。身長170センチのアッシュが身長160センチのサレムを片手で持ち上げている為に、サレムの両足が床から浮き宙ぶらりんになる。その様は、少し滑稽ですらあった。
「ご、ごめ……ん、なさ……い」
サレムが苦しそうに顔を歪めながら謝罪する。その様子を少しの間見つめた後、アッシュはサレムを離した。サレムが玄関前でへたりこむ。
「……二度と俺の生前の記憶を覗くんじゃねぇ」
金髪を見下ろして、そう吐き捨てる。その口調には怒りが滲んでいた。しかし同時に、それ以外の感情もいくらか含まれていた。揺れる灰色の瞳をサレムから背けて、アッシュは逃げるように獄番から出て行った。
残されたサレムの方に、青白い衣を纏った黒髪おさげの女性職員が近寄ってきた。先程のやり取りを見てはいたが、アッシュに対する恐怖で口を挟めなかった彼女は、サレムに対して申し訳なさそうに手を差し伸べる。
「だ、大丈夫ですか……?」
「……大丈夫です。……すみません、手を煩わせてしまって……」
そう言うとサレムはよろよろと立ち上がり、白い床を歩いていった。その足取りは、少しだけふらついていた。
次からは頑張ります。




